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第30話「努力」

「少しいいですか」

 零課の部屋で昼食をとっていた初瀬に、佐上が話しかけてきた。珍しいな、と思いつつ初瀬は箸を置く。津和野を家から引きずり出して敷宮白根の元に預けた後、初瀬たちは署へ戻って待機することになった。友永も今頃食堂へ行って昼食をとっているはずだ。

「どうかしました?」

 そう訊き返しながら彼女を見上げる。相変わらずよく分からない人だ。柳楽と喋っているところしか見たことがなかった。そう考えると春河が居ないのが少し惜しい。彼ならきっと、上手く話ができるのだろう。この佐上という人は一対一で会話をするには、少々難易度が高い相手だと初瀬は勝手に思っている。

 そんなことを考えているとはつゆ知らず、佐上は真面目な話を始めた。

「例の敷宮の方の問題は片付いたんですか?」

「そっちはもう、向こう次第って感じですけど……何かあったんですか?」

 慌てた様子がないとはいえ、緊急かもしれない。そう思って初瀬が訊き返せば佐上は首を横に振って見せた。

「いえ、柳楽さんが『手が空いていれば例の放火犯の取り調べをしてほしい』と。可能であれば、十三時にここで待っていてほしいそうです。あと、この資料を読んでおいてください」

 どうやら伝言をしに来ただけだったらしい。佐上は初瀬の返事も待たずに、資料を机の上に置いてさっさと部屋を出て行ってしまった。

(……柳楽さんの腰巾着、はちょっと違うな)


 ※


 取調室のドアをゆっくりと開ける。

 中にいた男が、顔をあげた。少しばかり無精ひげと隈のせいで老けて見えるが、初瀬と年齢はあまり変わらない。

「えぇと、それじゃあちょっとお話させてくださいね」

 席につきながら初瀬は適当に切り出す。佐上はペンを片手に部屋の隅にある席に着いた。相手が魔術師である以上、その対処ができる警官が聞き取りをしなければならない。万が一の場合にも対処できる人物ということで初瀬と佐上が選ばれたらしい。

(佐上さんはどういう立ち位置なんだ……?)

 その選出理由に疑問を覚えつつも、初瀬は仕事をするために男の方へ向き直る。

「確認ですけど、ご自身がやったこと覚えてます? とある探偵事務所に火を放った挙句、無関係の一般人を襲おうとしたんですけど」

「あぁ? 別に忘れるようなことでもないだろ」

 初瀬の言葉が挑発に聞こえたのだろう、彼は声を荒げて答える。それに眉一つ動かすことなく仕事を続ける。

「そうですね。それじゃあ単刀直入に訊きますけど、何で放火したんですか?」

 分かりやすく、平易な言葉を彼に投げかける。これも挑発などではない。真実を追求する側としては質問の時点で誤解があっては困るのだ。

「アイツらは魔術師の恥だ。何度も忠告してやったのに一向に止めねぇんだから、こうするしかなかったんだよ」

 しかし。

 男は初瀬の求めるものとは違う答えを出す。ぴくり、と眉を動かしながらもその態度は冷静なまま、もう一度質問を口にする。

「なるほど。確かにあなたはあの事務所を何度か訪れていますね」

 手元の資料を確認して彼に視線をやる。

 ここ数年の彼の行動は、それはもう目立つものだった。事務所の面接に遅刻してきたと思えば、暴言を吐いて帰っていく。登録試験についても同様で、前者を担当した富士は辟易したと報告書に書き残している。

 なら何故、犯人特定に時間がかかったのか、と初瀬は疑問に思った。傍目から見れば相当な暴れようである。その質問を受けた敷宮白根いわく、『こんなのは珍しくとも何ともないさ。言った通り、該当者が多すぎて絞り込めなかったんだ』とのこと。

