第83話「まぐれと実力」
初瀬は己の手をまじまじと見て肩を落とした。
時間のあるうちに三笠から改めて魔術を教わり、例の『万葉藤』をモノにしようと奮闘していた。撃つことはできる。ただ射程距離が、拡散の仕方が不十分であった。『万葉藤』は攻撃範囲の広さが肝の魔術らしく、元々射程距離も長めにとってはない。しかしそれは三笠が扱う場合であって、術者が初瀬となれば話は変わってくる。あり余る魔力を使い、いくらでも伸ばせるように改良の余地があるのだとか。半既成魔術式という性質上、発動自体は簡単だが初瀬自身に合わせた改良は時間がかかる。三笠が準備をしている間、少しでも感覚を掴もうとしているのであった。
「うーん、射程距離が伸びないのは、魔術式の熟練度的に仕方がないけど……火力が拡散しているというか、何というか」
三笠の分析はもっともだった。初瀬自身も自分の持つ魔力を有効的に使えていないと感じていた。無駄が多い。とにかく無駄が多い。これまで魔術式を消し飛ばすなどの、力業に使っていた頃の癖が抜けていないのだ。上手く魔力を使わなければ魔術は成立しない。魔力の操作技術は必要不可欠だ。
「……脳筋、だね」
これには彼も苦笑いをするしかなかったらしい。彼からすればそんな状態でも魔術式の維持ができるのは意外なのだという。
(少しでも手数は多い方がいいだろうから、何とか形にしたいけど……そもそも届かないんじゃ意味がない)
そう思いはすれど、どうにも上手くまとまらない。それどころか、繰り返すたびに魔力の出し方が下手になっている気がする。あの時の、あの感覚には程遠い。
「やあ」
思い悩む初瀬の思考を断ったのはのんびりとした声だった。声のした方を見てみれば、見覚えのある老人が立っている。
「あ、あなたは……敷宮の所長さん、ですよね」
「おお、覚えててくれたのか。そうそう。僕が所長の敷宮白根さ! ところでこんな時にどうしたんだい」
胸をとんとん、と叩きながら敷宮白根は自慢げにそう言った。年の割にノリが軽い人だ、と初瀬は思う。
「少し魔術の練習を……できることが多いに越したことはないので」
「あぁ、なるほど。君は珍しく成人後に魔術師になったクチだったね。まぁ、そうなるってことは昔からその気があったのだろうけども」
「やっぱりそうなんですかね」
以前三笠が言っていたことを初瀬は思い出す。
魔術師というのは幼いころに基本を修め、不安定な思春期を利用して幅を広げ、成人してからは一つの方向を極めていく。ゆえに成人してから全く新しい魔術を身に着けるのは難しくなるのだという。
「じゃないかな? 君の家がどういう家だったのかは知らないけど……」
「どう……ですかね……」
父が何度か初瀬を魔術師にしようと干渉してきたが、ことごとく母に見つかり妨害されていた。そのたった数度の接触が今に至るまでの分岐を作ったということなのだろうか。初瀬の疑問を聞いた敷宮白根は小さく「うーん」と唸った。
「なるほど。それはそれは……おそらくだけど、それも要因の一つだろうね。ただ他に、お母様の育て方が魔術師を育てるときのものと合致していた、とかあるかもね。魔術の性質は生き方そのものだ。その人自身の考えや価値観に多少なりとも影響を受けるから」
「じゃあ結局、避けようがなかったかもってことですか?」
「かな。きっかけさえあればいつでも爆発できる状態だったんだと思うね」
敷宮白根の言葉に初瀬は思わず口を閉じた。
あんなに忌避していたそれに、近づいてしまうような育て方をしてしまったと知れば、あの人はどんな顔をするだろうか。全く想像がつかない。こんな結果になろうとは微塵も思っていなかっただろうに。
「それで……練習なんて、こんな時にどうして?」
「少しでもできることを増やしておきたいんです。チャンスが巡ってくるかもしれないので」
「なるほど。殊勝な心掛けだね。魔術関連のことなら、多少なりともマシなアドバイスはできると思うけどどうかな? これから命がけの戦いになるのだし、不安要素はできるだけ消しておきたい、だろ?」
「そう、ですね……」
頷いた初瀬の方を見ながら、敷宮白根は大きく頷いて見せた。
「なんというか、わたしは……少し調子に乗っていたんだと思います。できなかったことができるようになっただけでした。あの時のもたぶん、まぐれで私の実力じゃなかったんだろうな……と」
初瀬はそんな具合に話を切り出す。魔術が使えるようになったこと、しかし思った通りに使いこなせていないこと、まぐれに期待をしてしまっていること、などを淡々と話す。初瀬の話を敷宮白根はうんうん、と頷きながら聞き入っていた。
「なるほど。初瀬さんはそう思うわけだね」
敷宮白根の相槌に初瀬は顔を上げる。
「僕はまぐれも実力のうちだと思うよ。練習ってそのまぐれを意図して出せるようにするためのものだろう?」
「そ、それは……そうかもしれない、ですね」
その発想はなかった、と言わんばかりの初瀬の顔に敷宮白根は吹き出しそうになる。それを何とかこらえた後に話を続けた。
「それに準ずる能力が無ければまぐれも発生しないさ。とにかくまぐれが出たその時の感覚を再現する。僕はそうやってきたけど、君はどうすればまぐれを再現できるんだろうね。うーん、一回やってみてくれない?」
「えっ」
顎に手を当てながら敷宮白根は首を傾げる。
「いいからいいから」
初瀬はぎこちなく構えて魔力を解放する。二、三度試し撃ちをした後に敷宮白根は手を打った。
「あぁ! なるほどね。本当に、君は魔術においては素人というわけだ」
「え、えぇ」
「初歩の初歩。基礎的な魔術の仕組みを教えよう」
ぴっと人差し指を立てて、敷宮白根は説明を始める。愉快に、これから笑い話でもするかのように軽快に。
「いいかい、魔術というのは義務感や狂気を元に発生するものなんだ。強い感情は魔力と同じ性質を持つからね。憎しみ、恨み、妬み、憧れ、克己心、怒り、悲しみ。魔術師になった人はみーんなそれを抱えている。そして、それをトリガーとしているんだ。君にはそれらしい心当たりはあるかい?」
津和野から同様の話を聞いたことがある。初瀬はそれをすっかり忘れていたことを思い出した。
「なんでもいいさ。何か強烈な思い出とか、初めて使ったときのこととか」
「心当たり……ですか」
初瀬はふと、佐上にどつかれたときのことを思い出す。あの時、あの時が初めて初瀬が意図して魔術を使った瞬間だった。胸の内で生まれた焼けるような、抉れるような痛み──怒り。
「ありそうだね。それを再現するんだ。何度思い出しても色あせない感情。人間は見たものはとことん忘れていくけど、自分の内で生まれたものは忘れない。それを意識して持ち続けることが魔術師として生きるコツさ。あ、もちろん君がどうするかは知らないけども……ね」
おどけた様子で敷宮白根は肩をすくめて言った。その軽さが逆に、今の初瀬には心地よい。変に分かった気になって同情を装われるよりも確実にいいと思う。
「……分かりました。やってみます」
その後、初瀬は敷宮白根と共に魔術の練習をした。
(……いつかと同じくらいに付け焼刃でしかないけど、この知識は絶対に役立つ。はず)
己に言い聞かせるようにして、初瀬は得た知識を反芻する。二度と逃がさぬように。




