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第七話:それぞれの真実

 1


 ……ここはどこだろう?

私は起き上がろうとするが、体には全く力が入らない。

腕も足も、指先すら動かすことができない。

あれ……どうなってるんだろ……。

私はゆっくりと目を開ける。

すると、そこは真っ白な場所だった。

上も下も、右も左もわからないけれど、視界に映るもの全てが真っ白。

雪景色にしては寒さを感じない。

まるで、どこまでも無限に広がるキャンバスのようだった。


 「あ……」


 いつの間にか体は自由に動かせるようになっていた。

私は一人、地面かどこかも分からない場所に立っている。

やはりどの方角を見回してみても真っ白で、そこには何も景色らしいものはない。

触れるものもなく、聞こえる音は自分の声だけ。

太陽もなければ空もなく、風の吹く気配もない。

まるで、世界全体が止まって凍り付いてしまったかのように。


 「何、ここ……」


 私はおずおずと一歩踏み出す。

地面を踏みしめるような感覚は感じるが、足音も聞こえなければ地面も見えない。

不思議な空間だったが、恐ろしさは何も感じない。

それどころか、なんだか妙に落ち着いているようにすら思える。

私は数歩ほど歩いた。

しかし、背景全体がそれに合わせて一緒に動いているような感覚を覚える。

どんなに遠くまで見渡しても、白以外のものは何一つ見えない。

仮にこれが白い大地と白い空だとしたら、きっとどこかに見えているはずの地平線まで真っ白なのかもしれない。

私は歩くのをやめて、その場に立ち止まる。

そしてゆっくりと後ろを振り返って


 「……!」


 驚きのあまりに言葉を失った。

そこに、一人の女の子がいた。

無限に広がるこの壁紙のような場所と同じ、真っ白な服に身を包み、小さく微笑みながらそこにいた。


 「こんにちは」


 唐突にそんな言葉をかけられて、私は反射的に肩を竦ませてしまう。

おかしい、そんなはずはない。

そんな言葉が頭の中をぐるぐると回っている。

前も後ろも分からないけれど、そこはほんの少し前まで私が立っていた場所だ。

どうしてそこに、この人がいるんだろう?

そして、この人は一体なんなんだろう?