 要は『思いつくヤツの内、誰がやっていてもおかしくない』ということだ。

 酷いものだ、と今でも思う。それを追い払うために割く労力も無ければ、資金もない。それがあの事務所の現状だ。彼らがある程度の自衛力を有しているがゆえに、今までは何も起きなかったのだろう。事を荒立てれば世間からの風当たりは一層強くなる。耐え忍ぶことを選ばざるを得なかった結果が放火というわけだ。

「つまり恥であるから、消さなければならないと思った……ということですか?」

「ふん、それでいい。魔術師じゃないアンタらに話したって意味は無いからな」

「……まぁ、そうでしょうね。具体的にはどう恥をかかされているのか教えていただいても?」

「アイツらはな……! 他の魔術師の評価を下げて、自分たちだけが得するように制度を独り占めしているんだよ。だから新規の登録魔術師は増えないし、数が少ない。警察と手を組んで、資金も名誉も独り占めしているんだよ!」

 心底憎そうに、男はそう吐き捨てた。

「……つまり自分が登録されないのは彼らのせいで、その上自分の言うことも全く聞かなくて気に入らないという身勝手な理由で放火した、ということでよろしいですか」

「何だその言い方は」

「わたしが聞く限りはそうですね」

「は……!? 違うだろう、そうじゃない」

「別にあなたが納得する必要はないです。放火は最悪死刑になるんですけど、それはご存じですか」

「は、魔術を使って火を放ったんだ。どうせ証拠なんか見つからない。俺がここにいるのだって、公務執行妨害、なんだろう」

 初瀬は思わず口を閉ざす。

 現行の法律では、この男を裁くことは不可能だ。男が言ったことを初瀬は何一つ否定できない。科学的に犯行方法を証明できなければ、罪として取り上げられないのだ。目撃者でもいない限り、そうなってしまう。

 さて、なんと言い返すべきか。初瀬が少し迷ったその時だった。

 佐上の方から、みし、と嫌な音がした。

「失礼、手が滑りました」

 初瀬は思わず振り返ってそちらを見る。男も息を飲んで佐上の方を見た。しかし彼女は二人からの視線を気にも留めず、平然としながら手に持っていたボールペンをしまう。そして、新しいものを取り出して、さらさら、と試し書きをした。

「……それならいいんですけど」

 初瀬は軽くそう返しておく。佐上のことをあまり知らない初瀬だが、彼女が激高していることだけは分かった。話の流れからして、魔術師の罪状のことだろうという予想はつく。ただ、それ以上は初瀬が知る由もない。これ以上触れるのはよくない、そう感じた初瀬は話を締めにかかる。初瀬自身もこの男と話すのに疲れてきたからだ。

 というよりは、腹が立っていた。

「はっ、どうせ俺がやらなくても、他のやつらがやっただろうな。不満に思っているのはおれだけじゃない。皆そうなんだよ」

「へえ……」

 男の言わんとすることは分かる。昨年末に長柄が言っていた言葉を初瀬は思い出す。『理屈で分かっていても治まらない腹の虫ってのはいるの』だったか。彼の場合は理由にあまり意味はなく、何でもいいから殴る理由があればそれでいいといった具合だった。

「もしかして、室の方々に味方したのが決定打ですか」

「……なんでそれが分かる?」

 男は目を丸くして初瀬の方を見た。ここで初めて視線がぶつかる。

「こちらも調べることは調べるので。それが大義名分だった、ということですか」

「大義名分……!? そんな人任せなものか!」

「わたしにはそうとしか思えませんよ。今までいくらでもチャンスがあったはずです。でも、あなたは実行しなかった。事務所には常に富士さんが居たから、ですよね」

 正面からだろうが、奇襲を仕掛けようが富士に敵う魔術師はそうそういないらしい。初瀬も共闘した間柄ではあるが、この男は富士に相当痛めつけられていた。それ故に富士がいる間、攻め入ることができなかったのではないか。それが初瀬の予想だった。あの時間帯、事務所の人間は出払っていた。いたのは敷宮白根ただ一人。魔術師を引退した老人一人、それならば消火もされまいと考えたのだろう。事実、鷦鷯が手助けをするまで火は燃え続けた。

