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事件を知る青年

「留置所から刑務所に移動中のパトカーから抜け出して警官二人を殺害後、逃走、ねぇ……」

「そして逃走途中に男性一人を殺した、か」

 ありえない程に車体がへこんでしまったパトカーがテレビに映されている。凶器不明らしいが、何をどうすれば拘束された人間がこんな事をやってのけるというのだろうか。

 その犯人は手錠だけでなく(おもり)までつけられていたらしい。しかし、犯人の名前と顔は知らされない。分かることは、性別、年齢、服装といった情報のみだ。なぜなら、犯人は19歳の少女であるからだ。

「なんか、気になるな。明らかに可笑しいぞこれ」

「ええ、それにこの事件、少々ネットで騒がれているようですね」

 目を閉じ、眉を寄せ、むむむ……と唸っているルナ。……え、それでネットも見れるの?

「騒がれているだと……?」

「ええ、凶器不明なんて言っていますけれど、目撃者は数十人もいるのですよ。殺害の決定的瞬間を見ていた人もいますね。今の人間は自分が話題の中心になるような事が好きなので、目撃者の中にも現場の様子を事細かに説明している人もいるのですよ。……ご丁寧に写真付きの人だっていますよ」

「……なあ、ルナ、今のお前には何が見えているんだ?」

「ネットに滞在する情報と、それが真実か偽りか、という事が見えます。ちなみに、写真も見えていますけれど、食事中に見てはいけないものですね、これは……」

 不快感を表すように舌打ちをするルナ。何が見えているんだろう。

「どんな写真なのだ?」

「少し距離が遠いですけれど、少女が己の腕で男の腹の肉を抉っている写真が三枚ですよ。ちなみに、ネットでは『どうせ加工だろ』とか、『不謹慎だ!』なんて叩かれていますが、間違いなく本物ですよ」

 素手で人の肉を抉る……物理的にも精神的にも、常人がすることとは思えない。

「……竜子みたいな、異世界からやってきた奴だっていうのか?」

「……いえ、写真から少女の情報は大体知ることができたのですが、彼女はこの世界で産まれたただの人間ですよ。ただ、思想と魂に問題はありますが」

 俗に言う『サイコパス』というやつだろうか? ただ、思想はわかるが、魂……?

「……魂っていうのは?」

「ああ、まぁ……『赤子の取り違い』のようなものだと思ってください。ボケカスポンコツ神もどきがやらかしたようです」

「ボケカスポンコツ神もどき……」


 酷い言われようだが、それだけの事をやらかしたという事だろう。うん。

「しかし、ただの人間が素手で他人の肉を抉るなど、考えられんな」

 指を顎に当てて唸っている竜子。こうしてみるとなんだかカリスマ性を感じなくもない。

「考えたくはないですが、おそらく、またイレギュラーな出来事が起こっているのですよ。……もしかすると、黒幕がいるのかもしれません。この世界の者ではない何者かがその少女に力を与えるとか……最近起こっている運命の歪みとも関係があるかもしれません」

「……まあ、俺たちとは関係ないから、他の神がどうにかするのを待つしかないな」

「そーですね。まあ、神なのでうまくやってくれると思いますよー。信じていますー」

 と、ややぶっきらぼうに返すルナ。切り分けたアップルパイを配りながら言うので、より目立つ。……嫌ってるなー。

「……東京とさほど距離が離れていないところで起こっているというのが気がかりであるが」

 変わり者と変わり者は出会いやすいんだよな……世界的にはイレギュラー同士で消えてもらったほうがありがたいのだろうが。

「まあ、今は頭の隅に入れておくだけでいいですね。お待たせしてすみません竜子さん、どうぞチャンネルを変えてください!」

「うむ。まださほど時間は経っていないので構わないぞ」

 『ボーダー柄の囚人服を着た少女に注意を!』というセリフを、キャスターが言い終えるかどうかというときにチャンネルが変わる。さっきの重苦しい雰囲気とは一変し、賑やかで楽しい雰囲気になる。この司会が良い味出しているんだよなぁ……

「珈琲も美味しいですしアップルパイも美味しい! 僕様は幸せですよぉー」

 頬をふにゃっと緩ませて笑うルナ、本当に幸せそうだ。さっきまで割とえぐいであろう画像を見ていたとは思えない。こいつはそういうものも見慣れてしまったのだろうか。……まあ、神だから、人同士の殺し合いなんて飽きるほど視てきたのだろうが。

 俺は人と神との差というものを感じながらアップルパイを一口食べた。……いつもと変わらず、甘くて美味しい。

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