そんな疑問ばかりを膨らませる私を、その女の子は変わらずに小さく微笑みながら見つめていた。

私はただなんとなく、直感的にその女の子に懐かしさにも似た感覚を覚えてしまっていた。


 「こ、こんにちは……」


 私はそう一言返す。

彼女はそれを確認すると、もう少しだけ柔らかく微笑んだ。


 「あの、あなたは……」


 私は自然と言葉を投げかけていた。

なぜかこの彼女に対しては警戒心を抱けなかった。

それどころか、会ったこともないはずなのに親近感さえ覚えてしまう。


 「私? 私は……」


 彼女はそこでなにやら考える素振りを見せ、うーんと小声で呟いた。


 「……どう言えばいいのかな」

 「……じゃあ、ここはどこなの?」


 私は質問を変えてみた。

彼女が何をそんなに悩んでいるのかは分からなかったが、待っていても答えが返ってこないように感じたのだ。


 「あ、それだ」


 としかし、彼女はなんだかとても見当はずれな言葉を返した。


 「そ、それって……どれ?」

 「え? ああ、ごめんなさい。そういう意味じゃなくってね……」


 女の子は一拍の間を置いて言った。


 「私は、ここ。だから、ここは私」

 「……え?」


 私は女の子が言っている意味がさっぱり分からなかった。

それでも女の子は微笑んだままだった。

だけど、それはふざけているようには思えない。

かといって、女の子の言葉をそのまま鵜呑みにするのもとんでもないような気がする。


 「その……ここっていうのは、ここ?」


 私は足元を指差して聞いた。

すると女の子は


 「そう。私は、今私達がいるこの場所そのもの。だから、この場所は私そのもの」


 言葉としては女の子の言っている意味は理解できた。

だが、理性ではそれが全く理解できない。


 「それって、どういうこと……?」

 「意味はないの。でも、それが真実。今私がこうしてここにいることも、あなたがこうしてここにいることも。全部含めて、それがあなたの真実でもあって、私の真実でもある」


 女の子はまるで詠うように言う。

相変わらず私は意味がさっぱり分からないのだけれど、どうしてか、彼女の一言一言が妙にしっくりとくる。


 「無理に理解する必要はないの。今は分からなくても、いつかきっとそれがあなたの真実になる」

 「……う、うん……」


 私は意味もなく納得してしまった。

もちろん、全然納得できていないのだけれど。


 「じゃ、じゃあ、どうして私はここにいるの? それに、あなたはどうしてここにいるの?」

 「それは、私があなたを呼んだから」


 あっさりと彼女は答えた。

私はそのまま、彼女の言葉に耳を傾けた。


 「まず最初に、私はあなたに謝らなくちゃいけない」

 「え、どうして……?」

 「私がいれば、あなたはいなかった。私がいなくなったから、あなたがいる。もう何もかもは手遅れになってしまったけど、やっぱり私はあなたにとって恨まれても仕方がない存在だから……ごめんなさい」


