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追憶する青年

「はぁー、サッパリした!」

 何事も起こらなくてよかった。……正確に言うと、風呂場のドア付近で覗こうか覗くまいかと誰かさんが迷っていたが、まあ、今までの事を考えると、迷うようになっただけまだいいので不問にしようと思う。

 俺はルナが用意してくれた寝間着を着る。

 さて、歯を磨いた後に寝間着が生温かい理由を聞いて寝ようっと。


「それじゃあ、俺はもう寝るよ」

 歯を磨いた俺は、リビングに顔を出す。

「ええ、おやすみなさい! 燐斗さん!」

「ああ、おやすみ、燐斗」

「二人共、夜更かしはしないようにな」

 特にルナ。二日目から四日目までは徹夜でゲームをしていた。治そうと思えば睡眠不足も治せるらしいし、俺たち人間に比べて睡眠というものにあまり価値はないのかもしれないが、俺は人間なので人間の価値観を以ってルナの体調を心配する。

「だーいじょうぶですよっ! 僕様もそろそろ規則正しい生活というものを経験したいと思っていましたし、そろそろ寝ますよ!」

「ん、そうか。それは良い事だと思うぞ。ところで、なんで寝間着が生温かったのか、説明し」

「わははー! この芸人面白いですねぇーっ!」

「話を逸らすな! しかもそれゴリゴリの報道番組だからっ!」

「はぁ……何故温かいかって、それはもちろん僕様が着たからに決まっているじゃないですか!」

「いや、開き直るなよ」

「ほら、段々寒くなってきますし……」

「いや、その気遣いはいらない」

 うん、怒るだけ無駄だな。寝よう。

「あ、燐斗。吾輩はお前が寝た後に寝ようと思う」

 ちょっと気になる言い方だが、気にしていても仕方ない。竜子の事だから俺が寝ている間に俺が嫌がることはしないだろう。その点に関してはなんだかんだでルナの事も信用している。

 寝間着が生温かいくらいでブチ切れるわけにもいかないしな。

「ああ、それじゃ、おやすみ」

 ドアを閉めて階段を上がる。俺の部屋は二階にある。

「……ふぅ」

 自分の部屋はやっぱり落ち着く。俺はベッドに入る。

「……運命、か」

 何故、神が俺の運命に細工をしたのか。ルナは既に知っているのだろうが……

「天才、ねぇ……」

 俺がそんな人間ではないということは自分が一番分かっているし、ルナのお墨付きだ。だったら、何故……

「……でも、たしか、あのとき、不思議な人に会ったよな」

 竜子を救う力が、物理的な力が無かった俺はあのとき挫けそうになった。そんなときに俺に精神的な力と勇気を与えてくれた人がいた。竜子が身体から発していたオーラだって、本当は人を殺める力があったのかもしれないが、あのときはなんとか耐える事が出来た。……侍のような恰好をしたこの世のものとは思えないほどの美青年だった。もちろん、俺の知り合いではない。

「あの人は、『僕は君の関係者の関係者だ』なんて言っていたんだよな」

 もしかして、あの人、実は神だったりして……いや、神が知り合いにいる関係者なんてあの時の俺にはいなかったけど。

 ちなみに、このように俺が心の中で説明口調で語っているのは、俺を救ってくれたその人からの頼みだからだ。

「『できるだけ小説の語り部みたいな感じで!』って言われたけど……」

 これでいいのだろうか。意識しないとできないし、上手くやれているのかは確かめようがないけれど。

 そもそも、あの人が何故こんな事を頼んだのか分からない。やはり、俺の運命とかに関係があるのか? しかし……

「……俺の関係者?」

 俺に最も近い関係者というと、ハル、俺の両親に燐花(りんか)くらいだろうか。大穴でハルの両親や祖父母、そして店長に、それに、あの時にお世話になった刑事である寧々さんくらいか? ルナや竜子は対象にならない気がするし……

「……やばいな」

 目が冴えてきたぞ。これでは眠れない。

「……音楽でも聞くか」

 音楽プレーヤーには睡眠用にしっとりとした穏やかな音楽が入ってある。

「……」

 俺は音楽プレーヤーとヘッドフォンを机の引き出しから取り出す。

「……燐花」

 このヘッドフォンを見るたびに燐花の事を思い出す。だからこそ俺は音楽を聞く習慣が身に付けたのかもしれない。 

「……はぁ」

 ヘッドフォンを耳に当て、もう一度ベッドに入る。

 穏やかで神秘的なBGMが流れる。俺は燐花の事を思い出す。

 ……可愛い妹だった。

 ……お兄ちゃん想いの優しい女の子だった。

 ……どうして。

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