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第23話「富士といずも」

「……聞いていた話と違う」

 富士はそう呟いて頭を抱えている。襲撃の後、一行は少し進んだ先にある駐車場で足を止めて作戦会議をすることになった。

「と、いうことはこう言った待ち伏せは……事前情報にはなかった、つまり例がないということですか?」

 佐上がそう尋ねれば富士は一つ頷いた。

「その通りです。待ち伏せをする地点はもう少し先でした。そこから手前には出てこない。そういった情報があったので。しかしながら、今回一番の問題点は……」

「スペクターのくせに、かなり合理的な作戦でしたね」

 東が口を開く。

(そうだ。カーブに差し掛かり、前後の護衛がすぐに対応できない地点での襲撃。しかも上から。車の特性上、上からの攻撃は気が付きにくい完全な死角を狙ったものだった)

 初瀬も先程の状況を思い起こす。考えてみれば、こちらの条件を知っているかのような動きでもあった。果たしてスペクターと呼ばれる怪物たちに、車の特性が分かるのだろうか。もちろん、偶然の可能性も捨てきれないが。そんな具合に、初瀬も考えてみるが、何一つ収穫はない。スペクターについて、もう少し情報が欲しい。

「そ、それじゃあ、スペクターは僕らが思っていたよりも、頭がよかったってことですか!?」

「ま、まぁ。端的に言えばそうなるな。それだけならいいんだが。さっき数体取り逃がしたのも問題だな。いや……まさか、最初から見られていたという可能性もあるのか……?」

 三笠の指摘に一同は黙り込む。そうとなれば、話はまた変わってきてしまう。一連の襲撃がすべて仕組まれたもの、かつ同じグループのものであった場合、かなり面倒なことになってくるからだ。対処も変わってくる。

(頭がよかった、というよりは……連携が取れるような相手であることが問題か。でも確証はない)

 もし仮に連携を取ってくるのであれば、こちらも動き方を変えなければいけない。黙り込んだ魔術師たちはそれぞれこの先どうするかを考え込んでいる様子だった。そろそろ時間も危うい。そんな時。止まった会議を動かしたのは、なんと八束いずもだった。

「それは否定できないわ」

 一斉に視線が彼女の方へ向く。

「え? いずもさん、分かってたのか」

 富士の心底不思議そうな声に、八束いずもは居心地が悪そうに顔を歪めた。

「……気のせいだと思っていたけど、代わる代わるやってくるスペクターの気配があったわ。種類が違うから、関係性がない、と思っていたのよ」

「……そりゃ。んん……そんなに近くで反応があったわけじゃないんだろ?」

「ええ。ちらちらと私が感知できる範囲に入ったり出たりしていただけ、だから」

 目を伏せる彼女に富士がそれ以上何かを言うことはなかった。

「よし、オーケー。分かった。少し考える時間が欲しい。予定外だが一度休憩にする。そんで体勢が整ってから再出発。って感じにしたいがいいか?」

 富士の提案に一同は頷く。ただ一人を除いて。


 ※※※


「……友永さん、大丈夫?」

 休憩の合間を見計らって、初瀬は友永の元を訪ねた。彼女は三班の運転を担当しているらしく、かなり疲れているのかハンドルにもたれかかって伸びていた。

「だ、大丈夫です……はい……」

「ご、ごめんね。もう少しちゃんと様子を見に来れたらよかったんだけど……佐上さんも一緒だけど、どう?」

「どう……でしょう……。津和野さんは相変わらずですし、ていうか! あの人何もしないんです! なんにも! 『戦闘は仕事じゃない』って言ってぇ! 東さんの言うことすら聞かないんです! あの人もあの人でずっと機嫌悪そうで怖いですし!」

「お、おぉ……思ってた以上……」

 大変さを訴える友永の目は少し潤んでいる。

「佐上さんにいざという時はお願いしてあるから、助けを求めたらいいよ。自分でできるのが一番だけど……この現場はそうもいかないから。友永さんはあくまで監視官、だし」

「そ、そう、ですよね。すみません、私……」

「いいよ。気にしないで。そういうの、この部署で一番難しいところだと思う」

 これで大丈夫なのだろうか、と初瀬は思いながら話をそう締めくくる。自分に後輩らしい後輩ができるのはこれが初めてなのだ。どんな言葉をかけるべきか、どんな風に意図を汲み取っていけばいいのか、全く分からない。やってはいけない例ならたくさん知っているというのに。

 初瀬は初瀬で頭を悩ませるのだった。


 ※※※


 休憩時間、富士は一人離れた場所で考え事をしていた。

 木の葉がさざめく音に交じって人の足音がする。それに反応して顔を上げてみれば、目の前にはいずもがいた。彼女は先程とあまり変わらない、不服そうな顔をしている。分かりやすさに少し笑いそうになりながら普段通りに対応する。

