第4話 林の中へ
丈一の高校入学から早い事二ヶ月。
伊南島にも夏がやってきた。
「丈一くん、お昼一緒に食べよ!」
今日も変わらずに詩歌は丈一の机と自らの机をくっつけ、弁当を広げた。
「……なんで俺は姫崎と飯食べてるんだろう」
あの日からずっと詩歌は丈一と共に昼を食べていた。これは彼女に友達ができるまでという話だったのだが。
「いやぁ、はっはっは。わたしも孤立しちゃってね」
「なんでだよ。入学してすぐの頃、みんなすごい話しかけてただろ?」
「……まあ、色々と。そう、紆余曲折ありまして」
丈一も会話をしながら弁当を開く。
「……とにかく、お前が俺と一緒に飯食べるせいで色々めんどいことが起きてるんだよ」
「具体的には?」
「他の男子に会うたび睨まれる」
「なんで?」
「流石に多少の自覚はあるよな?」
丈一がジトっと半目で見やれば、彼女は申し訳なさそうな表情になる。
「わたし、可愛いから?」
「……まあ、そういうことだよ」
外から来た彼女はクラスメイトの男子の多くから好意を寄せられていた。
この二ヶ月で既に三人の男子生徒から告白を受け、その三人をすでに振っている。
「お、褒められた?」
「とにかく可愛いのは分かったから。女子友達でも作ってくれ」
丈一も弁当を食べながら話す。
「えー、丈一くんと食べるのが落ち着くんだけど」
残念そうな顔をして彼女は言う。
「……お前といると俺の身が持ちそうにないんだよ」
「え? 口説いてる?」
「そういう意味じゃない……!」
丈一の否定に「冗談だよ」と楽しそうに。
「敵意向けられ続けるのも疲れるんだ」
「漫画みたいなこと言うね」
「別に殴られたり、蹴られたりはしてないけどもな」
睨まれるだけでもストレスはかかる。
疲労感を覚える。
「睨まれるくらいなら放置してくれた方が全然休まる」
今まで通り腫れ物扱いで何もしないでいてくれたなら良かったのだ。
「だから、頼む。姫崎、女子友達作ってくれ」
「あはは。無理」
「なんで!?」
「わたし、可愛いらしいから?」
男子の心を掴んでしまった為に、同性からの嫉妬が凄まじく女友達は作れそうにない状態になったのだ。
「大人しく、これからもわたしとお昼食べようね」
彼女はニコニコと満面の笑みを浮かべる。
「────はーい、みなさん! 午後からは海ですよ」
昼休みが終わり丈一たちは海に移動していた。別に海を泳ぐと言うわけではなく砂浜のゴミ拾いをするだけだ。
「はい、みなさん。じゃあ、それぞれでゴミ拾い始めてください」
先生の言葉に各々が動き出す中、丈一はしばらく海を眺めたままだった。
「…………」
海を見る機会は少なくない。
伊南島で過ごしていれば当たり前だ。珍しい光景ではない。
「何してんの、丈一くん」
「……何でもない」
「もう。ちゃんとゴミ拾いなよ?」
「姫崎こそ。俺に言ってる場合か」
丈一はトングですぐ近くのゴミを拾い、配られた袋に入れる。
「む、そうだね。じゃ、わたしあっち行くから」
「ん……おう」
詩歌が居なくなってから、また視線を海に向ける。
砂浜に立って、海を見る。
「…………」
その度に、丈一は幼馴染を失ったことが受け入れられず海に入り、浬に、海の神に助けられたあの日の事を思い出すのだ。
* * *
ゴミ拾いが終了する。
随分と袋を満たした詩歌は丈一の袋と比べて「全然入ってないじゃん」と笑っていた。
「それじゃ今から一時間は自由にしてもらって構いません。でも、海で泳ぐ場合は水着に着替えてからですよー?」
先生の言葉に高校生にもなったというのに、少年少女がわいわいと自由気ままに動き出す。
伊南島の学校では、海浜の清掃ボランティアをした後で、学生たちが海で遊ぶというのはよくある事だった。
「…………一人で何が楽しいんだ?」
彼は相変わらず孤立している。
友達と遊べるわけでもないのに海にいても心の底から楽しめない。他の生徒が遊んでいるのを眺めているだけにしかならない。
「丈一くん」
「姫崎か」
丈一が振り返れば水着に着替えた詩歌が立っている。
「お前もビキニか」
「え? 海って言ったらビキニでしょ?」
フリルの白ビキニ。
綺麗な白い肌が顕になり、男子の視線を惹きつける。くびれのある腹も健康的な太腿も。
「まあ……スク水とかラッシュガードの人もいるけどさ、ほとんどビキニじゃん」
