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八百万の想像主(やおよろずのライター)  作者: 嬉楽想太
第1章 ようこそミディタリア
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第7話 主役化《アクティベート》


「ごめん、行くわ」


 現実に引き戻されたヒイロ。

 ミルシィに一言告げて走り出す。

 

「ヒイロさんっ!?」

 

 能力で脚を強化。

 途中で瓦礫の中から鉄パイプを引き抜き、全速力で怪物たちの後を追いかけた。

 すぐにたどり着いた通路の先、積み上がった瓦礫で行き止まりになっていたすぐそばの部屋へ。


「ひぃっ……!」

 

 そこでは先頭の怪物が少女に鉤爪を振り下ろす寸前だった。

 その後方にたむろする怪物の肩を足場に、最前列へと飛び出るヒイロ。

 勢いを殺さず、鉄パイプの鋭利な先端をその後頭部に突き刺す。

 光によって強化されたそれは易々と頭部を打ち抜き、怪物は腕を振りかぶったままの体勢で崩れ落ちた。


「OoooOOOOooo……」


 突如現れたヒイロに一瞬他の敵が動きを止める。

 その隙に怪物たちと少女の間に割り込むヒイロ。


「立てるっ!?」


「え、あ、はいっ……!?」


 少女がなんとか立ち上がる。

 そのまま一緒に脱出を、と行きたかったが、やはり難しいようだ。


「OOOoooo……!」


 動きを止めたのはほんの一瞬で、再び愚直に目の前の獲物へと襲い掛かる怪物達。

 

「っ、え゛ぇい!!」


 鉄パイプを大きく振るって迎え撃ち、逆に押し込むように怪物を下がらせる。


「っ……え、えっとっ! その扉って先に続いてたりしないかな!?」


 前線を押し広げたヒイロが示したのは、部屋の奥にあるもう一つの扉だった。


「えっ、わ、分かんないです!」


「ちょっと見てみてぇ!」


「は、はいっ!」


 正直ミルシィが行き止まりと言っていた以上望み薄だったが、念のため確認してもらうヒイロ。

 怪物達を相手に立ち回っていると、しばらくして奥の扉から声が聞こえてきた。


「だ、駄目ですっ!」


「やっぱりッ!? じ、じゃあ、ちょっとしばらくそこで待っててッ!!」


 やはり駄目だったようだ。

 残る怪物は三体。

 先ほどのように不意打ちでなければ、一撃で急所を貫くことなど出来ないだろう。

 ヒイロはこの修羅場を切り抜けるため、気合を入れ直した。


「っぐ、……りゃぁああッ!!」


 戦っているうちに体のあちこちが切り裂かれる。

 その度に傷口に光を纏わせて止血。光が傷口を覆うと、痛みも消えていった。原作においてそういう風に描写していたおかげだろう。

 そうして戦闘を続行しているうちに段々と分かってきたのは、怪物が本当に単調な攻撃しかしてこないという事だ。

 連携のれの字もない。

 いっそ先頭の怪物が邪魔で後ろが攻撃に参加できない始末である。

 それらも利用し、有利に動けるよう立ち回る。

 そして、

 

「(……よし、三体倒した!!)」


 ついに、少女を追いかけていた怪物全ての撃破を達成したヒイロ。


「(──追加で三体来ちゃったけど!!)」


 案の定戦っている内に追加の敵がどんどんやって来た。

 死んだ怪物は体がドロドロに溶けて液状化したため、床に広がったそれらも合わせて黒が部屋を埋め尽くさんばかりだ。

 切り傷が増え、光を止血に回せる部分も最低限になってくる。


「はぁ、はぁ……ぅらあッ!!」


 また一体仕留めた。

 でもまだ二体いる。いや、通路側から更に一体、足音が近づいて来ている。

 ヒイロの心がジリジリと焦燥感に苛まれる。


「(やばい……やばいやばいやばい!!! 一体倒すのと、追加で一体くるのが同じくらいのペース! 私はどんどん傷ついてくのに!! どうしよう! やっぱり無理だったかなぁ!? 退路なしで戦うなってミルシィさん言ってたもんなぁ!?)」