 私はますますわけが分からなくなってしまう。

そもそもこの女の子とは今ここで初対面であって、手遅れとか言われても私にはここ数日の記憶しか残っていないので見当もつかない。


 「あの、よくわからないけど……そんな、謝られるような覚えは私にはないよ? 人違いとかじゃ……」

 「言ったでしょ? 無理に理解する必要はないって。いずれ全てが分かるときがくるよ」

 「そ、そんなこと言われても……」


 いきなり謝られて、理由に心当たりがないのに受け入れろというのは無理だと思う。

なんだかこれじゃあ、私のほうが謝りなくなってしまうくらいだ。


 「だけど……」


 彼女の声のトーンが急に落ちた。

表情は変わらず微笑をたたえているが、その笑みがどこか悲しいものに変わっているような気がした。


 「全てが分かった、そのときは……」

 「……」


 彼女はそこで口を閉じた。

言葉を探しているのか、それとも間を置いているのか。

私にはどちらでもないような気がした。

何かこう、決して言葉にはできないようなものがそこにはあるような……そんな気がして。


 「……無理に理解する必要はないんだよね?」


 私がそう聞き返すと、彼女は一瞬だけ驚いて目を丸くした。

だが、すぐに肩の力が抜けたような小さな笑みを浮かべて


 「……そうだね。それが一番、かな。きっと」


 そう答えた。

どうして私はそんな言葉を口にしたんだろう。

気がついたら、私は浮かんだその言葉を口にしていた。

なぜだか分からないけど、私が彼女の立場だったら、きっとそう言ったと思えた。


 「……あなたは、もう大丈夫みたい」

 「大丈夫って……何が?」

 「私はだめだったから。だからせめて、あなたは大丈夫なようにって思って、あなたを呼んだんだけど……いらない心配だったみたい」


 彼女は微笑んだ。

本当に、心の底から嬉しそうに。


 「それに、あなたはもう気付いているんでしょ?」

 「……え?」

 「……あなたという存在が、今こうしてここにいること。そして、あなたがあなたでいられる時間のこと」

 「……」


 その言葉に私は俯いた。

チクリと胸の奥が痛む。

それは、ずっと心の奥にしまいこんでいたことだったから。

彼女は本当に、何でもお見通しだった。

心の中を直接覗きこまれているような、それなのに不思議と嫌な気持ちを感じさせない。

それをあっさりと受け入れてしまう私がいる。

 なんなんだろう、この感覚は。

受け入れやすいとか、親しみやすいとか、そういう言葉では言い表せなくて。

例えるなら、真っ二つに割れたカケラがぴったりくっつくのが当たり前であるような、そんな自然な……。


 「……あなたは、一体……」


 私が聞きかけると、彼女はまた小さく微笑んで


 「私はここ。ここは私。そして、あなたもまたこの世界の一つ」

 「え……」


 私が言葉を続けるよりも早く、彼女は続けた。


 「終わりは、始まりがある以上必ずやってくるもの。どんなに怖くてもそれから逃げてはいけない。それに、あなたは幸せだよ」


 私はただその言葉を聞いていた。

詠うようなその女彼女言葉の一つ一つが、私自身を物語っていたからだ。


 「だって、もうあなたは一人じゃないでしょ?」


 その言葉を合図にするかのように、彼女は淡い光に包まれた。


 「……私はもう、どこにもいない。けど、ここにはあなたがいる。そしてあなたには、あなたの終わりを覚えてくれる人がいる」


 彼女の真っ白な服が、体が、徐々に光の粒子に変わっていく。


 「私も、あなたのことを忘れない。ずっとずっと覚えてる。だからあなたも、忘れないで。私のこと、あなたのこと、そして、あなたのためにいてくれる人のこと」


 光が溶け、世界を包む。


 「私のせいであなたが生まれて、私のせいであなたが終わりを迎える。……ごめんね、ごめんね……」

 「あなたは……」


 彼女は涙を流しながらも微笑んでいた。

それが真実だと言わんばかりに、彼女は泣いていた。


 「せめてあなたは、あなたの居場所で終わりを迎えて。それが、私のたった一つのお願い……」

 「待って! あなたは、あなたはもしかして……」

 「……さよなら。あなたに会えてよかった。……ばいばい、日下部楓……」

 「ま……」


 そして、彼女は音もなく姿を消した。

まばゆいほどの光が晴れると、そこには最初から誰もいなかったかのように、真っ白な空間が広がっているだけだった。


 「……あの子は」


 私はそれ以上、口を開くことはなかった。

そして全てが最初からなかったように、私自身も光に包まれた。


 2


 翌朝……いや、正確にはもう昼に近い時間。

私は目を覚ましていたけれど、体中のあちこちにまだ睡魔がくすぶっていた。

体は鉛のように重いし、頭の中もまだぼーっとしている。

見上げているのはいつもと変わりのない白い天井なのに、それが近づいたり遠ざかったりしているようで距離感が掴めない。

霧に包まれたみたいに視界がぼやけて、空気が波打つように見えた。

私は体を起こそうと力を入れてみるけど、やはり体は動かない。

少なくとも、自分の体重すらもまともに支えることはできなかった。

仕方なく私は、再び天井を見上げた。

 そこに映る白い色。

あれは夢だったのだろうか?