「……どうした?」

 そう尋ねてみるも彼女からの返事はない。そのまま返事を待つ。やや間があってようやく返事があった。

「なんでさっき、怒らなかったの」

 そんなことか、と思わず言いかけて口を噤む。富士からすればこの言葉は予想外でしかなかった。もっと別のことを訊かれるのだとばかり思っていたからだ。

「それは……いずもさんがウチではまだ新米扱いだからだ。それにあのミスが起きてしまったワケも理解できる」

 この言葉に嘘がないことだけでも伝わってくれればいい。そんな具合に淡々と、簡潔に富士は理由を述べた。それを聞いたいずもは眉間にぎゅっとしわを寄せる。そんな子供っぽい仕草でさえも、今は少しだけ恐ろしい。どんな爆発の仕方をするのか、富士はまだちゃんと理解できていないでいる。

「それで!? もっと言えばよかったのに! ちゃんと報告しろとか、言うことたくさんあったんじゃないの……!?」

 彼女の言葉を頷いて肯定する。

「あった。けど、人前で言うことじゃない。後で個別で言うつもりだったんだよ」

「……っ、私に配慮したってこと?」

「そう……なるな」

 富士の返しを受けたいずもの顔はよく知った、大人らしくないものだった。

「あのさ、」

 少し呆れて、富士が内心を白状しようとしたその時だった。

 音もなく現れた赤い糸が富士の首元に添えられる。何本も何本も首を落とさんとそれは鋭く狙いをつけた。

 彼は静かにいずもの方を見やる。

「いい加減にして。ずっとそう! 姉さんもあんたも、ずっと私を子ども扱いして! どうしてなの? 登録魔術師にもなったのに、あんたもなんで止めないのよ! 姉さんも見殺しにしたって──」

「見殺し?」

 そう訊き返す声に温度はない。温かくも、冷たくもない声だった。それに気圧されたいずもは僅かに身体を揺らす。

「そんなの……誰から聞いたんだ」

「っ……最後まで聞きなさいよ、うちの者がそう言っていたわ。でも本当は違うんじゃないかって、私は思ってる。だから訊きに来たのよ」

 その言葉を聞いた富士は眉を下げて小さく息をつく。

「それだったらここまでしなくても」

「それが真実であるならば、私はこの手を動かす。それだけよ」

 訊かれれば話すつもりであったが、どうも彼女は疑心を募らせているらしい。三笠や初瀬に対する態度も気になっていたが、おそらく原因は姉の死だろう。いずもの心中を察した富士は努めて冷静に返す。

「…………なるほど。じゃあそのままでいい」

「そう」

「見殺しにした、だっけか。本当に八束家はおれのこと嫌いだよな。悪いが半分正解だ。ただ、半分間違ってる。おれは確かにいづみを放って災害級出現阻止に走った」

 富士は慎重に、それでも確かに言葉を紡ぐ。

 彼女はきっと、昨年の騒動の全貌を知らない。今ここでそれを話すにはあまりにも時間が惜しい。できる限り省ける場所は省きたい。モズのことを上手く隠しながら富士は話していく。

「まず一つ。いづみはあの時致命傷を受けた程度に留まっていた。あの時潮田にも言われたが、手当てをすればまだ助かる見込みはあった。しかし、だ。そうしなかったのはおれが他者に有効な回復魔術を持っていないからだ」

「……そうね。あんたは人を助けることができない。知ってるわ」

「だな。ならじゃあ、なんで応急手当をしなかったのか。確かに出立前、いづみは応急手当道具とか、回復魔術に使える魔道具をたくさん持って行っていた。それなのに、死ぬ間際、あいつはそういう道具を一つも持っていなかった。これが大事なところなんだ。結論から言うといづみはな、自分の命を代償に災害級を呪った。自分自身が助かることよりも、目的を成すことを優先したんだ」

 富士の言葉にいずもはハッとする。

 そう、おそらく八束家には『八束いづみが禁忌を犯した』という情報のみがその時伝わっていたのだろう。

 初瀬幸嗣ことモズを殺そうとした。明らかな殺意を持って。

 ──これは八束家において禁忌とされている『人殺し』を破ることになる。よって彼女は破門され、恥さらし扱いを受けたのだろう。それは富士にも容易に想像できることだった。想像の範囲に留まってしまうのは、富士自身がかの家に近づくことすら忌避しているからである。

「だからな──いづみの死は街を救ったも同然だ。あいつがああしなかったら、おれは今ここにいないだろうし、三笠もいない。初瀬だって、あの時目的地にたどり着けたかもか分からない。戦うのがおれだけじゃ不十分なことをあいつはしっかり理解してたんだ。だから後輩を助けて、手数を増やして、そんで、自分の命を賭して災害級を止めにかかった。追い詰めたんだよ。完全に」

