向き合う二人
「おいしっ!」
笑顔でチョコアイスを頬張るハル。見たところご機嫌のようだ。さっきのハルはマジで怖かった……そんじょそこらのホラー映画が逃げ出すレベルだった……
「……ん、クリームが頬に付いてるぞ」
紙ナフキンでハルの頬に付いたクリームを拭き取る。
「ん、ありがと」
ニコッと微笑むハル。ハルは笑顔が一番似合う。
「……でも、付き合ってないのよねぇ」
ハァ、とため息交じりに言う店長。珈琲カップを持ちながらため息を吐くその姿はなかなかダンディでかっこいい。本人はプリティなお姉さんを目指しているらしいが、うーん……転生するかプリティなお姉さんと身体が入れ替わるでもしないと無理ではないだろうか?
「あはは……ハァ」
ハルまでため息を吐いて俺を見る。……いや、ほんと、スミマセン。
「あー、キャラメルパフェ美味しいなー!」
あからさまに話を逸らしてみる。……ちなみに、ここのキャラメルパフェは、細長い器に入ったキャラメルムースの上にコーンフレークを敷き詰め、その上にキャラメルソースがかかったバニラアイス、キャラメルアイス、更にその上にクリームやキャラメルクリームをのせて、キャラメルソースをかけ、仕上げに筒状のクッキーを添えていて、果物などは一切入っていない。初めにこのパフェを見たとき、酸味が無い分、甘過ぎるんじゃないのかと思ったが、クリームも甘過ぎず、キャラメルのほろ苦い甘みと丁度よくマッチしている。……まあ、ゴチャゴチャと説明しているが、簡潔にまとめると、ここのキャラメルパフェは美味しいということだ。ちなみに、ハルが食べているチョコパフェも、大体同じで、サイコロ状の甘い生チョコがそっと2つ程添えられているのを除けば、チョコかキャラメルかの違いしかない。
「燐斗君はキャラメルパフェが好きよねー! チョコパフェより甘さ控えめなのがウケたのかしら?」
「そうッスね。俺にはこの位が丁度いいッス」
「私はこの位甘い方が好きだけどなぁ……」
ハルはカフェなどに行ったときは胃にガツンとくるような甘いものを食べる。……家ではホワッとした甘みの和菓子しか出されないのが理由かもしれない。
「……ねえ、燐斗。竜子ちゃんとルナちゃんってどんな人?」
……敵の情報を詳しく知ろうという事だろうか。
「どんな人って言われても……うーん」
そもそも人じゃないし。
「突然の事でびっくりしたし、竜子ちゃんとルナちゃんが、羨ましかったから、その、敵視していたというか……だけど、今朝、竜子ちゃんと会って、紹介してもらってからは、友達になりたいなって思って。二人とも、辛い経験をしたみたいだし。……ライバル視はしてるけど」
凄く助かる申し出だ。友達は竜子やルナのこれからに必要な存在だからだ。
「……あいつらと友達になってくれるっていうのはとても助かるよ。ありがとう、ハル。……そうだな、竜子は気高くて、強くて、頑張り屋だ。正義感もとびきり強い。……家事はてんで駄目だけど。食器洗いをさせたときは食器を割りまくったもんな……」
それ以降、竜子に食器洗いは控えてもらっている。
「……ウチの食器の出費が増えるかもしれないわね」
……竜子が割らないようにしてくれればありがたいのだが、到底無理だろう。
「……ああ! そうよ! ウチには割れない食器もあるじゃないの!」
たしかに、ステンレスとかプラスチック系の食器はこの店にあったはずだ。
「初めのうちはその食器にしか触れさせないようにさせないとッスね……あと、何かあったときは俺のバイト代から差し引いてください……」
「やぁねぇ! 燐斗君が気にしなくていいのよそんな事!」
その気持ちはありがたいが、何かあれば意地でも弁償したい……
「……意外とおっちょこちょいなんだね、竜子ちゃん」
可笑しそうに笑うハル。
「ああ、力の加減を間違えてパリッと皿を真っ二つに……ん?」
じゃあダメじゃねーか!
