第1話 お隣の美少女が世話を焼いてくれるからって、男がいないなんて誰が言った?
異世界転生学園の普通科生
chapter1 「俺は現実に満足しているから異世界はこっち見んな!」
国立異世界転生学園。
それは異世界転生という超常現象に対応すべく設立された特殊学園。
偏差値は78~80くらい。男女共学。様々な異世界『転生』に対応できる人材を育成することを目的としている特別な学校だ。
転生科
転移科
往復科
令嬢科等々の様々な異世界進路に対応すべく生徒たちは日々の勉学に勤しんでいる。
「いいかお前ら!異世界の科学技術は稚拙だ!ここで学んだ高校理科数学は必ずや異世界にチート産業を生むだろう!今日はハーバー・ボッシュ法を学ぶ!これは特に重要な化学チートだ!心するように!」
「いいですかあなたたち。溺愛系ハイスぺ王子は胃袋で掴むのです。今日は素朴なおにぎりを作ります。ですがご飯の炊き込み時点ですでに勝負ははじまっています。風味をよくするために出しの昆布を加え、くちどけの良さを追求するためにサラダ油を入れるのです」
「ざまぁ対策の最大の対応法は人格涵養に他なりません。今日はトロッコ問題を例にとって、善悪について理解を深めましょう」
授業内容が怖い…。すごく怖いです。全部異世界に行くために必要な知識を仕込むためのものでしかない。
なお我が学園の進路実績は以下のとおりである。
異世界転生 44%
異世界転移 27%
異世界現実往復 10%
ゲーム世界転生 5%
東大 その他
である。
この学校では東大に進学した者は異世界いくことができなかった負け組である。他の学校とはもう価値観そのものが違うのだ。
「俺さぁ。異世界転生決まったんだ」
「ふーん。おめでとう?」
「疑問形?もっと喜んでくれよ!」
クラスメイトでボッチの俺にも優しくしてくれた(この学校のやつらはみんな基本ざまぁ対策でボッチにも優しい)佐藤君の異世界転生が決まったらしい。
「オーソドックスな王家生まれの追放勇者系だけど、魔王はかなり強いらしい。だけど俺頑張るよ。この学校で学んだことを生かして必ず転生先でも頑張るから!」
「左様か。まあ頑張れ」
「おう。だけど俺、お前のことが心配だよ。うちの学校の唯一の普通科生徒。このままじゃお前は東大にしか行けないんだ」
十分じゃないかな?東大だよ。勝ち組やん。比較基準が間違っているよね。
「なあ。お前もどうだ?あんまり大きな声じゃ言えないけど、一緒にトラックに轢かれれば、お前も転生に巻き込まれる。そういう時はたいていチートボーナスがつきまくるんだぜ」
「いやいいよ。俺は転生とか興味ないから」
「そっか。おまえはどっちかって言うと転移派だもんな」
ちげぇよ。むしろ強いて言うなら転校派かな。俺はこんな学校には来たくなかった。でも色々あってこざるを得なかった。
「最後の下校だ。一緒に現世最後のコンビニ行こうぜ」
「ああ。いいよ」
そして俺は佐藤君と一緒に下校した。そして最寄りのコンビニに近づいた瞬間。
「きゃー!ブラック企業に虐げらえたドライバーさんが疲れとストレスで居眠り運転してるわ!!」
暴走するトラックが俺たちの方へと突っ込んでくる。
「危ない!!」
佐藤君は俺をかばってトラックに撥ねられた。
「だい…じょうぶかぁ…」
「ああ。お前のお陰で助かったよ」
ボロボロの佐藤君の手を俺は握る。これがきっと最後の会話だ。
「そっか。ああ…俺はもうだめっぽい。最後に一緒に…コンビニで…」
そして佐藤君はそのまま目を瞑り息絶えた。
