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第6話 島の神とその後


 騒ぎから二週間。

 昼下がりの林の中。

 

『…………どうにも、少しは信仰が戻ってきている、か』

 

 島民を殺すまでもなかったのは確かに海の神の言う通りであったか、と島の神も納得する。

 

『よくもやってくれたな、海の神』

「…………なら、こっちも一安心だ」

「浬、なんて言ってる?」

 

 島の神と浬が何やら話しているのは分かるが、肝心の内容は全く伝わってこない。

 

『だが、確かに。人間の数が多い方が最終的には信仰も集まるか』

 

 島の神の言葉を「人間は殺さないらしい」と端的に伝える。

 

『そこの人間にも伝えろ。儂を忘れるな、と』

「分かった……と言いたいところだが、少しは姿を現そうとか思わんのか」

『はあ……ひよっ子が。儂にはお前のような肉がない。姿形などない。お前のように人間の形を成型する事も出来ん。そう言うものだ』

 

 浬と島の神では成り立ちが違う。

 浬は怪物であったが神になったモノ。島の神は自らを守ってもらうために、概念として信仰され出来上がったモノ。

 元々が生物かどうかという話なのだ。

 

「……とにかく、今年の祭りにはお前の事もしっかりと祀ってもらうことになった」

『ふふ、ははは! ならば良い。儂をそのまま伝え続ける事だ。二度と忘れぬようにな』

 

 祭りでは少なくとも高千穂家の人間からの信仰を集められる。彼も納得したのだろう。

 

「ほら行くぞ、丈一。高千穂の手伝いに戻らんとな」

「お、おう」

 

 林の中から出て行こうとする浬に向けて、島の神は一言。

 

『お前も()の一部だぞ』

 

 その言葉は同一である事を忘れるなと言う意味であろう、と浬は考えて林を出る。

 

「あの神が言ってたぞ」

「ん?」

「儂を忘れるな、だとさ」

「忘れられないっての」

 

 丈一は顔を引き攣らせた。

 今回は未遂で終わったがまたあのような事があっては堪らない。

 

「────高千穂さん!」

 

 二人が高千穂家での祭りの手伝いに戻った時、金吾の下には客が来ていた。客は和夫である。

 

「海の神は、この島にいらっしゃると聞きました! どこに! どこに居られますか!」

「し、知りません!」

 

 詰め寄る和夫に、金吾は後退りしながらも対応する。

 

「あ、丈一さん。浬さん」

 

 弥恵が祭りで使うであろう木材を持って、近づく。

 

「弥恵、今戻った」

「はい。あ、でも……父は少しお客さんの相手をしていまして」

 

 弥恵は木材を抱え、歩いていた。

 

「俺も手伝う」

 

 六割ほどを丈一が受け取る。

 

「ありがとうございます」

 

 海神を描いた紙を展示することで祭りの主役は完成する。その主役を飾るための大型のイーゼルを組み立てなければならない。

 

「……毎度思うが、個人的にはもう少し今風のが良いんだが」

「無茶言うなって」

 

 浬としては昔の絵よりも、今風の漫画のような絵であった方が好みである。

 ただ、浬も今は一人の島民でしかない。口出しはできても、内容を大きく変えることはできない。

 

「なあ、島神様の方は?」

「それもこの海神様を描いてくださった方達に急いで描き下ろして頂いております」

 

 これで島神の方が間に合わなければ、またしても島が揺れるかもしれないと丈一も気が気でなかった。

 

「そこの子!」

「私か?」

 

 準備に勤しんでいれば、金吾が応対していたはずの和夫がズカズカと浬の方に近づいてくる。

 

「海神様を知らんか! 何でも良い! 知っていることを話してくれ! 海神様に海に戻ってほしいんだ!」

 

 熱心に顔を近づけて唾のかかりそう距離で、彼は浬に語りかける。

 

「そこまでにしろ! 山田!」

 

 金吾が駆けつけ、和夫を羽交締めにして引きずっていく。

 

「海神様はどこだ! どこにいる! 高千穂さん! 隠してないで教えてください! 戻ってもらわなきゃ困るんです!」

 

 叫ぶ声は浬たちから遠のいていく。


「…………」


 丈一は浬を見つめる。


「帰るのか?」

「丈一、何言ってる。まだ作業が残っているだろう」


 



* * *





 

 今日の作業も一段落し、金吾からはもう帰っても良いとの事で二人は高千穂家を後にした。

 

「今年もたくさん貰えると良いな」

 

 昨年も手伝いに来た際にそれなりの額を稼いだ。浬は欲しがっていた本を購入し、満足げな顔をしていたのを丈一も覚えている。

 

「ゲーム買ったら、俺にもやらせろよ?」

「そうだな。丈一をボコボコにするのも面白いしな」

「接待ってのが分かんないか」

「はっ! その生意気な口、二度と聞けぬようにしてやるぞ」

 

 二人が友人のようなやり取りをしながら帰り道を歩いていると、汗ばんだ男が走り寄ってきた。

 

「海神様!」

 

 そして、浬を目にした瞬間に興奮を隠さずに叫んだ。

 

「…………海神?」

 

 浬が首を傾げれば「とぼけないでください! オレはこの目で見たんですよ!」と高千穂家での和夫と同様に詰める。

 

「海神様ですよね!?」

 

 仕事終わりに酒蔵研二は偶然にも浬を見つけた。だから声をかけた。海神である事を知っていたから。

 

「海にお戻りください!」

「いや、だから……私は」

 

 丈一は二人の間に割って入る。

 

「……その、そこら辺にしといてください」

「邪魔だ! オレは海神様と話してる!」

 

 研二は丈一の身体を突き飛ばす。

 丈一はバランスを崩して、尻餅をついてしまった。

 

「……痛って」

 

 研二も漁師なだけあって筋肉が鍛えられている。突き飛ばすくらいはわけないらしい。

 

「ほれ、大丈夫か?」

 

 浬の差し伸べてきた手を取って「あんがとな」と言いながら、丈一は立ち上がった。

 

「海神様!」

「……すまんな」

 

 浬は丈一の腕を引き、呼び止めようとする声を無視して歩く。

 

「……あれで良かったのか?」

「不躾が過ぎるだろうが」

 

 苛立ちもあったのか「その少年が何だと言うんですか!」という声がしても、まったく耳を貸そうとしない。

 

「それ相応の態度ってものがあるだろう? 何かを頼むにも」

 

 唐突に海神様だと話しかけ、いきなり海に戻れと願われても。

 

「……あれ、俺って中々の不敬者?」

「今更気がついたか?」

 

 カラカラと少女が笑う。

 全く気にしていないと言いたげに。

 

「今日は帰ってゲーム三昧だ」

 

 浬は早歩きで丈一の先を行く。

 

「早くしろ、丈一!」

「はいはい」

 

 丈一は仕方ないという顔をして追いかける。今日はゲームに付き合おう。アニメを一緒に観ようと言うなら、それにも。

 この日々が続く限りは。

 

「はい、ザコー!」

「ああっ、ああああああ!!!」

「接待? お前が私に勝てるわけがなかろうが、そんな事も分からんかぁ?」

「クソ腹立つーっ!」

 

 穂波家のリビングには勝つ度に煽り散らかす神と、負けを重ね続ける少年の姿がそこにはあった。

 

「ふーっ、スッキリした」

「俺でストレス発散すんの止めろ」

 

 げっそりとした丈一は静かにゲームコントローラーをテーブルの上に置く。

 

「…………なあ、一応帰るつもりはあるんだよな」

 

 丈一の質問に、浬は「そうだな」と答えた。



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