「ッ!? 違う、そうじゃない──!」

 声を荒げながら彼は否定する。

(──結局、事務所イコール富士さんになっていたのだろうか。室に味方したから、というのは条件のうち一つに過ぎない。いくつかある動機が全部重なったって感じか。それにしては想像力が不足しているけど……こういうものか)

 初瀬の中で結論が導き出される。最初の質問が上手く成立しなかった時点でこうするつもりだった。が、それだけで収まらない気が、初瀬の内にはあった。

「……仮登録は受けたことがありますか」

「はぁ? ……門前払いを受けたことならある」

「それがどうしてだったか、考えたことがありますか」

 初瀬の質問の意図を理解していないのか、男は首を傾げた。初瀬はそれに構わず、話を続ける。

「こちらの記録では最低限の社会的常識を有していない、とあります。あなたは自分の要求を通すことしか考えていない。まずは我が身を振り返ってみてはいかがですか」

「は? 急に説教か。そういう次元の話じゃないだろう」

「いいえ。確かに今の魔術師の扱いは不当です。未知の存在として恐れられている。けど、それは──それは、わたしたちがあまりにも魔術師のことを知らないだけです」

 初瀬自身その一人だ。まだまだ、知らないことの方が多い。

「でも、だからといって理解しろと胡坐をかいていればいいわけじゃない。そっちもそっちで、こちら側に寄る努力がいる。どっちかだけを変えようとするんじゃ不十分なんです」

 目を伏せながら初瀬は淡々と、言葉を並べていく。自身の経験と所感でしかないのは理解しているが、今はそれを武器にしたくなるほど初瀬は腹が立っていた。

「あのな、居場所は自分で作るものなんだよ。誰かに席を空けてもらうとしないでください。自分が座りたいってことをアピールして、そこへ身体を捻じ込めばそれでいいでしょう」

 雨あられと降り注いだ言葉を彼は理解できているのだろうか。そんなことはもはや初瀬にはどうでもよかった。ただひたすらに腹が立った。自分が面倒を見ている人々を、こんなにも理不尽な理由で害そうとするものだから。

「……仮登録、および登録魔術師は最低限、社会人としての素養を持っています」

 十分に兼ね備えているとは言わない。どこか欠けているし、それに翻弄されることもある。けれど、破綻してはいない。

「魔術師としては不十分かもしれないが、あんたの望むような生活はできている。恨むのはいい。けど、そういう魔術で頑張っている人を、よりによって魔術で傷つけようとするなんて」

 その行動でどれほどの信頼が失われたか。初瀬は唇を噛んだ。今一度、確かめるべく口を開こうとする。

「初瀬さん。落ち着いてください」

「……っ」

 そんな初瀬を佐上が手で制した。

「これ以上言ったところで、聞きはしません。そういう人なのでしょう。あまり噛みつくと、こちらが悪いことになります」

 権力があるのはこちらだ。一挙手一動が一個人のそれより大きいと自覚せねばならない。こちらの不機嫌は暴力に相当する。とはいえ、初瀬を制している佐上の方も冷たい視線を彼に向けていた。

「す、みません……」

 初瀬は浮かせた腰を下ろす。ひやり、と椅子の温度が伝わってきた。

「聞きたいことは聞けました。もう十分です。取り調べはここまでにしましょう」

 そう言って佐上は取り調べを打ち切った。初瀬は熱も冷めやらぬままに、その部屋を出る。

 廊下に出れば春先独特の温い風が、紅潮したままの頬を撫でた。そんな複雑な気分のまま、二人は後片付けをする。

 書き取った取り調べの記録を柳楽へ見せに行く道中、佐上が初瀬に話しかけた。

「意外でした。あんなに声を張るなんて」

 佐上に指摘され、初瀬は目を泳がせる。

「あ、あー……本当にすみません。いつもなら、気にしなかったと思うんですけど……」

 珍しく逆上してしまった。

 今までこんなことは無かったのに。何を言われようが冷静に、淡々と処理できていたはずなのだ。しかし今回ばかりは何故か逆鱗に触れてしまったらしい。少し強めの自己嫌悪に顔を歪めた初瀬を見た佐上は、軽く首を横に振った。

