第一皇子対一の姫
たくさんのお話から見つけて下さりありがとうございます。ゆるい世界観です。
ここは四方を山に囲まれた緑豊かな国。
その東領の館に3人の貴人が訪れた。
「勅令により嫁取りの神事を行う」
貴人はこの国の皇子たちであった。
彼らは皇帝の命により、都から何日もかけて移動し、はるばる東家の本拠地に出向いたのだった。
東家の館の大広間にて、皇子たちに向かい合うのは3人の女性。美姫と名高い東家の姫たちである。
ヴェールを纏い顔を隠すのは、この場における決まり事のためだった。
都からの使者が口上を述べて退出し、大広間から使用人が一斉に引く。
都から同行している皇子の従者たちも、館に勤める使用人たちも、これから先は許可なく場に立ち入れない。
これから神事が執り行われるからだ。
勅令による『皇子の嫁取り』
25年振りに行われる、国を挙げた神事である。
「勝負に勝てば妻になるというのは誠か?」
シンと静まり返った広間に、上座の皇子の声が響く。感情を廃した口調と他人を従わせてきた重み、言葉を発したのは次期皇帝と称される第一皇子だ。
「正確には、勝者は敗者に一つだけ要求ができます。貴方様が勝って『妻になれ』と仰るのであれば妻となりましょう」
応えるのは第一皇子の向かいに座した白いヴェールを纏った女性。上座にいることから東家の一の姫である。彼女は初めて口を開いたが、透き通る様な銀鈴の声に皇子たちの体が僅かに揺れた。
「……勝負の内容は?」
動揺を隠す様に、第一皇子が続ける。
「こちらの中より選んで頂きます。但し一勝負のみ」
一の姫は流れるような仕草で古い巻物を広げた。そこには嫁取りの神事に関する決め事が並んでいる。その内の項目に勝負の内容が記してある。
「剣術、棒術、軍戯の中より一つを選ぶのか。しかし女子には難しいのではないか?」
第一皇子の声は落ち着いているが、瞳に揶揄いの光が灯る。この勝負は明らかに皇子側に優位であったからだ。
「殿方ならば嗜みがございましょう?
どうぞ、お好きにお選び下さいまし」
皇子の視線に一の姫は気付いていたが、取るに足らないと受け流した。
「一の姫、軍戯でお相手頂きたい」
第一皇子が前に出る。
「承りました」
✳︎
今代の嫁取りの神事は、第一皇子が一の姫に軍戯勝負を挑むことから始まる。
まずは勝負に関する誓約書に対戦者が署名。
次に新品の盤が用意され、公式戦のルールに則り手続きをする。
双方から立会人が出ることになり、皇子側からは第二皇子、姫側からは三の姫が席を立つ。主審は第二皇子が務める。
新品の駒を開封し、対戦者は互いに駒も確認する。
軍戯とはこの世界の戦略ゲームのことで、現代でいう将棋に近いものだ。男性の教養であるが競技としての愛好者も多く、公式戦も行われる国民的遊戯である。
また戦に備えて戦略を鍛えるために皇子ならば必修で、第一皇子は歴代でも軍戯の才があると教育係から褒められたとか。
盤を挟んで向かい合い、一の姫が徐ろにヴェールを脱ぐ。途端に皇子達が息を呑んだ。
白皙の面、銀糸の輝く髪を背中まで流し、憂いを帯びた薄青の瞳。透き通るような白い肌に蠱惑的な赤い唇が、見る者を魅了する。
「……美しい……我が妃以上だ……」
間近で見る第一皇子も完全に見惚れている。
第一皇子の妃は南家の姫だ。燃える様な赤い髪を持つ気の強い美姫だと聞いている。
ボーっと見つめる第一皇子の視線を遮る様に扇を広げて口元を隠す。一の姫が恥じらう様に目を伏せた事で、第一皇子も目が覚めた様だ。
「不躾に失礼した。一の姫、名を聞いても良いか?」
「雪と申します」
「仮名か。美しい其方に相応しい名だ」
この場はあくまで神事であるので、仮名を名乗ることができる。本当に婚姻が成立したら本名を知ることができるのだ。
「「よろしくお願い致します」」
お互いに挨拶をして、試合開始。
先手は第一皇子だ。将棋と同じく軍戯も先手有利。
広間に静寂が鎮座し、水時計と駒を動かす音だけが響く。広間に居る者全ての視線が盤上に注がれている。
盤面を挟んで向かい合う第一皇子の僅かな衣擦れと息を呑む気配がした。
「……負けました」
第一皇子の小さな声がするまで、さほど時間はかからなかった。
盤面を見れば中盤に差し掛かった辺りの、まさかの中押し。一の姫の圧勝だ。
おそらく軍戯に通じている第一皇子だから、此処で終わったのだろう。最後まで続けても勝ち目がないことを悟ったのだ。それは中盤で勝負を決める程に力の差があるということ。教育係も褒める第一皇子にある程度の力があったから、正確に相手との力量の差を測った結果なのだろう。
呆然として盤上を見つめる第一皇子に、一の姫が銀鈴の声をかける。
「私が勝ちましたので、一つ要求致します。この扇で貴方達の頬を張らせて頂きますね」
そう言った時には、既に一の姫の右手に扇が握られていた。白の扇に銀の縁取りをした優雅な一品だ。
「……えっ?」
「なんだか呆けていらっしゃるので、目を覚まして頂きたいと思いまして。それでは誓約書に則り履行させて頂きます」
「えっ?ああ……」
そう第一皇子が言うが早いがバキッと音がして、次の瞬間には体ごと横に吹っ飛んでいた。
放物線を描くように体が落ちていく様は、二の姫にはスローモーションのようにゆっくり見えた。ドサっと鈍い音がして、第一皇子の体が床に叩きつけられる。
あまりのことに他の皇子達は口を開けたままだ。
倒れた第一皇子は左頬が大きく腫れて、左右対称の顔が台無しのまま気絶していた。
「おいっ!皇族への暴行は死罪だぞ」
我にかえった第二皇子が怒鳴る。大の男もビビるようなそれを、一の姫は軽く受け流した。
「死罪だなんて……勝負に関しては誓約書の記載の通りでしてよ?」
「お前、皇族に対して無礼であろう!」
「誓約に合意した後に状況が不利になるや異を唱えられるとは……皇族の方はお約束を守れないのかしら?私達は好きで勝負したいわけではありませんから、お帰り頂いて結構でしてよ」
一の姫がその美貌で微笑み、扇で口元を隠す。思わず目を奪われるそれだが、銀色の瞳の奥には冷たい光が宿っている。
第二皇子は背中にいやな汗をかいた様に感じた。
父親である皇帝や周りは神事だなんだと大袈裟に言っているが、単なる嫁取りだろうと簡単に考えていたからだ。
皇子が望めば、相手は喜んで従うだろうと……。
それが何故か、兄上が吹っ飛ばされる事態となっている……。
25年振りの神事は波乱の幕開けとなった。
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