〝双子の妹〟という彼と同棲する私ですが⁉️
「紫編、もう朝だよ。起きて~」
いつも聞き慣れている可愛らしい女の子の声が、朝弱い私の耳に入ってきた。
「後43.1分寝たい」
「それじゃ遅刻しちゃう! もう……。早く起きないと、紫編の唇をボクが頂こうかな~」
「……」
それを聞いてつい「別にいいよ」と思って無視して数秒後、唇の柔らかい物が当たったと気づいた。それは何なのか聞くまでもないか。本当に気持ちいい……。
「あっ……」
「やっと起きたね。おはよう~」
気づいたら私は目覚めていた。目の前に見慣れている笑顔……。鏡を見る時と同じ……。そう、私とそっくりな女の子の顔で、目も鼻も唇も……。
しかし勿論それは私ではない。
「亜要、おはよう」
私を起こした彼女に朝の挨拶を交わした。
「なんかボクの唇を美味しそうな目で見てるね。さっきの続きをしたいの?」
「え? いや、別に……」
さっきの事もあって、あの唇につい目が行ってしまった。
「でもボクお腹空いたから、続きは朝ご飯の後でいいよね?」
今の発言は「朝飯作って」と同じ意味だな。だって料理をするのはいつも私だから。
「私の唇をあんなに美味しく食ったからもう料理は要らないのでは?」
「確かにどっちも美味しいけど、別腹だよ」
「人の唇をデサートみたいに……。全く。亜要ももう女の子だから料理作ってみたら?」
「ボクの心はいつまでも男のままだよ」
男ね……。そう、亜要は元々今の姿ではなく、正真正銘の男の子だった。だけど今はどう見ても女の子で、私と瓜二つのね。
「そのわりには随分とこの体は板について、お洒落好きで、よく鏡を見て笑うけど」
この艷やかな長い髪も、滑々な白い肌も、ちゃんと手入れしていて可愛く保てるようしているし。元男だと思えないくらい……。私より可愛いなと思った事すらある。
「それは……。好きな人と同じ姿だからいつも見つめたいし、見窄らしい姿にならないように努力するし。決して心が女の子になったわけじゃないんだからね!」
それはわかっている。亜要は私の事が好きで、私と同じその体を大事にしている。
勿論、私も亜要の事が大好き。だって私は恋人同士だから。今女の子同士になって、しかも『双子の姉妹』という関係になったとしてもそれは変わらない。
しかしなんでこんな事に? 正直今でもまだよくわからない。あまりにも現実離れの話で、夢のように思っている。
発端は正月の日、2024年1月1日だった。東京の高校に通うために上京して一人暮ししていた私は、あの日石川県羽咋市にある実家に帰った。彼氏の亜要も連れてだ。
父に亜要の事を紹介したら、「娘を渡さないぞ」と揉め事になってしまった。どうしたらいいかわからなくて困っているうちに、大きな地震が起きて、みんな安全な場所で身を守ろうとてんやわんやで、もうそんなどころではなくなった。
幸い家が崩れるほどではなく、家具は散らかったけどみんな無事で無傷だった。しかし落ち着いて周りを見たら亜要の姿はどこにも見当たらなくて、その代わりに『私』がもう1人そこにいた。
「ボク、紫編になった!?」
スマホで自分の姿を調べて驚いた『私』。
「もしかして亜要なの?」
直感ですぐわかった。なぜかわからないけど、亜要は『私』になった。その瞬間これが『入れ替わり?』という可能性も考えて自分の体も調べてみたけど、特に異変はなかった。本当に『私』が2人になったのだ!
と、思ったらそうでもなかったらしい。次に父は私と亜要を見て「紫編、亜要、2人とも無事か?」と言ってホッとした顔をして、まるで私が2人いる事を変だと思わないみたいに。しかも普通に亜要の名前を呼んで優しい態度だし。
そう、なぜか『亜要は私の双子の妹』だという事になっていた。父だけどなく、母も、近所も……。そしてその後東京に戻ったら学校の人々も、みんな私たちが双子の姉妹だと認識していた。一応名前は『亜要』のままで今まで通りの呼び方でいられるけど、完全に違う人物だ。何より性別も……。
(一応名字が私と同じになったから、私たちが結婚した……みたいな感じも。いや、普段は逆だけど)
これってSF小説などでよくある『現実改変』ってやつ!?