「いえ、いいんじゃないですか? 残念なことに話が通じるような相手ではありませんでしたが。それにしても、やっぱりかなりの努力家なんですね」

 二人は適当に歩きながら話をする。思えば佐上と一対一で話をするのはこれが初めてかもしれない。彼女の言葉に初瀬は努めて冷静に返そうとする。気がおかしくなりそうだった。今なら何を言われても、感情を振り切った反応を示してしまいそうで。

「それなりに頑張っている自覚はあるので」

 そっけなくそう返せば佐上は静かに頷いた。

「そうだと思います。びっくりしたんですよ」

「……そんなにですか?」

 眉を下げながら彼女の方を見る。佐上は眼鏡の黒い縁を触ってこれまた静かに頷いた。鼻の頭には濃いそばかすが見える。

「ええ。ピアス痕があったものですから。意外だなと」

 佐上の言葉に初瀬は思わず手を耳にやろうとしてしまう。寸でのところでそれを押さえたが、佐上は気が付いたのだろう。少し口元を緩めて「お先に失礼します」と言ってさっさと歩いて行ってしまった。

(まだ残ってたのか)

 彼女がいなくなってから、そっと触って確かめる。うっすらと残っているらしい。万が一残っていたとしても横髪で隠れていると思っていた。思わぬ誤算に恥ずかしらやら、何やら、よく分からない感情が湧いてはぐちゃぐちゃに混ざり合う。


 ※


 古い話だ。

 分かりやすくグレていた時期がある。学校をさぼったり、ピアスを開けたり、その他いろいろと不良行為を重ねていた時期があった。家に帰っても母からは文句を言われるだけだ。学校へ行っても同じく居場所はなかった。友人も、気軽に昨日の授業について訊けるような人もなかった。

 ただ、ある日を境にそれを一切合切止めた。あまりに苦しい現実に、助けを求めたのだ。それなのに誰一人として初瀬の手を取るものはいなかった。そこで初瀬は、初めて己が信用されていないことを知った。

『助けてもらえなかったのは、わたしが信用に足る人物じゃないからか』

 そう思うしかなかった。初瀬はそれを誰かのせいにするということができなかった。憎らしいほどに、自分でなんとかせねばと思っていた。どんなに不良行為を重ねようとも人を恨めるほど、無責任ではいられなかった。

 そこから一心不乱に生き方を変えた。まず言葉遣いを整えた。敬語を使う、人の名前は全てさん付けで呼ぶ。たったそれだけのことをするのに、初瀬は酷く苦労した。気を抜けばすぐに尖った言葉が出てしまうからだ。身についた悪習は簡単には落ちない。

 身だしなみに関してもそうだった。慣れるまで居心地が酷く悪かった。落ち着かなかった。それでも続けた。授業にも出た。提出物は遅れてもしっかりと出した。できることは全てやりつくした。教師陣からの信頼を得られれば、次第にクラスメイトとの距離も縮まっていく。あの魔術師の娘である友人も、その過程で親交を深めたのだったか。例の強盗と遭遇し、あの人と出会ったのもそのくらいだったか。

 もちろんそれだけですべて上手くいったわけではない。ただ、築き上げた信用が仇となることはまずなかった。


 警察官になるまではよかった。なった後、本当に大変だったのはなった後だったのだから。信用を積むのは本当に大変なことだ。初瀬はそれを、身をもって知っていた。


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