 このまま戦っていても本当にキリがない。

 だが目の前の怪物をなんとかしなければ、少女を連れて脱出など出来ない。

 少しでも隙を作ろうと戦っていると追加で怪物が湧いてくる。

 どん詰まりだった。


 絶体絶命一歩手前まで追い詰められているのを感じる。

 まだ可能性のある内に手を打たなくてはと心が焦る。


「(どうする!? 窓を破ってあの子と一緒に脱出……いやここ十七階だよ無理無理!)」


 このままではまずい、でもいい案は浮かばない。


「(それでもなんとかするしかない……!) っり゛ゃああ!!」


 攻撃をかすりながらも更に一体を仕留める。


「ふぅ、ふぅ……!」


 部屋内の残りは二体。いや、今また追加で入ってきたので三体。

 心の中で悪態をつきながら、切り傷だらけの体を引きずってそれらに向かうと、


「え?」


 突然、手前の怪物二体の首がはね飛ばされた。


 頭部を失って倒れる怪物。

 その頭部と身体が液体となっていくが、それに注目している暇はない。

 ヒイロの視線はその奥に立つ、今さっき部屋に侵入してきた怪物に向けられていた。


「O、OoOA、AaoOooo……」


 その個体は他と比べて様子がおかしかった。

 ガクガクと体をゆらし、体を痙攣させている。

 そして形状の違いもある。

 他の怪物とは違って鉤爪がへし折れており、代わりにその右手に一振りの剣を握っていたのだ。

 柄も刀身も漆黒に染まった剣。

 そこから、ドス黒い感情の波動が伝わってきていた。


「…………おい」


 その個体が握っていたのは、ネクロの剣だった。


「O、A、OOoo、AAoooAOO!!」

 

「っ!」


 繰り出された斬撃を、光で強化した鉄パイプで受ける。

 が、耐えきれずに部屋の隅へと吹き飛ばされるヒイロ。


「ぐえっ……!」


 背中を壁面にしたたかに打ち付け、肺の空気が吐き出される。

 鉄パイプは真ん中のあたりで真っ二つに切られた。


「はぁ、はぁ……あれ?」


 すぐに立ちあがろうとしたが、ふらついて上手く立てない。

 よく見ると、切られたのは武器だけでなくヒイロの胴体もだったようだ。


 片口から腰にかけて袈裟斬りにされた体から、ボタボタと血がこぼれ落ちた。

 

「……(い゛)っ!!」 


 切られた。理解するとともに意識が飛びそうになるほどの激痛が襲ってくる。


 「……くそっ!」


 他の大小様々な切り傷などもはやどうでもいい。

 はっ、はっ、と浅い呼吸をさせ、持てる光を集結させて必死に溢れる血を抑える。

 そうしながら、睨みつけるように相手を見た。


 はるか昔のミディタリア、戦乱の世で流行った戦術。

 合成生命体の兵に敵地で虐殺を行わせ、現地で生まれたネクロを使ってさらに兵を強化する。

 合成生命体は人と違ってネクロに侵食されない。敵陣営に被害を与え、自軍の兵も強化する。合理性のことしか考えていないような戦術だ。

 当然あまりに非人道的なことと、人罰を生み出しかねないという理由で現代では硬く禁じられていた。


「はぁ、はぁ……国際法違反だろ……知ってんだぞミディタリアの法律……!」


 吐き捨てるようにしていうヒイロ。


「A、A、OOOOAAAAAA!!!!」


 彼女の言葉に反応も無く、ガクガクと体を揺らしながら奇声をあげ、こちらへと向かってくるネクロ持ちの怪物。


 それに対し、ヒイロは一定の光のエネルギーをこめた小さな瓦礫を投げる。

 狙ったのは天井の照明。コツンと当たった瓦礫から、エネルギーが照明に移る。

 強化された照明はフラッシュグレネードのような強烈な光を放ったあと、その負荷に耐えきれず破裂した。


「A、OOAaaa……!」


 唐突な光に目をやられ、視界が効かなくなるネクロ持ちの怪物。

 その隙にヒイロは部屋の出口、廊下側へと移動していた。


「(もう私に打てる手はない……)」


 ズタボロの体を引きずるようにして必死に体を前へ進めるヒイロ。

 精一杯やったが、万策尽きた。もう今の自分に出来ることはない。

 だが、


「(でも、ワンチャン……まだワンチャンあるはずだ……!)」


 ヒイロは『見ていた』。

 少女を助けようと決めて走り出した時、一瞬だけ振り返って彼女のことを。

 彼女は全速力でどこかへ駆け出していた。

 ヒイロという戦力を失い、ますます怪物に見つかる訳にはいかなくなった状況でなぜそんな行動を取ったのだろうか?