その後調べてみたけど、原因は全然わからない。ニュースによるとあの地震は自然現象で、この事情とは関係あるかどうかも実際に不明。ただ偶然同時に起きた可能性もある。
本来の事を覚えているのは私と亜要2人しかいないみたいだから誰に頼る事もできず、結局諦めてこんな新しい現実を受け入れるしかない。
最初は亜要が女の子の体に慣れなくて困って、トイレやお風呂とか私に頼っていたが、案外飲み込みが早く今や手入れとか私が指示しなくても自分で積極的に可愛くしようとする。私よりしっかりしているし。
とはいってこれは外見だけの話ね。言葉遣いや性格は男のままであまり女の子らしくない。幸いみんなも最初から亜要が『男勝りのボクっ娘』だと認識していたから、特に矯正する必要はない。
私と同じ顔であんなキャラはなんか痛いけど、その見た目とのギャップも案外いけるなって。
私が住んでいるのは一人暮し用の安いアパートの1Rで、1人の時でも狭く感じていたけど、まさか現実改変の後も部屋がそのままで2人で暮らすという事になっていた!
一応ベッドはダブルベッドになったけど、2人で同じベッドで寝るなんて、『夫婦』みたい……。いや、結婚していないから『同棲』?
まあ、表向きでは『姉妹』だけどね。しかも双子だ。一緒に寝てもおかしくないかもだけど。
1Rだから今私が料理を作っている間でも亜要と同じ空間で、時々ちらっと見たら亜要と目が合ってちょっとやりづらい気もするけど。
このように狭苦しい気もするけど、2人の距離が物凄く近くなったのは嬉しくて不満ではない。寧ろ幸せ。
因みに1人の時だらしくなくて散らかった私の部屋は、今家事は亜要がやってくれてとてもありがたい。私は料理で亜要は他の家事、お互い支え合っている。
「紫編、これ」
食事が終わって学校に行く準備をすると思ったら、亜要はある物を渡してくれた。
「チョコ? いや、でも今日は……」
今は2月、チョコというと当然その意味だけど……。
「バレンタインは明日だよね?」
一応スマホで日付を確認したけど、やはり2月13日だ。私だって亜要のためにチョコを準備しているから、間違えるはずがない。
「明日渡したら当然すぎてサプライズにならないと思ってね」
「そういう考えもあるの!?」
亜要は時々辺な発想するよね。確かにそうだけど、こういうのは当日だからこそ意味あるのではないかな。
「勿論、それだけではないよ。今日はボクたちが知り合って9ヶ月の記念日だよ」
「え?」
「去年の5月13日に出会ったよね?」
「それは……」
「覚えていないの?」
「ごめん……」
あれは新学期が始まってから1ヶ月くらいだと覚えているけど、正確な日付は……。
「いいよ。ボクが勝手に覚えただけで。ボクにとって大事な運命の人と会った日だからね」
「亜要……」
自分がどれほど大切にされているか思い知らせられた。それに比べて私は……。
「でもやっぱり9ヶ月ってちょっと中途半端だよね?」
「そんな事ない! 亜要の気持ち嬉しく受け取ったよ! ありがとうね」
亜要がそういうのなら今日は私たちにとってのバレンタインでいい。
「でもチョコは普段女の子からあげる物だよ?」
「今一応ボクも女の子だけど」
「さっき自分の心は男だと言ったくせに!?」
なんか都合のいい時だけ自分が女の子だと認めたよね。
「あはは、確かに。でも好きな人に何かあげたいのは男も同じだし」
「では私も。ほら」
元々明日渡すつもりだけど、こうなったら今の方がいいと思うようになって、私も準備しておいたチョコを取り出して亜要に渡した。
「ありがとう。手作り?」
「勿論よ」
私甘い物も得意だし。
「ボクのは買ったもので悪いけど、一応加工したよ」
「あ、この子熊みたいな?」
チョコ自体はやはりどこかで買ったようだけど、表面は彫られている。これは自分でやったのか。全く料理できない亜要なりに頑張ったね。一応『手作り』として受け取ろう。
「いや、兎のつもりだけど……」
「うっ……」
全然違う。下手だな。
「今『下手』だとか思ってない?」
「あ……」
心が読まれた。
「って、早くしないと遅刻だよね!」
そして私たちは急いで支度して学校に通っていつもの日常が始まる。
放課後デートする事になった。バレンタインは明日だけど、ここの商店街はもう随分それらしい雰囲気になっている。
「今の私たち、周りからどのように見えるのかな?」
「腕を組んで歩く2人の美少女だね」
「自分で言うの!?」
「事実だから。紫編は可愛くて、見るだけで眼福。それは2人がいれば2倍で最高だよ!」
「もう、他人事みたいに……」
そのもう一人は自分の事なのにね。ナルシストか? でも亜要は今でもこれが自分の体よりも私の体だと認識しているらしい。だから今は男目線で私を褒めているつもりのようだけど、この姿で正直痛いよ!