私は自分の身に起こった、あの夢とも幻ともつかないことを思い出していた。

私は真っ白な場所で、真っ白な彼女と出会った。

彼女は言った。

ごめんなさい、と。

 今だからだけど、私はその言葉の意味が分かる気がする。

彼女はきっと、私自身だったのだろう。

正確に言えば、私と同じ遺伝子を持つ人だった。

今から16年前にこの世を去った、本当の日下部楓だったのだろうと私は思う。

どうりで、私は彼女に親近感のようなものを覚えたはずだ。

つまるところもう一人の自分だったのだから、当たり前だ。

 彼女は悔やんでいたのかもしれない。

私は、彼女がどういう理由で実験体として選ばれたのかを知らない。

だけど、彼女は実験体にされたことによって、そこから私という自分の分身を作り出され、その分身である私が背負う運命を知った。

彼女は言っていた。

私は恨まれても仕方のない存在だから、と。

私がいなくなったから、あなたが生まれたのだと。

それは決して彼女の意思ではなかったのだろうけど、結果として私はクローンとして生まれた。

彼女はそこに、言いようのない後悔を感じていたのかもしれない。

 だから、もう手遅れだと分かっていても、伝えずにはいられなかったのだろう。

私が背負った運命を。

私が辿る道を。

私が終わるときを、彼女は全て知っているのだろう。

 そして私自身も、そのことには薄々と気がついていた。

眠れない夜というのは残酷なものだった。

いやでも考え事をしてしまう。

私はもうちょっとバカな頭で生まれたかった。

せめて、自分の結末がそう遠くない未来だということを気付けないくらいのバカでいたかった。

彼女が繰り返していた真実とは、このことだったんだろう。

私がもうすぐ、終わりのときを迎えてしまうということ。

 それはきっと、阿久津さんが今でも抱えたままでいる言い出せない言葉と同じもので。

うまくもない嘘を並べてでも、私に悟らせたくないことなのだろう。

だから私は、阿久津さんを責めることもないし、そういう気持ちにもならない。

それが彼の優しさからのことだということは、ちゃんと分かっているつもりだったから。

私は静かに目を閉じた。


 「……もう少し、寝てよ」


 独り言が静寂の中に溶けていく。

怖くないといえば、それはきっと嘘になる。

いつだって、私の本音は生きたいと叫んでいる。

だけどそれは、叶わない願いだということも知っている。

だから私は、生きていられる時間を精一杯に生きるしかない。

本当は今だって、寝ている時間さえもったいないと思うくらいなんだけど。

だけど、今だけはこうしていないといけない。

こうしていれば、誰にも涙を見せずにすむから。

阿久津さんにも、もう一人の私にも。

たとえ私に残された時間が、もう絶望的なまでに少ないものだとしても。

私は最後のそのときまで、笑っていられたらいいなと思う。

そのときに流す涙も、嬉し涙がいい。

だから、今のうちに泣いておこう。

悲しみの涙は、全て枯れさせよう。


 『私のせいであなたが生まれて、私のせいであなたが終わりを迎える』


 それは彼女の言葉だった。

だけど私は、彼女を恨むことなどできない。

それどころか、私は生まれてきたことを不幸ばかりとも感じられなかった。

だって、私は今こうして生きているから。

それは望まぬ生だったかもしれない。

そう言われれば、私はその言葉を否定しない。

それでも、私は生きているから。

それを幸せと思えないはずがない。


 『せめてあなたは、あなたの居場所で終わりを迎えて。それが、私のたった一つのお願い』


 居場所……。

私はもう、その場所を決めていた。

いや、そうであってほしいなと思う。

きっと私は、その言葉を口にしたら泣き出してしまうだろう。

聞いた彼は、ふざけるなと叫ぶかもしれない。

それでも、いい。

今の私が日下部楓として歩んだ道のりは、あまりにも短すぎるものだけれど。

その中で私の居場所は、一つしかない。


 『あなたは幸せだよ』


 今なら、私は答えられる。


 『ありがとう』


 3


 それはまだ、分かれ道に迷わなかった頃。

……いや、そもそも道が分かれてすらいなかった頃だろうか。


 「……詭弁だな」

 「ああ。その通りだ」


 赤嶺はあっさりと切り捨てた。

と同時に、その手の紙束をテーブルの上に撒いた。


 「もう一度聞く。恭祐、君は正気か? 正気かつ本気でそんなことを考えているのか?」


 一体何があったんだと言わんばかりの赤嶺の視線を流して、俺は答えた。


 「何度も言わせるな。俺は俺の意思で動く」

 「……そうか。ならば僕はもう君を止めることはできないし、止めようとも思わない」


 赤嶺は静かに呟いた。

その言葉が決別を意味しているということは、俺はとっくに理解していた。


 「だが、なぜだ恭祐? なぜ僕にこのことを話した? 僕が協力すると思ったからか?」

 「……仮にお前に協力を求めて、お前がそれを承諾したとしても、俺は一人で動くつもりだ。関係のない人間は巻き込むつもりはない」

 「恭祐、それは矛盾している。君はすでに彼女を巻き込むことを前提で話をしているじゃないか……」

 「そうでなければ、俺は彼女を救えない」

 「それはそうだが……」


 赤嶺は言葉につまり、奥歯を噛み締めるようにして俯いた。


 「……礼二、勘違いをするな」


 赤嶺は俯いたままだったが、俺は構わずに続けた。


 「俺がお前にこのことを話したのは、何も話さずに俺が行動を起こしたらお前は必ず首を突っ込むからだ。そうすれば、お前にも少なからず危険が及ぶ。だからこれは、そのための事前通達みたいなものだ」