「異世界楽しいといいな」
俺は佐藤君から手を放して、コンビニに入る。
「唐揚げください」
俺は唐揚げを買ってそれをコンビニの駐車場で食べる。これが俺の日常だ。
「コンビニの唐揚げ美味いんだから異世界なんて行かなくてもいいだろうに」
異世界に行きたい理由が俺にはわからない。そこまでの情熱をかける理由も知らない。だけどこの胸は確かに一人の友達を失ってずきずきと痛むのだ。
異世界転生学園の授業はハイレベルだ。基礎学力はチート力に比例するという信念の下スパルタ教育に邁進している。
「今日も疲れたぜ」
放課後になり俺は帰ろうと思っただけど。突然クラスルームの中心から魔方陣現れて、それが広がっていく。その光景に生徒たちは一切動じない。俺はため息だけを吐く。
「お前たちの進路が決まった。クラス転移だ。楽しんでこい」
担任の先生はニヤリと笑って、ふっと姿を消した。なに?ワープ?超速移動?なにかはわからないけど、担任は異世界にはついてこないようだ。当然俺だってついていく気はない。
「じゃみんな頑張ってね」
俺はすぐに窓から校庭に向かって飛び降りる。クラス召喚に巻き込まれてたまるかよ。そして地面に着地して教室を見上げると閃光が窓からあふれていた。転移ってあんな感じなんだね。
「あ、しまった…鞄置いてきちゃった…。教科書買いなおしかぁ。つーかノートが…」
必死にとったノートも台無しになった悲しい。
「ちょっとそこのあなたよろしくて?!」
誰か知らんやつに声をかけられた。振り向くとそこには豪奢な金髪に碧眼の美少女がいた。手にはセンスを持っている。
「なんすか…」
「あなた!今クラス転移から逃げましたわよね!」
「まあ逃げましたけど。はい」
「あなたそれでも我が学園の生徒なのですか?!誇りはないのですか?!」
「いや俺は普通科の生徒なんで…。転生とか転移とかは特にいいかなって」
「普通科…?あなたが例の…」
金髪の女の子が扇子で口元を隠しながら俺を睨みつけている。
「わたくしは藤當羅哭。悪役令嬢転生科ですわ」
転生前からお嬢さまっぽいビジュアルなのウケる。
「異世界転移転生往復。それは選ばれし者のみの特権!なのにあなたはそれをみすみすどぶに捨てるのですか?!」
「特権って言われても…。特に異世界に興味ないんで…」
「なんたる傲慢!そして我等への侮辱!決闘ですわ!」
ええ…なんで?どういう流れ?決闘する理由がわからないんだけど。
「あなたのような不届き者はこの学園には置いておけません。わたくしが必ず追放してみせますわ」
そしてくるりと踵を返して藤當さんは歩いていく。だけどボソッと呟く声が聞こえた。
『あなたのような優しい人は…この学校にいちゃダメ…わたくしがどんな手を使っても…守りますわ…』
めっちゃきこえるー。どういうこと?なに?このお嬢様と俺にはなんかフラグでも立ってるの?あーもういいわ。帰ろう。家に帰ろう。そうしよう。
一人暮らししているアパートの部屋に帰ってきた。隣の部屋には他所の学校の美少女が住んでいる。その隣にはその子と同じ学校の陰キャが住んでいる。そして部屋に入って冷蔵庫を漁りサラダチキンとサラダを出して夕食にしようと思った。するとパソコンが突然起動して、謎のゲームの初期設定画面が現れた。俺はすぐにそのパソコンのモニターを蹴っ飛ばしてぶっ壊す。
「油断も隙もない。異世界はごめんこうむるでごんす」
食事を淡々と続ける。だけど、今度は突然窓ガラスが割れて刀を持ったJKが部屋に転がり込んできた。さらにまるで吸血鬼のような青白い肌に八重歯ギラギラなおっさんも部屋に入ってくる。
