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【短編集】とある小説家の最初の10日間

小説家 3日目

作者: 涼花

 今日は、2025年7月12日。朝の光が再び窓を叩く。机の上には、昨日保存したファイルが無言で待っていた。カーソルは相変わらず点滅し、まるで次へと催促する心臓の音のようだ。冷房の風が首筋を撫でるが、手のひらには汗がにじむ。


 アイデアノートを開く。ページは空白だ。昨日の走り書きはもう色褪せ、インクの痕すら嘘のように見える。指がキーボードに震える。吸って、吐いて。耳を塞ぐほどの蝉時雨が、窓の外から熱気を運んでくる。初めて小説を書いてから、わずか三日。なのに、もう自分が枯れていく気がした。初めて小説を書いたあの日、7月10日の興奮は遠い記憶だ。今は、無から生み出される恐怖だけが残る。


 ふと、思いついた。

「今日の日付から始めよう。」

『今日は、2025年7月12日。』

 文字が流れ出す。昨日の喉の渇きを思い出し、水を一気に飲む。冷たい液体が胃を刺激し、指先に力が戻る。書く内容は「喪失」だ。初めての作品が生まれた喜び、二つ目を終えた虚ろ。それらを糧に、三つ目の物語が蠢き始めた。300字を超えた頃、背筋が熱くなる。蝉の声が、今度は励ましのように聞こえた。


 最後の一打を叩く。

『2025年7月12日、三つ目の物語が、ここに刻まれた。』

 保存ボタンを押す。画面に「完了」の文字が浮かぶ。だが、充実感はない。むしろ、増えたのは空白の重さだ。カーソルがまた点滅を始めた。明日、7月13日への鼓動。部屋の冷気が、突然、鋭い孤独に変わる。2025年7月12日、三つ目の物語が、ここに刻まれた。

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