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Épisode2-6



――――――――〈瑠莉side〉――――――――


森での出来事から数日が経った。

けれど私は、まだあの白い光に包まれた瞬間の感触を忘れられずにいる。

魔物のうめき声、ミーテルさんの傷ついた姿、イーライさんの必死の表情――すべてが胸に深く刻み込まれて、今も夢の中で何度も繰り返し再生される。


あの日の帰り道、私の体はまるで誰かに操られているかのように震えていた。

イーライさんやミーテルさんが何かを話しかけてくれていたけれど、私は頷くことしかできなかった。言葉が喉で凍りついていた。


「ルリちゃん、疲れているみたいね。お屋敷に戻ったら、すぐに休むといいわ。」


ミーテルさんの優しい声が、心にしみた。

私はただ「はい」とだけ答えた。


――それからの日々、私は“普通に”振る舞っているつもりだった。

朝起きて、朝食をとり、皆と顔を合わせ、日中は手伝いや散歩をして、夕方には部屋に戻る。

けれど、エレーナさんもメイドのティナも、それからダルマンさんも――みんな私の変化に気づいているようだった。


あの湖で見たこと。

起こったこと。

あの時、自分の中から溢れ出た“何か”が怖かった。

恐怖にかられて思わず叫んだだけなのに、魔物があの白い光で苦しみ、消えていった。

私がやったの? 本当に? ただ叫んだだけなのに?


…そんなことができる自分が、怖い。


思えば私は、この国に来てからずっと“何者か”であろうとしていた。

神様に呼ばれ、力を見せて、みんなの期待に応えようとして――でも、それは本当に私が望んだことだったの?


「怖い思いさせてごめんなさい。」

あの時、ミーテルさんが私を抱きしめながらそう言ってくれた。

その瞬間、張りつめていたものがすべて崩れて、私は泣いてしまった。


…けれど、泣いたからといって、心の穴は埋まらなかった。


 


そんなある日、ミーテルさんから一通の手紙が届いた。

丁寧な筆致で書かれたその文面には、湖での出来事への謝罪と、私への感謝、それから――


「ルリちゃんと湖に行くことが出来て良かったわ!

こんなに話が合う友達は初めてだもの。」


……“友達”。

その言葉が胸に染みた。


そういえば、友達なんて、最後にできたのはいつだったろう。

あの湖でのことを思い出す。恐ろしい出来事だった。でも、あの時ミーテルさんと一緒に見た景色は、本当に美しかった。まるで夢みたいな時間だった。


だけど、あんなに怖い思いをしてしまった以上、もう行けないかもしれない。

一緒に笑ったミーテルさんの顔を思い出すたびに、心がチクチクと痛む。


 