「あら……それじゃあステンレスやプラスチックの食器も、へにょっちゃうわね……てっきり手を滑らせて割っちゃうのかと思ったのだけれど」
「すみません。俺もちょっと勘違いしてました」
『竜子がとにかく皿を割る』という事しか覚えていなかった。ウチの皿を割られすぎて自分の記憶を消したかったのかもしれないな、うん。
「強いって……そういう意味も含めているんだ」
苦笑いするハル。意図してそう言ったわけではないが、そういうことだ。
「ああ、尋常じゃないくらい力が強い。ないとは思うけど、アイツと殴り合う事になったら全力で逃げた方がいいぞ!」
竜子に対する恐怖心を生み出さないために二カッと笑う。大切な人が大切な人に殺されるなんて、考えただけで恐ろしい。
「う、うん、多分、殴り合いになることはないと思うけど、気をつけるね」
苦笑いのままだ。店長はカフェの壁の心配をしていたが、それに関しては大丈夫だとフォローしておいた。滅多なことが無い限り店の物を破壊したりはしないだろうし。
「……で、ルナは、えーっと……物知りで、頑張り屋で、でも、とても寂しがり屋なんだ。ざっくり言うと、頑張りを認めてもらえなくて拗ねた結果、俺の家に住むことになったんだし。……あと、忘れちゃいけないのはアイツがイタズラ好きだってことだな。でも、アイツの無邪気で楽しそうな笑顔を見るとなんだか心が落ち着くんだ。俺がいないときに家事を全部こなしてくれているからとても助かってる」
「……洗濯も?」
ハルが言わんとしていることは分かる。
「俺の下着は自分で洗濯してるよ」
女の子に洗わせるなんて、という感情よりは、アイツに下着を渡してしまったらナニに使われるか分かったものじゃないという恐怖心からだが。
学校に行っている間、俺は家にいないからヤツが本気になったらもうどうしようもないんだけどな。
「へぇ、なかなか家庭的な女の子なのねー」
「あんなに小さいのに……」
感心しているような、心配そうな表情でハルがポツリと呟く。
「小さな女の子って言っても義務教育は終えてるけどな。高校一年生の年齢だぞ」
実際は地球の年齢……もしかしたら宇宙の年齢と同じかもしれないが、それでもハルは驚いた。
「え……本当に? 遠目で見てもそんな歳には見えなかったんだけど」
「俺がアイツの事を幼い女の子って言ったことはなかったはずだけど」
多分。あったとしてもゴリ押しで押し通す。この年齢の方が色々と動きやすいだろうし。
「う、うん……たしかに……そういえば、竜子ちゃんは?」
アイツは見た目相応でいいかな……
「二十歳のフリーターだ」
「……竜子さんって呼んだ方がよかったかな?」
特に目上の人には敬意を振る舞うように教育されているので、オロオロとしているハル。
「別にいいんじゃないか? 気に食わないなら朝の時点で文句言ってるだろうし。それに、友達になるなら余所余所しいよりは少し馴れ馴れしいくらいでいいと思うぞ?」
ですよね? と、店長に同意を求めたが、いつの間にか厨房の方へと消えていた。
「そ、そうかな……うん、分かった。……それと、ね? 燐斗に聞きたい事があるんだ」
なんだろう。まだ竜子たちの事を聞きたいのだろうか。ハルの綺麗な二つの瞳が俺をジッと見つめる。……大事な事なのだろう。
「……私ってどういう人なの? さっきの竜子ちゃんのときみたいに説明してほしいな」
ハルが何を思ってこう言ったのか、正直、俺には分からない。
でも、俺は、正直な気持ちをハルに伝えるだけだ。
「ハルは、清楚で、綺麗で、雅な、だけど少しヤキモチ焼きで、怒るととても怖くて、でも、喜んだときの笑顔が最高に可愛い、俺がするまでもないけど、それでも、世界に自慢したいくらいの幼馴染だ。オマケに料理も美味しい。……まだまだ、あるけど、その……」
「……? どうしたの?」
段々と口ごもってしまう。ハルが顔を赤らめながらも、続きを聞いてくる。……どうやら、気づいていないみたいだ。
「……他のお客さんも来てるから、さ」
ただでさえ恥ずかしいのに、他の人にも聞かれているなんて……
「へ……? へっ!?」
目を見開いて周りを見、机に突っ伏すハル。今日はよく机に突っ伏してるな。綺麗な額に痣が出来たりしないか心配だ。
「あの、まあ、そういうことで……竜子たちの事も色々と分かってきたけれど、今の俺は、自分の家族の事よりも、ハルの事を一番知っているんだ」
しばらく間を置いて、ハルがゆっくりと顔を上げる。今までの人生で彼女の顔がここまで赤いのは見たことがないってくらい赤く、目は潤んでいたが、ジッと俺を見つめて潤んだ声でただ一言。
「ありがとう」
と言った。
何故お礼を言われたのかは分からない。感謝なんてされる筋合いはないのに。
寧ろ、『ハルが俺の居場所』だと、もっと早くに、素直にそう思えていたのならば、と謝りたいくらいなのに。
だが、ソレを今この場で言ってしまうのは筋が違うというものだろう。
「ソレは俺の台詞だよ」
だから俺は、短くそう答えた。
俯きながらチョコパフェを食べているハルを少しだけ見つめた後に、俺もキャラメルアイスを一口掬い、咥える。ほろ苦くて、甘い。そして、珈琲を一口啜る。
今日の珈琲は少し苦過ぎたかもしれない。