ボウイの場合 ー手応えと胸騒ぎー
それから三日後の夜。雨は降り続き、バラバラとトタンの屋根を叩く。そのリズムがなんとも気持ちを落ち着かせる。僕は床で横になり、見るでもないテレビを点けて、気持ちを音に紛らわせていた。お笑い芸人があげる不自然な笑い声が不快で仕方がない。
「ミャー」
テレビの音とは違うところから音がした。その音は耳には届いていたが、首を動かすことすら面倒だ。
「ミャー」
目玉だけを動かして、窓の外を見る。ベランダというにはおこがましい三十センチほどのスペースに、あの猫が座っていた。
「ん?」
体を起こし、猫を見る。やはり右目が緑、左目が黄色のあの猫だ。
「ミャー」
匍匐前進で体を窓際まで引きずっていく。それでも、猫は逃げなかった。窓ガラス越し五センチのところで猫をじっと観察する。それにしても、不思議な目をしている。右目は、透明感のあるエメラルドグリーン、左目は金色にも見える鮮やかな黄色。野良猫にはもったいないくらいに美しい目をしている。
「お前を入れてやることはできないんだよ。悪いね」
しかし、この猫は、どうやってここに来たのだろう。僕の家だとわかってここに来たのか? 偶然だとしたらできすぎだ。僕の後を付けてきたのだろうか? 少し気味が悪いが、悪い気はしなかった。僕が立ち上がると、同時に猫も立ち上がり夜の中に消えた。
最寄りの駅に降り立ったとき、すでに午後七時を回っていた。激しい雨が降る中、傘をさして自宅に向かう。僕は、飛び込みで転職セミナーに出かけていた。企業側がわざわざ会う機会を作ってくれているのだから、これを逃す手はない。結果として、小さな出版社との面接で好感触を得た。たったそれだけの事なのに、社会の一員としてまだ見捨てられていなかったことが嬉しくて、ウキウキが止まらない。僕にとっては、これは大きな一歩だ。次の面接をしくじらないためにも、作戦を練らなければ。
面接についてあれこれと妄想しながら、公園の前を通りかかる。なんとなく視線を向けると、ベンチの前に黒い塊が見えた。胸騒ぎがして、近づいていくと、あの猫だった。
「おい!」
車にでも轢かれたのだろうか。だらりと力が抜けた状態で、地面に体を横たえているが、腹の部分がかすかに動いている。大丈夫、生きている。
「しっかりしろ、おい!」
猫の体をゆすってみるが、反応はない。
「どうしよう」
一張羅のスーツが汚れることに多少躊躇したが、傘をたたみ、猫を抱き上げた。そして、走った。もし、僕がこの猫を放置したら、このまま死んでしまうかもしれない。可愛がっていたわけではないし、助ける義務も責任もない。だけど、気になるのだ。
国道沿いに動物病院があったはずだ。激しく振る雨の中を走った。力のない猫の頭が、走るリズムに合わせて腕の間でグラグラと揺れる。スーツはずぶ濡れで、下着まで水がしみてきた。革靴の中に水が入って気持ちが悪い。