 ヒイロにはそれが、『大急ぎで何かを取りにいく』ように見えたのだ。


 あくまでそういう風に見えたというだけで、それはただの想像に過ぎなかった。

 しかし、今回に限ってその想像は当たっていたようだ。


「(だってほら、足音も聞こえるし)」


「はぁ、ぜぇ、ぜぇ……ッ!!」


 廊下の先から、息を切らしてやってきた人物。

 かなり無茶をしたのか、体のあちこちが切り裂かれ、服もボロボロになっていた。


「これ……これ! 持ってきましたよ、『媒体』!!」


 ヒイロが少女を助けにいった瞬間にすぐさま行動を開始していたミルシィが、目的を達してそこに立っていた。


「大好き」


「そりゃどうも……ふぅ、ふぅ……どうぞ」


 そうして差し出された媒体を、服で手を拭った後でヒイロは受け取った。


 初めて自分の作品が単行本になった時のことは、今でも覚えている。

 初版のものを先んじて担当のゆかりから貰ったのだ。

 自分の作品が本になったのが嬉しくて嬉しくて、肌身離さず持ち歩き、寝る時まで一緒だったほどだ。

 当然、ミディタリアに持っていく荷物にも大切にしまっていた。


「…………」


 眩しいものを見るように目を細める。


 ──ヒイロの手には、『トライアルター』の単行本第一巻があった。


「力を貸して」


 自らの想いの結晶。

 万感の思いを込め、

 

「『トライアルター』」


 そう口にした瞬間、周囲に今までとは比にならない量の光があふれる。

 視界が効かなくなるほどの爆発的な光の奔流。

 生まれた力場で、天井からパラパラと瓦礫が落下する。


「う……」


 怪物もミルシィも、あまりの眩しさに視界を失う。

 そして次第にそれが収まっていくと、一つの人影が目に映った。


 この世のどんなものより白く見える、鎧とドレスを合わせたような純白の衣装。

 そして周囲に漂わせる、淡い、しかしはるかに強力な力を感じる光の粒子。

 

 『トライアルター』の主人公の装いとなったヒイロが、そこにいた。

 

「ええっと、これ!」


 主役化(アクティベート)したヒイロは、床に転がるキャスター付きの椅子を手に取り、背もたれの部分を握って光を送り込む。

 強力な光の粒子に包まれたそれは、瞬時に形を変えていった。

 物体の武器化、『トライアルター』の主人公の能力の一つである。


 そうして出来上がった武器は、六枚のブレードが取り付けられた円盤のような物体。

 それが槍のような持ち手の先端にくっついているという、例えるならピザカッターのような代物だった。


「…………」

 

 珍妙な形状になった武器を、訝しげな表情で見つめるヒイロ。

 ピザカッターがデンノコのようにキィィィン、と音を立てて回転を始めた。


「OO、oooaAOOoooo……」


 そこで、今まで足を止めていたネクロ持ちの個体が動きを再開した。


「き、来ますよヒイロさんッ!」


「え、え、あ、うんっ!」


「A、A、AAA!!!」


 愚直にヒイロに突貫し、斬撃を繰り出す怪物。

 ヒイロがしっかりと柄をもって武器を振るうと、甲高い金属音と共に剣が弾かれた。


「ふッ……!」


 武器を跳ねあげられて胴体がガラ空きになった怪物の懐に接近するヒイロ。

 

