後悔と始まり
最初に感じたのは、土と木の匂いだった。
「……ここは?」
目を開けると、粗い木材で組まれた天井が見えた。 節の多い梁、煤で黒ずんだ板。 どこかで焚き火の煙が漂ってくる。
さっきまで俺は、廃工場の前に立っていたはずだ。 父が遺した鉄鋼工場。 リーマンショックで倒れ、守れなかった場所。
「もし……歴史をやり直せるなら」
そう呟いた瞬間、視界が白く弾けた。
――そして今、俺は藁の上に寝かされている。
「あっ、起きた! 本当に起きた!」
甲高い声が耳に飛び込んできた。 振り向くと、十代半ばほどの少年が、粗末な麻布の服を着てこちらを覗き込んでいた。
「よかった……! 熱が下がらなかったので、このまま死んでしまうかと思いました!」
「……俺は、倒れていたのか?」
「はい。村で流行っている熱病にかかって……。でも、もう峠は越えたと医師様が」
熱病。 具体的な病名は言わないが、どうやら俺は“この世界のどこかの村”で寝込んでいたらしい。
俺はゆっくりと身を起こし、周囲を見渡した。
粗末な木の壁。 藁を詰めただけの寝床。 鉄製の器具はほとんど見当たらない。
そして、窓の外。
茅葺き屋根の家々が並び、泥の道を裸足の子どもたちが走り回っている。 井戸の周りでは女たちが水を汲み、遠くには木柵で囲まれた小さな集落が見えた。
「……中世?」
思わず口から漏れた。 断定はできないが、少なくとも現代ではない。
「あの……本当に大丈夫ですか? 領主様が亡くなられて、村は不安で……」
「領主が……亡くなった?」
少年はこくりと頷いた。
「はい。熱病で。だから、あなた様が……その……」
そこで言葉を濁す。
だが、理解した。
俺は、この村の領主の息子として目を覚ました。 しかも、父は熱病で死亡。 村は混乱の最中。
これは―― 歴史をやり直すために与えられた、最初の舞台だ。
俺は拳を握りしめた。
「……わかった。まずは村の様子を見せてくれ」
少年は驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「はいっ! すぐに案内します!」
俺は藁の寝床から立ち上がる。
父の工場を守れなかった俺が、 日本の未来を変えられなかった俺が、
今度こそ歴史を変える。 この世界がどこであれ、まずは現状把握だ。