その数日後、私は再びミーテルさんの屋敷を訪れた。

あいにくの雨模様だったけれど、フェリックスさんがいつものように快く迎えてくれた。


「やあ、ルリさん。よく来てくれたね。」


「こんにちは。先日は……ありがとうございました。」


「娘を助けてくれたのは君だろう?私こそ礼を言いたいくらいだよ。」


笑顔でそう言ってくれるフェリックスさんに、私は少しだけ救われた気がした。


そしてミーテルさんの部屋へ。

白を基調とした部屋は、彼女らしい落ち着きと温かさに満ちていて、初めての訪問でも不思議と心が休まった。


「今日は雨だし、ここでのんびり話しましょう。」


「はい……ありがとうございます。」


お茶とお菓子を囲んでしばらく談笑していた時、ふとミーテルさんが私を見つめて、真剣な声で言った。


「ルリちゃん、何だか元気がないわね。何かあった?」


――その瞬間、涙がこぼれた。


気づけば私は、ぽろぽろと泣いていた。

止めようとしても止められなかった。

自分でも理由がうまく分からなかったけれど、きっとずっと我慢していたんだと思う。怖かったことも、寂しかったことも、全部。


「私の……両親は、私が五歳の時に事故で亡くなったんです。」


ぽつりと打ち明けた私に、ミーテルさんは優しく寄り添ってくれた。


「そう……つらかったわね。でも今は、どうしたいの?」


「……わかりません。帰りたい気もするし、でも、まだやることがある気もして。」


「それなら、悩み続ければいいのよ。一人で背負わないで。あなたには私も、ダルマンさんも、エレーナさんもいるわ。」


そう言ってくれたミーテルさんの瞳は、どこまでも真っ直ぐだった。


「家族って、血の繋がりだけじゃないと思うの。お互いを思い合って、歩み寄ることで、本当の家族になっていくんじゃないかしら?」


その言葉を聞いた瞬間、何かがすっと心の中で晴れていった気がした。


「ルリちゃん、ダルマンさんたちの養子になるって、選択肢もあるのよ?」


驚いた。でも、どこか納得もした。

そうか、そういう道も、あるんだ。


――――――――


そして、私は決意した。

濡れた髪を乾かし、お風呂に入り、着替えて……夕食の時間、私は食堂へと向かった。


「ルリ、おかえり。」


ダルマンさんとエレーナさんが、私を見て微笑んでくれる。


「私……ダルマンさんと、エレーナさんと……家族になりたいです。私を、あなたたちの養子にしてください。」


二人は、一瞬驚いたような顔をした。

でも、すぐに、どちらも涙ぐみながら――


「そうか……家族に、なりたいのだな」


ダルマンの静かな声が、しんとした食堂に響いた。


少し震える声で願いを伝えた瑠莉は、緊張でいっぱいだった。返ってくる言葉が怖くて、俯いたまま顔を上げられない。


けれど――


「それならば、喜んで」


静かに、でも確かに響いたその言葉に、瑠莉は思わず顔を上げた。


エレーナが、瑠莉に駆け寄って優しく抱きしめてくれた。


「ようやく言ってくれたのね……本当は、ずっと待っていたのよ」


ダルマンも穏やかな笑みを浮かべ、椅子から立ち上がると、そっと瑠莉の頭に手を置いた。


「ようこそ、我が家へ。今日から、私たちの娘だ」


涙が止まらなかった。胸の奥に張り付いていた不安が、少しずつほどけていくのが分かった。


この世界で、確かに自分の“居場所”ができたのだ。



数日後、瑠莉は役所での正式な手続きを終え、“ルリ・ベリー・コスター”という名を与えられた。


慣れない署名欄に戸惑いながらも、自分の名前を一画一画丁寧に書くと、実感がじわりと胸に満ちてきた。


屋敷に戻ると、メイドのティナが小さなケーキを焼いて待っていてくれた。


「お嬢様になられた記念ですよ!」


そう言って恥ずかしそうに笑うティナに、瑠莉も自然と笑顔になる。


嬉しい。だけど――その裏で、どこか胸の奥に重たい石のようなものが残っている気がした。


(湖の魔物……私の力……)


あの時、確かに自分の手から“光”が放たれた。意識的に出したのではなく、感情が引き金になって現れた力。あれは一体なんだったのか。


それ以来、夜になると不思議な夢を見るようになった。


青白い霧の中を、誰かが歩いてくる。顔は見えないけれど、どこか懐かしい気がするその人は、瑠莉に向かって何かを伝えようとしている。


でも、いつも夢はそこで途切れる。


(……何かが、近づいてきてる)


不安と予感が胸をざわつかせる…。


---------------


瑠莉がダルマンとエレーナの養子になる決意を告げてから、まだ日が浅いというのに、屋敷には穏やかな空気が流れていた。


家族になると決めた日から、瑠莉は少しずつ自分の気持ちに正直になれるようになった。緊張していた言葉も、今では自然に「お父様」「お母様」と口からこぼれる。


それがどれだけ奇跡に近い変化なのか――本人はまだ気づいていない。


そんなある日、屋敷に神殿からの使者が訪れた。


「これは、王都の大神殿よりの通達です」


神官服に身を包んだ女性が、厳かな態度でダルマンに文書を差し出す。


「……私に?」


「いいえ。正確には、ルリ・ベリー・コスター殿に、です」


神殿からの使いというだけで空気が一変する。ダルマンは表情を引き締め、文書を受け取った。


「……ルリを神殿に?」


「はい。先日の“異変”の記録が神殿にも届いております。魔物の瘴気を祓った光のこと……それがもし、本当に“神の血”に関わるものであれば、神殿としても調査と保護の責務がございます。王もご関心を寄せられており、近々、王都にて直接話があるとのことです」