 「……もう、君の意思は覆らないのか……?」


 震えかけた声で赤嶺は言う。

俺は目を閉じ、一拍の間を置いて返した。


 「ああ。これは決別だ。次に会うとき、俺はお前に殺されても文句はないさ」

 「……分かった。悲しいが、これも運命というものなんだろう」

 「……使いたくない言葉だが、そうなのかもな……」


 二人の間に沈黙が流れる。

互いに目を伏せ、一言も発さないまま時間が過ぎた。


 「……本当に」


 沈黙を破ったのは赤嶺だった。


 「どうしたんだ、恭祐。何が君をそこまで駆り立てる? 彼女は……クローンなんだぞ?」


 赤嶺は顔を上げて、すがりつくような目で俺を見ていた。

だけど俺は、赤嶺を納得させるだけの言葉を持ち合わせていなかった。


 「……自分でも分からない。どうしてなんだろうな」


 俺はテーブルの上の紙を一枚拾い上げた。


 「礼二、お前は目の前で助けてと言われたら、それを無視できるか?」

 「……分からない。状況次第で返答はいくらでも変わるものだ」

 「嘘だな」


 俺は言い切った。

赤嶺の表情が一瞬凍りつく。


 「同じことだ。俺には、彼女が助けてくれと叫んでるように見えた。多分、それだけなんだ」

 「……恭祐、君は……」


 俺は自虐的な笑みを浮かべ、言った。


 「結局、俺もお前もまだまだ甘いってことなのかもな……」


 赤嶺は何も言い返さなかった。

赤嶺から見た俺が優しすぎるように、俺から見た赤嶺もまた優しすぎる人間だったのだ。

だから俺は、こうして面と向かって決別を伝えることを選んだ。

何も告げずに行動を起こせば、きっと赤嶺は真相を探ろうとするだろう。

しかしそれは、俺が望むものではない。

あらかじめ事実を伝え、予告をすることで、俺は赤嶺の行動に制限を加えた。

そうすれば、少なくとも自分の周りに巻き込まれる人間はいなくなる。

たった一人、彼女だけを除いて。


 「礼二、これを持っていてくれ」


 ゴトリと音がして、銀色のそれは姿を現した。


 「拳銃!? 恭祐、これは……」

 「もしもこの先、お前が今日の俺を全て否定するときがきたら、その銃口を俺に向けてくれ」

 「な……」

 「そしてそのとき、俺にわずかでも迷いがあればおとなしく撃ち殺されよう。だが、俺が今の気持ちを変わらずに持ち続けていたら、そのときは……」


 俺は内ポケットの中から、もう一つ同じ拳銃を取り出した。


 「俺も、お前に銃口を向ける」

 「…………」


 再び静寂が訪れた。

互いの手の中には、冷たく重い銀色の拳銃。


 「……時間をとらせてすまなかった。話は、それだけだ……」


 俺は拳銃をポケットにしまい、赤嶺に背中を向けて歩き出す。

言葉には出さないが、これが別れだ。

初めて友と呼べるようになった男との別れだ。


 「恭祐!」


 赤嶺が叫んだ。

俺が振り返ると、赤嶺はそのてに銀色の拳銃を構えて、俺に銃口を向けていた。


 「……もしも」


 赤嶺の声が微かに震える。


 「そんなバカなことはやめろ。やめなければ撃つ。……そう言ったら、どうする?」


 銃口は真っ直ぐに俺の顔面を捉えている。

拳銃には銃弾も装填してあるから、赤嶺が引き金を引けば、当たり所によっては俺は即死するだろう。

だけど俺は、立ち止まらない。

立ち止まるわけには行かない。

言葉には告げず、背中を向けて歩き出した。


 「礼二、お前は優しすぎる。だから、撃てない……」


 そう、聞こえない小声で呟いた。

そして案の定、礼二は引き鉄を引くことはできなかった。

そうして俺達は、別れの日を終えた。

これが終わりの始まり。

どちらが正しいか間違っているか、自分が正義か悪かさえも分からない、小さな物語が動き始めた日だった。


こんにちは、作者のやくもです。

今回は今までと違って、一人一人の回想などがメインの話となりました。

ようするに物語が終わりに向かっているということなんですけどね。

次回の第八話が最終になるかどうかはまだわかりませんが、とりあえずは最後までがんばってみようと思います。

ここまでお付き合いしながら読んでくださった読者の方々、正直言って物語としてはかなりできの悪いものだと自分でもよくわかっています。

それでもお付き合いいただいてることに、改めて感謝いたします。

では、また次回お会いしましょう。

せめて最後は、皆さんの心に何かを残せる終わりを綴りたいと思ってます。

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