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約束する青年

「……ふむ。『ケンミン』というものは興味深いな。その県にしかない文化や習慣があるとは」

 番組が終わり、感心したようにため息を吐く竜子。いつになく真面目な表情で、今自分が手に入れた知識を余すところなく自分の糧にしようという意思を感じる。

 しかし、ルナはそこまで興味なさそうに、頬杖をついて目を細くしながらテレビを観ていた。

「そうですかねー。差異が生まれるのは当然なのですよ。その土地によって環境も違うので、直面する問題や歩む歴史も当然違いますよ。寧ろ、全く同じ文化になるほうが怖いですしありえないです」

 知らない人がこの光景を見ると、ひねくれた子供が知った風な口を利きながら語っているようにしか見えないだろうが、目の前の幼女が神であることを知っている俺は、彼女は何度も同じような光景を視てきて、若干飽きてきているのだろうと思った。

「そうか……吾輩たちが住んでいた世界ではドラゴンという種族はどんな環境の中でどこで生きていようと、その地域特有の特徴というものはなかったのだが」

「いえ、大雑把に分けても魔界北部の竜は柔らかい食べ物を液体にして好んで食べますし、中部の竜は基本的には硬い食べ物を好んで食べます。竜子さんのような南部の竜は食材を火を使って調理するということを好みます。……ちなみに、火を使って調理をすること自体はどの地域に住んでいる竜もできますよ。」

 魔界というのが竜子が暮らしていた世界だ。その名前のイメージの通り、悪魔もウヨウヨいるらしい。

「し、しかし、クシュドラグ ナアタではそんな事、全く分からなかったぞ?」

 興味があったのでこの一週間で竜子たちの言葉を少しだけ覚えた。日本語にすると全竜(ぜんりゅう) 会議(かいぎ)である。おそらく、魔界中から各地域の竜の代表が竜子の元へと集まって会議を開いたのだろう。……しかし、あの出来事以来、竜子が竜語を話したのはこれが初めてだ。それほど動揺しているのだろうか。

「……恐らく、竜子さんが気づいていなかっただけですよ。竜王としての仕事をするとき以外は恐れられ、忌み嫌われ、避けられていたのでしょう?」

「う……」

 顔をしかめて硬直する竜子。まあ、思い出したくはないだろうな……

「ルナ」

 俺は咎めるような少し強めの口調でルナの名前を呼ぶ。今はこの話を掘り返す時ではない。

「……そうですね。少し論点がずれてしまいました。すみません、竜子さん」

 自分が悪いと思った時にはしっかりと謝るルナ。……まあ、自分が悪くないときは断固として謝らず、それが原因で他の神々からはあまり良い印象を持たれていないようだが。……たしかに、正しいんだけどな。

「いや、大丈夫だ。……しかし、300年も生きてきて、今更そのようなことを知るとはな……吾輩は知らないことだらけだ」

「今からこの世界でゆっくりと知っていけばいいんだよ。きっと、お前の世界が広がるはずだ」

「……そうだな。吾輩がこの世界でも立ち止まっていたら、魔界での300年と全く同じではないか。進まねばな……」

 あの一件以降、竜子は少し後ろ向きになっていたが、今から少しずつ調子を取り戻してほしいものだ。

「……じゃあ、風呂入ってこようかな」

 番組も終わったし、ひとっ風呂入ったら早く寝たい。今日は結構疲れた。冷や汗もかきまくったし。

「あ、今日はお風呂沸かしていないのでシャワーですよ」

「さっき、お風呂にするか御飯にするか自分にするかを俺に選ばせたじゃねーか!」

 てっきり沸いているものだと思った。……というか、竜子、そんなに睨まないでくれ。

「いやー、でも、『シャワーにしますか?』ではなんとなくパッとしないといいますか……あくまで個神(こじん)的意見ですけれど」

「……まあ、いいや、シャワーを浴びてから寝るよ」

「お背中お流ししましょうかー?」

 笑顔で怖い事を言うルナ。こいつと風呂場で二人っきりになったら何をされるかわかったものじゃない。

「いや、今日はシャワーだし、寒いだろ……あ、風呂の日でも嫌だからな」

「ふむ、では吾輩が」

 目を輝かせながら身を乗り出す竜子。テーブルがグラッと揺れる。

「いや、お前も同じだよ」

 なんだかんだでこいつの裸体を何度か見るハメになっているので、これ以上は避けたい。

「しかし、吾輩は多少の気温の変化では寒さを感じぬ。寒いという心配はしなくていいぞ?」

「そういう問題じゃねーよ……」

「ふむ、家族であるのにか……?」

「家族である前に俺たちは外見的に歳が近い男女何だし……」

「ふむ、そうか……」

 シュンとしている竜子を見ると、何か悪い事をしたんじゃないかと思ってしまうが、俺、間違ってないよな……?

「ああ、でも、家族で一緒にお風呂に入るっていうのもいいですよね! 今度一緒に家族風呂がある温泉に行きませんか? バスタオルや水着着用でもいいですから!」

 まあ、水着を着ているならまだいいかもしれない。

「それなら、まあ……」

 純粋に一緒に風呂に入りたいってだけなら俺も嫌ではない。寧ろ嬉しいかもしれない。

「本当か!? 約束だぞ!」

 パァッと表情が明るくなる竜子。くっそ……可愛いな。

「ああ、約束だ」

 そんな顔をされたら約束せざるをえないじゃないか……

「初めての旅行ですねー! 予定は提案した僕様が立てますよ!」

 こういうときのルナは頼りになる。流石にここで性的なことをぶちこんだりはしないと信じているぞ。

「じゃ、シャワー浴びてくるわ」

「はーい! ……あ、着替えは用意しておきますよ!」

「ああ、助かる。……けど、覗くなよ?」

「覗きませんよー?」

 満面の笑みで言うので本当かどうかが分からない。……まあ、注意していれば大丈夫だろう。

 俺はリビングを出て風呂場へと向かった。

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