ダルマンはしばらく黙っていたが、やがて「本人と話をしてから決める」と告げ、神官を丁重に見送った。


静かな午後、陽だまりの中、ダルマンとエレーナは瑠莉を呼んで話をした。


「ルリ。今日、神殿の者が来ていた。君に、話があるそうだ」


「わたしに?」


「うん。先日の湖でのことが、神殿にも届いたようでね……。ルリの力について調査したいと言っている」


瑠莉は、あの白い光のことを思い出した。魔物を包んだ眩しい光。自分の手から溢れたそれは、誰にも教えられたことがないのに、なぜか“できてしまった”。


……怖かった。でも、それ以上に、「助けたい」と思っていた。


「……行きます」


「ルリ……」


「怖くないと言ったら、嘘です。でも……この力が、人を助けられるものなら、ちゃんと知っておきたいです」


エレーナがそっと手を握った。


「ありがとう。どんな結果になっても、私たちはあなたの味方よ」


そうして数日後、瑠莉は護衛としてイーライと、付き添いとしてミーテルとともに、神殿へ向かうことになった。


***


王都にある大神殿は、思っていたよりもずっと静かで、厳かな場所だった。


荘厳な回廊。高くそびえる尖塔。瑠莉はその景色を見た瞬間、なぜか胸の奥がぎゅっと締め付けられた。


「あの扉の向こうです」


神官に導かれた先は、神殿の最奥――『浄化の間』と呼ばれる神聖な空間だった。


「どうか、その場に立ってください。危害は加えません。ただ、あなたの中にある“力”が、本当に神の血と関係するかを確かめるだけです」


瑠莉は静かに頷くと、示された石畳の上に立った。


神官が唱える古代語の詠唱とともに、空気が変わる。


天井のステンドグラスから差し込む光が、まるで瑠莉の周りだけを照らすように強くなった。


「……!」


その瞬間、瑠莉の胸の奥――心のどこかが、何かに応えるように共鳴した。


指先があたたかくなる。


息をするたびに、身体の内側から光があふれてくる感覚。


「っ……あ……!」


指先から零れた白い光が、石畳に触れた瞬間、そこに刻まれた古代文字が淡く輝いた。


そして、神殿の奥から一人の老神官が現れる。


「やはり……この子は、聖印を持っている。神の血の系譜か……もしくは、それに匹敵する力を――」


「聖印……?」


「君の中にある“浄化”の力。それは伝承の中にしか存在しなかったはずの“聖印の乙女”のものに、限りなく近い」


「……私が、“聖印の乙女”?」


老神官の目は、瑠莉を見つめながらもどこか遠くを見ているようだった。


「かつて、魔の力に汚染された世界を浄化するために現れたという伝説の存在……神の血を引く乙女。今やそれは神話の中の話とされていたが、君の力は、その伝承に極めて酷似している」


呆然とする瑠莉のもとへ、イーライとミーテルが駆け寄る。


「ルリ、大丈夫か?」


「ルリちゃん……!」


「わたし……何なんでしょう……」


その声は、少し震えていた。


「……神殿は、君を“保護”したいと申し出ている。王も、その力を国家の守り手として迎えたいと」


老神官はそう続けたが、イーライは一歩前に出て遮るように言った。


「申し訳ないが、今この場でそれを決めるのは早計だ。彼女には帰る家がある。家族がいる」


老神官は静かに頷いた。


「もちろんです。我々も強制はしません。彼女の意志を尊重します。ただ……近いうちに、“神託”が下されるでしょう。彼女に、選択の時が訪れると思います」


「神託……?」


それが何を意味するのか、その場の誰も正確には分かっていなかった。


だが、確かに瑠莉の運命は、ゆっくりと大きく動き始めていた。

kasumisou

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