第24話「迎撃戦」
ふわり、と八束いずもの手元から蝶が飛び立つ。日もだいぶ傾いてきた集落手前の道路上で、三笠たち一班は待機していた。
『いずもさんなら、多少離れた場所からでも相手の様子を探れる。まずはそれで相手の数を確定させるのが大事だ』
大役を任されたからか、疲労のせいなのか。彼女からはただならぬ緊張感が漂っている。
「……いるわ。読み通り谷を見下ろせる場所にいる。数は──八、ね」
「若干増えてます? もしかして」
「さぁ……判別まではできないから分からないわ。けどそれ以上はいなさそうよ。少なくともすぐ駆け付けられる場所に、それっぽいのはいないわ」
小難しい顔で魔術式の調節をしながら、八束いずもは答える。
「じゃあ数八で報告……と」
三笠はメッセージアプリにそう打ち込む。反応はすぐにあった。こんな山の中でもインターネットは健在らしい。
「それじゃあ……僕らも行くってことで」
そう言いながら初瀬と八束いずもの顔を順に見る。三笠の問いに彼女らはしっかりと頷いて返した。
一番襲撃が多いのは、集落の入口にある谷だった。あの小川のある谷、その入り口辺りである。そこから先には徒歩でなければ進めない。そのために輸送車類は必ずそこで一度駐車して、その場所から搬入作業を行わなければいけない。大きな隙ができるのは必至だ。
『だから山の上に構えている向こうからすれば、こっちの動きは丸見えってわけだな。こっちが不利な地形で戦うのは気が進まないが……幸い向こうの戦法は分かってる。ヒットアンドアウェイだ。こちらが疲れるように動き回って、ある程度の疲労が認められたら複数で襲い掛かるって感じの。だからこちらもそれの対策をする』
富士の作戦、それは。
「来たわ! 北の斜面よ!」
八束いずもの声に魔術師たちは一斉に反応する。
「一班! 任せたぞ!」
「はい!」
合図を見るや否や、三笠と八束いずもは一斉に魔術式を開く。目標は、スペクターたちのとるであろうルート上だ。
目標に向けて手をかざせば、いつも通りスイッチが入る。身体の内で撃鉄が起きるような、力強い感覚がする。
「藤枝濡らすは夕立つ柱! 励起『春日雨』!」
「やるわ、『死霊輪舞』!」
出し惜しみのない、最大火力の魔力の弾幕が炸裂する。
『そこでまずいずもさんと三笠が攻撃をする。この二人はこの中で一番有効射程が長い。それに威力もそこそこ出せる。選ばない理由はないだろ?』
二人が放った魔力弾の波をスペクターたちは上手く回避して駆け下りてくる。さすがに弾幕の中を突っ切ってくるモノはいない様子だった。
三笠たち戦闘要員は一斉に前に出て身構える。
『ばらばらになると脆いところが狙われますし、一塊になった方がよさげですね』
弾幕を避けて、一塊になったスペクターたちが突っ込んでくる。これこそが狙いだった。
「八雲立つ、出雲八重垣妻ごみに──地の流れ汲むは我が意思。水鏡よ、すべての魂を写したまえ! 変則投影魔術式『砕月』」
水の薄い膜ができたかと思った次の瞬間、鷦鷯の詠唱と共にそれは砕け散る。それを再びの合図とし、三笠を含む全戦闘要員は魔術を一斉に放つ。一気に魔力濃度が上昇し、視界を歪ませる。それでも彼らの狙いは揺るがない。室の方からも支援の弾雨が飛来していく。
それぞれの放った魔力弾や膨大なエネルギーの塊は派手に地面を削り、土を降らせた。その中でも富士は決して目を逸らさず、次の指示をする。
「いずもさん! 確認!」
「全部死んだわ! やっ……んん、八体すべての沈黙が確認できました」
振り上げかけた手を下しながら八束いずもは報告を済ませる。
「────よし。撃退完了、だな」
富士のその言葉をきっかけに初瀬たちもまた、緊張の糸を解く。今回撃退に成功してもまたスペクターが現れるだろう。それでも少しの間、全滅させたおかげで出現する確率が減らせるとなれば僥倖だ、厳しい顔のまま富士が話していた。
一連の戦闘の間、初瀬たち監視官は輸送車の運転手と共に少し離れた場所で待機していた。
作戦会議の時に監視官は戦闘に参加しないのか、と問われた。
初瀬が少し迷った間に佐上がはっきりと「監視官の仕事はあくまで監視。戦闘行為は非常時に限られます」と言ってしまったのだ。
(そんなところで迷うなんて、わたしらしくないな……)
大戦果を喜ぶ陰で初瀬の思考には影が伸びていた。しかし。
「初瀬さん」
「あ、はい。どうしたんですか、佐上さん」
「友永さんどこ行ったんですか」
「……え」
さっと血の気が引く。まさか先程の戦闘に巻き込まれたのではないか。そんな可能性が脳裏を過った。




