Épisode2-8
神殿の鐘が静かに鳴った朝。
瑠莉は、いつになく張り詰めた空気の中で目を覚ました。
昨日受け取った“蒼の護符”は、今も胸元で静かに輝いている。
「……今日は、“神託の儀”……」
昨夜はあまり眠れなかった。
頭の中では何度もあの記録の映像が繰り返され、そのたびに胸が締めつけられるような感覚に襲われた。
(この力は、人を癒すものじゃない。壊す力……それでも)
それでも、私の中には「救いたい」という思いがある。
それが偽りでないことだけは、自分でも分かっている。
だから今朝は、鏡の中の自分に向かって、そっと言葉をかけた。
「大丈夫。私は……私を信じる」
――――――
神殿の奥にある“神託の間”。
円形の祭壇と、空へと開かれた高窓から光が差し込む、荘厳な空間。
すでに神官たちが集まり、中央の光陣には王、そして魔導省からクライヴの姿もあった。
瑠莉は一歩ずつ進む。
その背に、イーライの視線を感じながら。
「来たか、ルリ・ベリー・コスター嬢」
王の声が響く。神託の儀の進行役は国王自身だった。
「この国の“神託”は、聖なる者に問いかける。我らが信じる“光”と“闇”、そのどちらに心を傾けるのか。……これは、力の使い道ではなく、“意思”の在り処を問うものだ」
瑠莉はうなずき、ゆっくりと光陣の中心に立つ。
途端に、空から降るような柔らかな光が降り注いだ。
「心に問おう。お前はその力を、誰のために使うのか」
「私は……」
瑠莉は目を閉じる。
浮かぶのは、湖で震えながらも差し伸べた自分の手。
泣きながらも人を守ろうとした自分。
そして、そばでずっと支えてくれた人たちの顔。
「私は、この世界で出会った人たちを守りたい。誰かが傷つくのを見るのが、怖いから。……この力が、“誰かの涙を拭える力”であるなら、私はそれを誇りに思いたい」
静寂。
やがて、神官のひとりが言った。
「……応えは、出たようだな」
王が目を細めた。
「よかろう。“神託”は、光の者が道を選んだと告げている。ルリ・ベリー・コスター。お前は、もはや異邦の客人ではない。この国の“希望のひとつ”として、我らと共に歩んでほしい」
「……はい」
言葉にして初めて、実感が押し寄せた。
自分は、選ばれたのではなく、“選んだ”のだ。
この世界で、誰かのそばにいて、共に歩むことを。
――――――〈クライヴ side〉――――――
神託が終わったあと、クライヴはひとり、控えの間で報告書を書いていた。
「なるほど。『力の使い方ではなく、意思の在り処』か……。王はなかなか詩的だな」
だが彼の表情には笑みはなかった。
「これで、彼女は正式に“聖印の乙女”となった。次は……その力がどこまで国益に資するか、見せてもらおうか」
――――――〈イーライ side〉――――――
儀式を終えた瑠莉の肩に、イーライはそっと手を置いた。
「……よくやったな」
「ありがとう。……私、ちゃんと選べたよ」
「わかってる。……ずっと見てた」
二人の間に、風が吹いた。
それは、何かが終わり、そして何かが始まった合図のようだった。
――“使命”と“覚悟”を得た瑠莉。
そして、“彼女を守ると誓った”イーライ。
これから訪れる困難は、きっとひとつやふたつではない。
それでも今、ふたりは迷いなく――同じ未来を、見つめはじめていた。