「いや、今そんな意味ではなく、その……恋人に見えるかなって?」
女の子同士で、しかも誰が見ても双子だとわかるくらいそっくりの姿。やはりただの仲のいい姉妹に見える?
「恋人同士に見られたい? ではもっとそれらしい事やる?」
「いや、それは……」
周りを気にしている私と違って、亜要はいつも積極的に気にせずに攻めてくるよね。
そういえば、男の時の亜要はもっと遠慮がちでこんな感じではなかったのに、今気軽に抱きついたり、唇で攻撃したりしてくるし。
それだけでなく、女の子同士になった事でトイレや着替えの時も別れる必要なくずっと一緒で、一緒にお風呂に入った事すらある。
それに元々亜要は私より10センチくらい背が高くて、一緒に並ぶと目線が合わなかった。今は全く同じ目線で距離感がほぼゼロで、唇の高さも当然同じで、こうやって近くに並んだらすぐ唇を重ね合えるし。
何より同じ体って事はお互いの事を隅々まで知って何もかも分かち合っているって事。
普段の男女カップルができないことは意外とあるよね。皮肉にも私たちの距離は異性の時よりも縮まった。
自分が矛盾しているとはわかっている。堂々とできなくなった後悔と、ずっと一緒にいられる喜び。どう整理すればいいか……。
「ね、君たち俺と遊ばない?」
「……っ!」
突然チャラ男が声をかけてきた。これはナンパだな。カップルで来ているのに……。やっぱり私たちは恋人同士に見えないのね。
「悪いけど、ボクたちは付き合ってるんだ」
亜要は私を庇おうと前に出た。
「は? 嘘はよくないぞ。女の子同士でしかもどう見ても双子の姉妹だろう?」
私たちの関係は全否定された。無理はないか。私だってこれが普通じゃないという自覚があるから。
「ではボクたちが恋人だと証明して見せる」
そう言って亜要は両手で私の両肩を優しく掴んで、そして顔を近づけてきて……。
「うっ!」
唇が重なった。またこんな事……。人の前で……。
「な、何をやってんだ!?」
チャラ男の驚いた声と同時に亜要は離れていってしまった。
「どうだ? これでボクたちは恋人同士だと信じた?」
「こんなもん見せやがって! わかったよ! もう……」
随分チョックを受けたか、チャラ男は引き取っていった。それは助かったけど、なんか周りの人からの視線を感じている。見られている!
最近亜要と唇を重ねるのは日常みたいだけど、こんな人の前は初めてだ。変に見られるとわかっているから。
でも、私たちは別に後ろめたいような事をやっていないはずだ。亜要も全然気になる様子はない。なのに私は……。
「ね、亜要はこのままでもずっと私の恋人でいられたいの? 後悔しないの?」
「勿論だ。紫編はこんなボクが嫌じゃなきゃね」
「私は……」
亜要に対する気持ちも本物で今でも変わらず、今亜要とこうやっていられる時間も幸せで、これから先もずっとこうしたいと思っている。
まだ亜要に元に戻って欲しいという気持ちも勿論残っているけど、今のままでも素敵だと、それなりに満足だと感じている。
未来の事は誰もわからない。前触れもなくこうなったから、突然元に戻るかもしれない。だけどそんな事はもうどうでもいい。どの亜要も私は……。
「嫌どころか、大好きよ!」
私たちの唇は再び重なった。今回は私の方から。
もう迷う事なんてない。この唇に伝わってきた幸福はどうしても手放したくない。ずっと一緒だよ。これからも……。
お読みいただきありがとうございます。
いつも書いているTSものですが、今回は初めて書いたバレンタイン関連の物語です。
みんなも素敵なバレンタインを過ごせますように。
あと、感想を書いていただけたら嬉しいです。