第29話「どうすれば」
拠点ことアパートから引きずり出された津和野は、即座に仮事務所へ連行された。彼は今初瀬たちの目の前で正座している。
「三笠、おれは別にそこまでボロボロになってでも仕留めろと言ったわけじゃないぞ……」
同じくして帰ってきた三笠を見て一言、富士はそう言った。その顔は心配を通り越して呆れを浮かべている。
「あ、あはは……派手にやられましたね……」
「笑いごとじゃねぇよ。万が一があったらどうするんだ」
笑ってごまかそうとした三笠を富士はぴしゃりと言いすくめた。
「すみません……」
「まぁまぁ、富士。お説教はそこまででいいよ」
どうどう、と言わんばかりに敷宮白根は割り込んだ。それに彼はむっとした顔をして見せる。そんな子供っぽい仕草に三笠はぎょっとした。
「所長。今、はもう誰も失うわけにはいかないんですよ」
勢いを欠かさずに言い返す富士の瞳は冷たく冴え切っている。それで三笠もはっと息を飲んだ。彼はすでに、大切なピースを失っている。改めて見上げた冷たく冴え切ったように見えた目は、どこか必死になものに見えた。
「……その通りだ。三笠。次はないようにしてほしい。君の身体は有限だ。僕の指示だったから、余計に力ませてしまったね。それはすまない」
「はい」
三笠は真顔で返事をする。それでも富士はそんな三笠の態度に納得がいかないのか、少し目を細めた。しかし敷宮白根はそれ以上そこに触れるつもりはないらしい。彼は正座している津和野の方へ向き直った。
「それから津和野」
「は、はい……」
津和野は恐縮して縮こまる。元々彼は体格があまりよくない。その小さな手をぎゅっと握りしめて、彼は次の言葉を待っている。
「君には引き続きうちで働いてもらおうと思う」
「……え?」
何を言われるのかと、恐々としていた津和野が顔を上げる。その顔は強い自責の念を滲ませていた。
「今回我が事務所の情報が流されることはなかった。物的被害も少なく済んだ。だがしかし、少なくとも君の信用が無くなっている。とはいえ……事務所を脅かしたような者をそのまま野に放つわけにもいかない。元々君は情報管理を担っていたしね。そこで引き続き友永さん、それから他にもう一人うちの人についてもらうことにした。監視の目が増えて窮屈だと思うかもしれないけれど……これは仕方ないことだ、と受け入れてほしい」
静かに敷宮白根は告げる。しかし、当人はすんなりとそれを受け入れない。
「なんで……そんなの、ここにいるヤツらが納得すると思ってんの!? 俺だけ甘やかすような真似は止めろよ……! あんたの信用を落としてまで、俺は、俺は! ここにしがみつくつもりは」
罪悪感。
津和野の声と言葉はそれそのものだった。変わりたいと思って人に迷惑をかけた、自分を救おうとした人に迷惑をかけた。そんなこと許されるわけがない。許されていいわけない。津和野は混乱した。誰一人としてその間隙に口を挟むことはない。
上げた顔を伏せて、津和野は声を震わせる。
「ばっかじゃねぇの。俺が貴方に、何をして返したって言うんだよ。まだ何も、何も返せてないのに──。俺なんかに期待されても、困るんだけど。俺に何をしろって言うんだよ、これ以上……」
嗚咽と共に吐き出される言葉は、悲鳴にも聞こえた。
「……僕にとってはね。書類を上手くまとめてくれるだけで十分ありがたいんだよ。そのままでいいと僕は思ってる。けどそれで、君が君を肯定できないというのなら、僕はまた新たに君に頼みごとをしようと思う」
津和野は何も言わない。
敷宮白根の言う受けた恩には三笠も心当たりがあった。そのことは敷宮白根がいつも嬉しそうに話すからだ。何度も何度も聞かされた。そんな彼の様子を知っている三笠は敷宮白根がどうしても恩返しをしたいという願いに賛同してしまう。
そのまま敷宮白根は続けた。
「これはね、僕の身勝手な恩返しなんだ。津和野君がそのつもりがなかったんだろうね。でも僕は君の行動に救われたことがある。だからこうやって甘やかすし、優しくする。それで君が救われるのなら、って勝手に考えている。だから、必要ないというのなら蹴ってくれて構わないし、どこか別の場所へ逃げてもらっても構わない。ただ、その先で僕らに敵対するというのであれば、きちんとそれ相応の対応を取らせてもらうつもりだよ」
粛々と彼はそう話す。津和野からの返事はない。
「すぐに答えが出るものではないだろう。今日はもう解散としようか。津和野君はここに泊まっていくといい」
そう言ってから、敷宮白根は津和野の側を離れる。そして顔を上げて、三笠たちを見回して仕切り直した。
「さて、皆お疲れ様。一先ずこの件は終わりにしよう。あとは僕に任せてくれ。次の指示は考えておくから、休憩に入ってほしい。しっかり休むんだよ」
まばらな返事がされる。一同はどこか後ろ髪を引かれながらもその部屋を後にした。




