第二皇子の打算
ドサっと鈍い音がして、我にかえる。
先ほどまで目の前に居た兄貴が、今は床に倒れていた。美形と評判の顔は頬が腫れて無残なことになっている。
「お前、皇族に対して無礼であろう!」
思わず恫喝するような声が出て、咄嗟に「しまった」と思った。俺の怒鳴り声は鍛えられた武官でも萎縮させてしまう。急に泣き出されても困るし、女相手にやり過ぎたかと思った。
だが相手がか弱い女だろうと、さすがの俺も見過ごせない。俺はこの国の第二皇子、劉昇。今この場では最も身分が上だ。正すためには言うべきだと思った。
しかし相手は萎縮するどころか、五月蝿そうに眉をひそめた。さらに大して感情の乗っていない声で淡々と応じる。
「誓約に合意した後に状況が不利になるや異を唱えられるとは……皇族の方はお約束を守れないのかしら?私達は好きで勝負したいわけではありませんから、お帰り頂いて結構ですよ」
俺に向けられた目に戸惑う。射抜かれるような強い眼差し、表情には出さないが少し細められた目と銀色の瞳は不快だといわんばかりだ。
背中がヒヤリとして嫌な汗をかく。
空気が冷たく感じる。
生まれてから今まで、俺は人からそんな風に見られたことは一度もなかった。向けられるのは羨望、憧憬、好意。だって俺は皇子だ。皇族に望まれるのは光栄なことだろう?
「そ、そのような物言いをして良いのか?東家の娘が妃になる機会などないだろう?名誉なことと思わないのか?」
「この場がなぜ設けられたのか、ご存知ないのかしら?どこかの権力者が力にモノを言わせて命じた末のこと。まさか東家が望んでいるとでも?」
「……さすがに不敬であろう」
「神事の何たるかも知らずに臨むことの方が不敬ではなくて?なぜ皇子が東領に出向くのか?なぜ皇室に東家出身の妃が1人もいないのか、考えたことはないのかしら?」
「それは……」
「神事は既に始まっておりますのよ。
勝負はお決まりですか?第二皇子殿下」
「……っ」
儚い見た目かと思いきや、なんて気の強い女なんだ!このような物言いをされたのは初めてだ。見た目は良いが全く可愛げのない!女なんて寵を得ることくらいしか、やることがないだろうに。
いやいや、相手のペースに乗せられるな。
すぐに頭に血がのぼるので気を付けるよう、副官に言われていただろう。
そいつは今、兵を率いて待機している。この館を囲むように配され、次の指示を待っている。神事がどうのこうの言おうが、結果は変わらない。それを知らされているのは第一皇子と俺だけだ。
ひとまずはこの茶番を続ける。武芸なら俺に敵う者はいない。剣術か、棒術か……どちらにしろ勝負にすらならないだろう。女相手に手加減するとして、連れ帰るのだからなるべく傷を付けずに済ませたい。となると棒術の方が良いか?
あとは相手だが……一の姫は確かに美しいがやめておこう。
先程の、扇で兄貴を払った時は驚いた。姫の動作が、まるで居合いの様に見えたからだ。ただ扇を払っただけでは大の男を吹っ飛ばすことはできない。
姫はおそらく剣術の嗜みがある。あの儚げな見た目で、しかも女の身で、俄かには信じ難いが……日々近衛兵を率いている自分にはわかる。
だからといって俺が負けることはないが……いや、そもそも俺の好みではない!俺は小賢しい女は嫌いだ。あの様に口ごたえする気の強い女よりも、俺をにこやかに迎えてくれて癒やしてくれる女が良い。
今の妃は西家の娘だ。ふわふわした明るい茶色の髪を揺らしながら、いつも笑って俺を迎えてくれる。
どんな話も楽しそうに聞いてくれて「ショウ様はすごい」と言ってくれる。いつも俺を褒め称えてくれる。愛らしい瞳で見つめられれば守ってあげたいと思う。
彼女を悲しませるのは心苦しいが、東家の姫を娶ることは決定事項だ。王都でも美しいと評判だから連れて歩くのは悪くないだろう。あと従順なら可愛がってやらないこともない。
残り2人から選ぶとして……あれが二の姫か。金糸の装飾を施された黒い着物、黒いヴェールで顔は見えないが長い黒髪が見える。背は一の姫と同じか少し高いくらいか。
黒は弔事の色。後宮の女も王都の女も花街の女も、黒の着物は葬儀以外は着ない。だから全身で黒を纏うこの女は、正直気味が悪い。なんだか不吉に見えて早々に視線を逸らす。この女はないな。
ならば三の姫しかいないか。先程の勝負で、自分と共に立会人を務めた姫だ。
改めてまじまじと姿を見れば、なんとも華やかな雰囲気の娘だ。桃色の鮮やかな着物に、薄桃色のヴェールを身に纏った姫。三姫の中で一番背が低い。俺の体格から大人と子供くらいに違うな。
確か姫達は俺よりも年下だったな。こんなことなら事前の資料にきちんと目を通しておくのだった。
三の姫と言うくらいだから末姫で一番若いのであろう。だからか体つきは……一の姫より貧相だな。というか一の姫が良過ぎる。花街の上妓と良い勝負だ。もしかしたら三の姫も成長したらああなるのかもしれない。年の差があるなら、尚更これから躾ければいい。
よし、この姫に決めた。
「三の姫、棒術でお相手いただきたい」
「承りました♪」
なんとも可憐な、軽やかな声が返ってきた。
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