第22話「前哨戦」
沈む日に向かって輸送車は走っていく。
田んぼの中を抜け一行は曲がりくねった山道へと入り、対向車も無い山の中を進んでいく。三笠たちが先日通った道だ。
道中、特に妨害を受けることなくどんどんと一行は目的地へ近づいていく。時計を確認する回数がどんどんと増えていく。日が落ちるよりも早く、襲撃を受けるよりも早く目的地に到着できればいいのだが。そこまで簡単に事は進まないだろう。待ち伏せされている、と考えるのが妥当だ。一体どのくらいの数のスペクターが、そしてどんな戦い方をするスペクターがいるのか。
(いや、変に考えるのは止そう)
後に手を狂わせることになったら厄介だ。そう思った三笠は車窓を流れていく景色に没頭しようとした。
その時だった。
「っ!? 車停めて!」
「はっ!?」
八束いずもの指示に三笠も初瀬も思わず声を出す。その直後だった。
『停まれ! スペクターが出た!』
通信機から富士の声が飛び出す。
「三笠!」
「分かってる!」
初瀬の声よりも早く、三笠はシートベルトを外して停車と共に車外へ飛び出す。
(しまった、この先は──カーブだ!)
三笠はスペクターの意図に気が付く。輸送車はもちろん、襲撃者の姿もおそらく崖に隠されているのだ。これでは大きな隙ができてしまう。飛び込んだ崖先では今、まさにスペクターが積み荷を狙って崖の上から飛び出したところだった。
「しまっ」
「もたついてるなら退いて! 全部殺していいわ、全部よ!」
前に躍り出た八束いずもは一気に魔力を解放する。桜の花びらにも似た魔力が散ったのが三笠の目に見えた気がした。ざわっと周囲の空気が、魔力がさざめいた。一瞬にして視界は白い蝶で埋め尽くされる。統率のとれたその蝶たちは一直線に襲撃者へ向かい、そして。派手に魔力と光を散らす。
「ま、まだまだぁ! 畳みかけるのよ!」
「僕もやらなきゃ……開け、『春日雨』ッ! 応用反符『斜月鏡』!」
三笠も追撃に参加する。前を走っていた二班、三班も攻撃を始めたのだろう。輸送車の上で互いに放った魔力弾や式神が交差する。
「どうよ!?」
八束いずもが怒鳴りながらそちらを見上げる。攻撃を受けたスペクターは一部が消滅、一部が逃亡。そして──ひと際大きなまだ息のあるスペクターが三笠たちの前へ転がり込んでくる。
それはイノシシにも似た姿をしていた。しかし、三笠の知っているイノシシと違うのはその大きさと異様に発達し肥大化した牙だろう。その目にはまだ戦意が灯っており、転がり込んだ勢いを利用して体勢を立て直しこちらへ突っ込んでくる。硬い蹄がアスファルトを蹴る重い音がした。迷わず三笠は追撃の手を繰る。
「ひっ」
そんな三笠の耳に飛び込んできたのは気弱な声。他でもない、八束いずものものだった。
「いずもさん! 逃げて!」
魔術式を開きながら三笠は駆け出す。しかし彼女は足がすくんで動けないのか一歩も引こうとしない。イノシシの突進が先か、三笠の魔術に巻き込まれるが先か。
「三笠!」
その声と共に初瀬が乱入し、八束いずもを突き飛ばした。三笠はそのまま魔力を放つ。
「貫け──『流星』ッ!」
魔術式から放たれた無数の鉄球はスペクターの側頭部に風穴を開ける。随分と前に切り札が使えなくなったときの攻撃手段として三笠が考案したものだった。切り札『竜哮一閃』のグレードを落としに落としたもの。有効弾はたった一発。一つ一つは細い魔導砲だったが、異形の動きを止めるのには十分だった。
どしゃり、と派手にスペクターはアスファルトの上に雪崩れ込む。
「……間に、あった」
八束いずもを押し倒したまま初瀬は呟いた。
「ちょ、ちょっと!」
「あ、すみません。怪我ないですか」
初瀬は自分の下で藻掻く八束いずもの手を引く。見たところ怪我はなさそうだ。彼女が全く露出のない服装をしていたおかげだろう。ほっと息をついて今一度八束いずもの方を見る。
「怪我はありません。もう大丈夫です」
彼女は心底不服そうな顔をしていた。分かりやすく気に障ったということが伝わってくる。
(めんどくさいなぁ)
気位が高い人なのだろう。ただの運転手に助けられたことが気に食わない、とでも言いたいのだろうか。少しばかりの苛立ちを覚えた初瀬だったが、その感情はすぐに消え去った。
「……ありがとう、ございます」
そう感謝の言葉を口にする彼女の顔が酷く悔し気だったからだ。