 他人とは違う視点を持った八束いづみのことだ。初瀬渚がモズの縁者であることも、事前に理解していた。「他人の関係を勝手に覗き見するのは申し訳ないとは思うのよ」と、彼女は度々口にしていた。きっと彼女のことだ。それを当人たちに伝えてはいないのだろう。富士の中ではそんな確信があった。モズを止めるためのピースを彼女が揃えたのは違いない。

「それに、あいつが怪我人を見つけて見捨てるわけないだろ? だったら、おれは……いづみの行動を肯定したい。色々思うところはあるけどな」

 最後。少しだけ思いもしないことを言ってしまう。余計なことを喋った、と思った富士だったが、いずもはそれを察していないらしい。富士の話を黙って聞いていた彼女は、段々とその表情を緩ませていく。

「そう……。少し、安心したわ。やっぱり姉さんはすごい人なのよね」

 そう呟くいずもの瞳には尊敬の念が溢れていた。赤い糸はふっと、宙に溶けていく。思わずほっと息をつきそうになったが、寸でのところで堪える。

「そうだな。そっちではどういう話になっているんだ」

「えぇと……そうね。確かに直後は、姉さんの死は恥だのなんだって言われていたわ」

 悔し気にいずもはそう話す。

 八束家にはその詳細は分からずとも、禁忌を犯した者が分かる魔道具がある。どんな状況でどのように、誰に対して殺意を抱いて行動に出たのか。それらの情報が一切不明なものの、殺そうとした事実だけ伝える道具だ。

 それで彼女が誰かを殺そうとしたことを、本家は彼女の死が伝えられる前に知っていたのだろう。

 目の前でその時の様子を見ていたであろういずものことを思うと、どこかやるせない。

「あんたからの通達がちゃんと届いたのは一月の終わりごろよ。その後は……あんなこと言ってたくせに、一斉に褒めそやし始めて……!」

 いずもは嫌悪に顔を歪ませた。事情説明の手紙は案の定到着が遅れていたらしい。そこに呆れも怒りも沸かない。つくづくいずもが自立できるようになってよかったと富士は感じた。八束いづみも生前その点を酷く案じていたのだ。ほっとする富士を他所にいずもは拳を握りこんで全身を小さく震わせながら実家への文句を連ねる。

「私には詳細を一切伝えようとしないっていうのも腹が立つわ……!」

「いずもさん……」

 そろそろ止めるべきか、富士がそう思うと同時に、いずもは話を切り替えた。

「とにかく、そっちで葬儀はしたんでしょう。なら、線香くらいあげたいと思って」

 面を伏せながらいずもは言う。富士は口元を緩めながらそれに答える。

「あぁ、それがいい。いづみだっていずもさんのことを心配してたしな」

「そう。それは嬉しいわね……」

 どんな顔をしていいのか分からないのか、いずもは微妙な顔をして見せる。相変わらずこういった感情の処理が苦手なのだろう。少しばかりいじらしいと感じつつ、富士は聞き残しは無いか尋ねる。彼女はこくこくと頷いて見せた。

「ええ。大方訊けたわ」

「大方?」

 まだ何かあるのだろうか。少しばかり富士は身構えてしまう。

「……あなた、姉さんから貰ったものあるでしょう」

 そんな富士に対し、いずもは腰に手を当てながら意外な言葉を口にする。

「え? あぁ、あるけど」

「それ、少し貸してくれないかしら」

「え、それは別にいいが……というか、必要な物なら」

「そうじゃないの。違うわ。姉さんが結んだ縁を見るだけ」

 あげるけど、と言いかけて飲み込む。富士はやっといずもの目的を理解した。

「──そりゃつまり」


「そうよ。あの時、あの山に誰が居たのかハッキリさせる。そのために私はここに来たのよ」


 ※※※


「それで、室の人たちにも協力してもらって分かったことなんだが……数は多くて十。さっき減らしたから七くらいだろうな。大きい個体がちらほらいるが機動力は高めという具合らしい。それで問題なのは」

「向こうがただの畜生集団ではないということですね」

「そ、そうだな」

 東の言葉に富士は苦笑いをしながら頷いた。

 それぞれの休憩と情報のまとめが終わるや否や、一行はすぐに額を集めて情報整理を始める。ある程度の知能が見受けられる点について今回は、その理由を探ることはせず対処に集中する方針をとることになった。

「──というわけである程度の策略が向こうにもあると考えて行動しなきゃいけない。集落の入口で迎え撃つのが理想的だが……できなければ中で迎え撃つことになるな。事前に念入りな索敵はするが、どこまで通用するかも微妙だ」

「室の人はどのくらい協力してくれるんですか?」

 手を挙げた鷦鷯が尋ねる。

「全面協力だ。ある程度の資源も提供してくれるらしい。だから消耗は気にしなくていい。んで、具体的な作戦だが──」


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