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告白する青年

「……ふむ、これくらい吊るせば十分だろう」

「竜子さん! まだまだ話は終わっていないのですよっ!」

「ルナ……話を、引っ張るな、とは、言わない。ただ、俺を、降ろして、からに、してくれ……」

 意識が朦朧としている。『朦朧』という漢字を頭に思い浮かべるだけでも頭痛がして気持ち悪い。

「ああ、燐斗は人間だからな。ずっとこのままの状態にしていると死んでしまう」

「天井に突き刺している時点で結構危ういと思うんですけどね……今回は驚くほど見事に燐斗さんの脚が天井を突き破る程に綺麗に刺さったので良かったものの、綺麗に刺さらなかったら下半身は潰れていますよ?」

「……うむ、やはり人間は脆いな。しかし、ルナが燐斗を誘惑した挙句に襲おうとしなければこんな事はしなかったのだがな……」

「ちょっ……そんなに睨まなくてもいいじゃないですかー! ……ほらっ! はやく燐斗さんを救出しましょう!」

「うむ」


「うーん……」

 俺はリビングに寝かせられており、竜子とルナが俺の顔を覗き込んでいた。……今回は本当に死ぬかと思った。いや、一、二週間ほど前の世界危機の方が死にそうになる機会はわんさかあったのだが、ああいうときは死ぬ覚悟が出来ているので今回の様に日常の中で死にそうになるのとは少し訳が違う。

「……すまない、燐斗、力加減を間違えていたようだ」

 申し訳なさそうな顔をする竜子。俺の弱さのせいで竜子に心配をかけたくないな……

「いや、竜子は謝らなくていいんだ。俺が軽率な行動をしてしまったのが悪いんだから制裁をくらっても仕方ない。……できれば、吊るさないでくれればありがたいんだけど」

 俺を放置した状態でエロゲ話に花を咲かせなければ尚良し。

 と、まあ、そんな感じで俺は起き上がる。身体の痛みも気持ち悪さもすっかりなくなっていた。

「貴重な回復役がいてよかったですね! 燐斗さん」

 ルナがドヤ顔をしながらふんぞり返っている。成る程、女神パワーで治してもらったわけか。時計を見ると、意識が途切れる直前からまだ十五分程しか経っていない。長時間寝込んで回復したわけじゃない事が分かり、ホッとする。

「その貴重な回復役が元凶な訳なんだけどな」

「しかし、燐斗よ、吾輩というものがありながら、今朝の少女といい、ルナといい……浮気は許さんぞ」

 竜子の表情が一変し、俺をギロッと睨みつける。竜子の鋭い双眼に睨まれると、心臓を掴まれたような圧迫感を感じる。しかし、ここで怖気づいていては話が進まない。

「……竜子はあのときの、『家族になろう』って言葉をどう解釈したんだ?」

「うむ? 先程の話と関係があるのか……? まあ、それはもちろん、『俺の妻になってくれ』ということだと解釈、したが……」

 初めは自信満々に胸を張って言っていたが、俯いて黙ってしまった。

「……もしかして、燐斗はそんなつもりで言っていないのか?」

 十数秒ほどの沈黙の後、バッと顔を上げ、不安そうな目で俺の顔をじっと見つめる竜子。……何故だろう、罪悪感が半端ない。

「……結婚っていうよりは、『お互いに支えあって生きていこう』とか、『お前を独りにはさせない』っていう意味合いを込めて言ったんだけどな」

「まあ、半ば告白みたいなセリフなのですよ……」

 ルナが苦笑いしている。確かに、告白も同然の様な言葉だったかもしれないが……

 俺は思い出す。あのときの竜子を。呆然と立ちつくし、空を見上げ、裂けそうになるほどに口を開け、泣き叫ぶ竜子を。その悲痛な叫び声、姿はこれからもずっと、忘れることはできないだろう。

「あのときの竜子はさ、今にも壊れそうだったから、今にも消えてしまいそうだったから、助けたくて……けど、助けたいなんて思っておきながら、どうすればいいか分からなくて、頭が真っ白になって……」

 俺は動揺した。その姿に恐怖もしただろう。

「しかし、燐斗は吾輩を抱きしめてくれたぞ、自分の危険を顧みずに」

 竜子が己で己を消そうとしたとき、俺は耐えきれなくなって竜子を抱きしめた。……あのとき、竜子の身体から出てたオーラは痛かったな。精神にも身体にも突き刺さってきた。

「ああ、あのときは、どうしても、お前を抱きしめなきゃって思ったんだ。その後にお前に言ったあの言葉……そのときの気持ちは、竜子の支えになりたい、竜子を独りにしたくないっていう気持ちだったんだ。……勘違いをさせるような言い回ししかできなくて本当に申し訳ないけど、竜子を奥さんにしたいと思って言ったわけじゃないんだ」

「……まあ、薄々は感づいていたんだがな」

 そう言って竜子は微笑んだ。

「えー、本当ですかー?」

「あの騒動が収まった後、燐斗の言葉を何度も思い出しているうちに、希望的な解釈をしてしまったようだ。吾輩の支えになりたいと心から思って言ってくれたのに、それ以上の意味を求め……欲を出しすぎたな、吾輩は」

 ルナの声を無視してそのまま続けた竜子の声が震えているのが分かった。……竜子は今までずっと独りだった。誰かにとって一番特別な存在に憧れるという事も理解できる。俺にしてみれば、家族は何者にも代えがたい、かけがえのないものなのだが、竜子にしてみると、妻という存在に最も憧れるのだろう。

「……欲を出しすぎているというよりは、結論を急ぎすぎているんだよ。竜子が俺の奥さんになったらいけないっていうわけじゃない。でも、ほら、今朝竜子が会ったハルの事もあるし、俺にだって考える時間も欲しいし、竜子を見つめる時間もいる。だから、もう少し待ってくれないか」

 いつの間にか晩御飯を食卓に並べていたルナが小声で『プロポーズですか?』と呟く。……成る程、俺のこういう言動にも色々と責任がありそうだ。

「……そうか、では、嫁候補として、自分を磨くことにしよう」

 竜子は胸に手を当てて笑った。これ以上に無いというほど柔らかく、幸せそうな笑みだった。

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