「民間人?!早く逃げて!!」
女の子は立ち上がり吸血鬼っぽいやつに刀を向ける。まるで俺を庇うかのように。
「うるせぇ!てめぇが出てけ馬鹿野郎!!なにまきこんでんだおらぁ!!」
「その通りだよ。その刀を見られてしまった以上、そこの少年も逃がしはしないよ。くくく」
「いい年こいたおっさんが中二病っぽいこと言ってんじゃねぇ!!」
俺は切れた。さながらメロスが激怒したときの様に。だけど俺にセリヌンティウスはいない。だから殴る。とりあえず目の前のJKを。
「きゃぁ!」
そして殴る。吸血鬼っぽいおっさんを。
「ぶおろおおろろろおろお!!」
腹を殴られたJKはその場で蹲り、俺に顔を殴られた吸血鬼は首から上がミンチになって吹っ飛んだ。この程度の戦闘力は異世界転生学園なら普段の訓練で身につく。
「うそ…すごい…あの男爵を倒すなんて…」
吸血鬼っぽいおっさんはしゅわーっと灰になって散っていった。俺は掃除機をかけて灰の舞い散った部屋を綺麗にする。
「とりあえず早く出て言ってくれない。俺まだ食事中なんだけど」
「え、いや。でも。ていうか。あれぇ…?」
刀を持ったJKは狼狽えていた。だけど俺はそんなのいちいち相手にする気はないのだ。
「はよ出てけ。厄介ごとはごめんだよ」
「え、でも。そ、そう!お礼くらいさせて!」
「はぁ?なに?殴られたお礼したいの?マゾなの?ホスト狂いなの?」
「そっちじゃなくて!!!男爵を倒してくれたこと!」
「くっそどうでもいいわ」
「でもぉ」
「わかったわかった!泊っていっていいぞ!どうせ色々事情があるんだろ!それでなし崩し的にここに住み着く気なんだ!わかってんだよ!お前らみたいな女の手口はようぅ!」
「あ、その…お世話になります…」
とりまJKは放置する。俺は飯を喰らって風呂に入り、リビングでグタグタする。JKちゃんも風呂に入ってシャツ一枚で出てきたので、正論でモラハラしてパジャマに着替えさせる。
「お前はソファーで寝ろ。ベット使ったら殺す」
「う、うん。わかったけど。あれ?どこ行くの?」
俺は家から出ていくことにした。決して陰キャ特有の女の子と同じ部屋で寝るなんて恥ずかしいから外で寝るよ!俺って紳士!するため。ではない。すぐに隣の部屋に合鍵を使って入る。
「え。あの。いきなり来るなんて…はずかしいです」
隣の部屋にはあざといパジャマ姿の見るからに処女にしか見えない清楚系美少女がいた。
「カマトトぶってんじゃねぇよこのビッチ!」
「ビッチじゃないです…わたしは一途…」
「一途な女は隣の部屋に住んでる陰キャな男に飯を作ってあげたり、部屋を掃除してやったりしないんだよ!そう!肉体関係あるやつがいることを隠しながらな!」
俺は今日一日の流れに果てしなくイラついていた。その鬱憤を晴らしたかった。だから目の前の女を抱きかかえてベットまで運んで押し倒す。
「…だめ…隣に聞こえちゃう…」
「俺が声出さなきゃ陰キャはオナニーだと勘違いするから大丈夫!ていうか純情な陰キャを弄ぶのやめろ!かわいそすぎるだろ!おしおきじゃ!」
「だめ!ああ~~~~~ん♡」
どいつもこいつも俺の人生の邪魔をする。俺はただただ東大に行って勝ち組になって周りにマウントを取り続けるだけの人生を送りたいだけなんだ。なのに異世界だの非日常だのラブコメへのNTR強制だのが俺に降りかかってくる。
そう。この物語はやりたくないことからひたすら逃げ続ける男の物語でしかないのである。
目指せ東京大学!!