「ぜぇ……ッりゃああああああああッ!!!!」


 力強く踏み込み、回転する刃を全力でその胴体に叩き込んだ。

 肩口から腰にかけて回転する刃が切り裂く。


「O、A、……a」


 両断された黒い巨体はそのまま溶けて崩れ落ちる。

 ネクロの剣がカラン、と音を立てて床に転がった。


「ふぅ、ふぅ……」


 構えながらしばらく怪物を注視するヒイロ。

 倒れ伏したそれは死体となって完全に沈黙している。

 自らが敵を仕留めたと理解したヒイロは振り返る。


「やった」


 自分でも信じられないと言った表情でミルシィに歩み寄った。


「み、ミルシィちゃん、私、やった」


「ヒイロさん、その武器ちょっと危ないです」


 あいかわらずギィィンとデンノコのように音を立てて回転するブレードから距離をとりながら、ミルシィがヒイロの顔をみた。


「ヒイロさん」


「ミルシィちゃん……」


 この窮地から脱することが出来たのは、彼女のお陰だ。改めてお礼を言わなければ。

 そう思っていたところで、ミルシィが口を開いた。


「だいぶ無茶したので、五体くらい引き連れてきちゃいました」


「ええ!?」


 安堵したのも束の間、突然の告白に驚愕するヒイロ。

 確かにドチャドチャと幾重にも重なったやかましい足音が、だんだん大きくなっているではないか。


「お願いしますね」


「大丈夫かな?」


 この様子を見るに同時に四、五体との乱戦になりそうだ。

 不安げな声をあげるヒイロ。


「大丈夫大丈夫、ネクロ持ちの強い個体だって倒せたばっかりじゃないですか」


 ミルシィの励ましの声に頷き、廊下へと出て怪物たちを迎え撃ちに行く。

 廊下の先からは、十は超えるかと思われるほどの真っ黒な大群が、ひしめき合うようにしてこちらへ向かってきていた。

 パッと見、確認できるだけでそれだ。五体どころの話ではない。


「大丈夫かな!?」


「大丈夫大丈夫!」


 再び不安の声をあげるヒイロに同じようにミルシィが言葉を返し、ヒイロは覚悟を決めて大群へと駆けた。


「う、うおあああああ!!!」


 雄叫びをあげて獲物を手に接敵するヒイロ。


 不安げだった本人とは裏腹にその戦闘内容は全く危なげの無いものだった。

 怪物たちは次々と飛びかかるが、ヒイロは易々とそれをかわす。

 彼女が一度、二度と武器を振るうと、両断された怪物たちが床に溶けていった。


「おお、これが『想像主』……」


 後ろで応援しながら、安堵と驚きの混じった声で呟くミルシィ。

 そうしている間にも、ミルシィを追いかけてきた複数の怪物が次々と純白の想像主に飛びかかる。

 その襲撃の波は中々とどまらず、十体を超えてもまだやって来た。

 思った以上に連れて来てしまっていたと感じるミルシィ。

 しかし、焦りや不安といった感情は全く無い。

 

 その証拠に、怪物たちはヒイロに一切触れる事もできず死骸の山を築いていく。


「これで、最後ぉ!」


 とうとう最後の一体をとどめたヒイロ。

 その純白の衣装には返り血一つ無い。

 アクティベートしてから、一分と立たない間のことだった。


「(圧倒的……)」


 その姿のなんと頼もしいことか。

 ちょっと前の泣きそうになっていたヒイロとは似ても似つかない。 

 

「……ミルシィちゃあん!」


 そして、全ての怪物を仕留めた想像主は、泣き顔でミルシィに駆け寄った。


「正直、正直もう死ぬもんだと思ってました……!」

 

「うおっと」


 その瞳に涙をため、ミルシィにすがりつくヒイロ。

 少々困惑しながらも、ミルシィはすぐに抱擁を返した。


「あ、ああ、そうですね、頑張りましたね……」

 

「来てくれてありがとねえ……!」


「いいえー……まあ危ない橋は渡りましたが、結果オーライです……」


 語りかけるようにして言いながら、その背中を優しく叩く。

 その体は、出会った時よりはるかにボロボロだ。

 先ほどの十体を超える大群に追いかけられるほどの無茶をして、独断で駆け出したヒイロのために媒体を取りに行ってくれたのだろう。


「グス……うん……ケガ、塞ぐね……」


 労わるように、ヒイロが自らの周囲に漂う光を操ってミルシィの傷に纏わせる。

 彼女の身体のあちこちにある切り傷から温かい感触が広がり、痛みが引いていった。


「ありがとうございます。他人に付与できるというのは改めて便利ですね」

 

 お礼を言いながら、取り出したハンカチでヒイロの涙と顔を拭ってやるミルシィ。


「ぅぐ、うん……」


「それと、ほら」


 そして、行き止まりだった部屋の中、その奥の扉の方に視線を促した。


「あ、あの……」


 そこには、部屋中に転がった怪物の死体に慄きながらも、こちらへと歩いて来る少女が。

 ハッとしたヒイロ。

 少女を見て、ミルシィを見て、もう一度少女を見て、


「……」


 やがてゆっくりとミルシィから離れ、目元を擦って少女に歩み寄る。


「あ、あのっ! 本当に、ありがとうございましたっ!」


 近づいてきたヒイロに深く頭を下げる少女。

 ヒイロは涙の跡で目を赤く腫らして、少し鼻声のまま声をかけた。


「スン……どういたしまして」


 そして、自らの衣装を指し、


「ちょっと『主人公』っぽかったでしょ?」


 そう言って笑みを浮かべた。


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