「……海だからな。好きな男子とかにアピールしたいんだよ」
男子はビキニという格好が好きだと、考えた結果がこれなのだ。
「丈一くんは着替えなかったの?」
「海で一人で遊んで何が楽しい」
「しかたないなぁ、わたしが遊んであげるよ」
「……俺、水着持ってきてないけど?」
丈一もゴミ拾いということで着替えてはいるが、ジャージのままだ。流石に濡れてしまっては困る。
「えー……」
「俺は別に海に入る気ないし」
「何だよー、それー」
詩歌が不満そうに頬を膨らませる。
「見てて欲しいなら、見ててやるから」
「その言い方、お父さんぽいー」
失笑した彼女は丈一の右手首を掴み、走り出す。
「ちょっ、おま」
「良いから良いから」
「何もよくない! おい、待て! ちょっと待って!」
海の中に彼女は進んでいこうとして、丈一が踏みとどまる。
「待て。頼むから靴は脱がせてくれ」
あの日とは違って、丈一は後の事を何も考えていない訳ではないから。
「分かったよ。五、四、三……」
「何でカウントダウン始めてんだよ!」
丈一は慌てて靴を脱ぐ。
足が海水の中に。
「…………」
「丈一くん?」
「ん……ああ、悪い」
「なんか今日、ずっとボーッとしてるよね?」
「いつも通りだって。ただちょっと暑いから」
丈一が適当に誤魔化せば、少し先に進んだ詩歌によって「それっ」と顔面に海水をかけられた。
「ぶはっ……! しょっぱ!?」
「どうよ、冷たくない?」
「……お前なぁ!」
「お、どうする? どうする?」
仕返しと水をかけ返しても、彼女は楽しそうにするばかり。水着なのだから濡れても彼ほどのダメージがない。
「よし、止めろ! 分かった。俺の負けだ! 俺の負けでいい!」
「っ、あはははは!」
笑う少女と対照的に、少年は少し疲れたという表情を浮かべる。
「────はい、みなさん! 今日はもう終わりです!」
自由時間の終わりを告げる。
生徒たちが集まっている。このまま、ここで解散という事となり教師は学校に戻った。 水着から着替える為に丈一以外の生徒が移動する。丈一は特にすることもなかったが帰ることができずにいた。
「……姫崎に待ってろって言われたし」
今ここで帰ると、今度学校で再会した時に何かしら小言を言われるのは予想できた。
「じょ、丈一くん……ごめん、お待たせ」
「遅かったな……って、何で着替えてないんだよ」
他の生徒は既に帰ってしまった。
ようやく丈一のところに出てきたのは、先ほどの水着のままの詩歌だった。
「……それがさ、着替え隠されちゃったみたいでね〜。ははは」
苦笑いを浮かべ、ポリポリと頬を掻く。
「更衣室には……なかったか」
「うん」
だから、彼女も更衣室から出てくるのが遅くなったのだ。
「家に帰れば予備もあるし、別に……」
「いや、そりゃそうかもだけどな。で、今はそれで帰るって?」
「あー……そう、なるかな?」
「……ヤバいだろ」
場合によっては痴女扱いされてもおかしくない。
「とりあえず俺のジャージ使っていいから」
「え……あ、うん」
「それで問題ないだろ」
「あ、ありがと」
丈一が脱いだジャージを渡すと「あ」と何か思い出したように、彼女は声を漏らした。
「何だよ」
「荷物もないから、家の鍵もない!」
「……マジか」
このままでは家に入れない。
結局、彼女の荷物と制服は探さなければならなかった。
「どこにあんだよ……ゲームならヒントくらい出るのに」
探し始めてから既に一時間以上が経過した。時刻は午後六時を過ぎている。丈一のポケットでスマートフォンが震えた。
「浬か」
詩歌の制服と荷物を探す手を一旦止めて、浬に応じる。
「もしもし?」
『丈一、遅くないか?』
「ちょっと色々あってさ」
『今どこにいる?』
「海だよ、海」
『そうか。武陽と未央も心配しているぞ』
ブツ、と通話が切られる。
「つっても見つからないし」
詩歌も鍵を見つけられなければ、午後八時までは家に入れないのだ。
「────あとは」
浬から電話がかかってきてから二十分。既に粗方は探し終えていた。
「……こっちは、まだだよな」
視線の先には木々が生い茂った林。
海からさほど離れていない。可能性としては充分にあり得た。
「丈一くん?」
詩歌は林の中に入っていく、丈一を見つめていると。
「詩歌?」
「あ、浬さん」
海まで来た浬と合流した。