本当に恐ろしいのは清らかなる聖女という言い伝え
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驚きに喉が鳴った。
――初代聖女も、私と同じ異世界転移を……?
言われてみれば、ユリアという名前は日本人でもおかしくない。
続編という表現が出てくる以上、初代聖女も要と同じく現代日本から召喚されたのだろう。しかも彼女は本編も続編もプレイしていたのだ。
以前に推測した通り、聖女と国祖達のストーリーがこのゲームの本編だった。
そして国祖達はおそらく、死してなお聖女を慕い続けたのだ。四つの国が平等に聖地に接しているのはそのため。
日本語の文章はこう続いていた。
【あなたがゲームをやらない人だったら、色々苦労していると思う。そんなあなたにまず言っておきたいのが、ここが恋愛シミュレーションゲーム『ロイヤル♡ラブウォーズ』のシナリオに沿った事件が起こる世界だってこと! この世界の言葉で綴った上記の文章は、ゲーム本編『プレシャス♡ラヴァーズ』から、続編に至るまでのあらすじです! 本当にこういうストーリーなんだから、自分で自分のことを清らかで美しいって言っちゃってる痛い人とか思わないでね!】
かなり陽気な文章にも思えるが、これを書いた初代聖女は聖廟で眠っているのだ。
つまり、あらすじの通りに彼女は亡くなっている。どのような心境で書き残したのだろうと考えれば、今現在似たような境遇にある要には他人事とは思えなかった。
やり場のない気持ちを鎮めるために、服の胸元をきつく掴む。
【死にたくなかったから、それでもシナリオを改変できないか頑張ってみたのよ。ストーリーを知ってるんだから有利なはずだってね。けど、結末は変えられそうにない。体は間違いなく衰弱してるし、打つ手がないの。……正直腹も立ってるし、死ぬのはやっぱり怖い。だけどあの皇子のせいとは思いたくない。いや、絶対あの我が儘皇子のせいなんだけど、あんなふうに憎しみで凝り固まっちゃうくらいなら、そういうことにしておきたいの。ある程度年を取るまで好きな人とずっと一緒にいられたから、そこまで悔いは残ってないのよ!】
好きな人、というのは攻略対象の誰かだろうか。
死の影に怯えながらも、大切な人と共に歩めたこと自体は幸せだった。そう記す初代聖女の字はどこか誇らしげだ。
【あなたには私みたくシナリオに振り回されてほしくないから、覚えている限りで続編のシナリオを書いておく。続編には、ある条件下でしか発生しない激むずの隠しルートがあるの。戦争を食い止められるし誰も死なない、その上逆ハーレムっていう最高のルートよ! あなたがこの手帳を発見できたなら、今はそのルートに入ってるってことでしょう! やったね!】
ものすごく重要なことが書かれているはずなのに、要は文体のせいで脱力しそうになった。
とても死の間際に書いたとは思えないテンション。逆ハーレムなど望んでいないし、やったねって何だ。無責任か。
――でも、隠しルートか……知らなかったな。
どうやら要はまだまだやり込みが足りなかったらしい。ゲーム同好会の同志達に謝らなければ。
このルートに入っていなければ、要が望む戦争回避自体が難しかったらしい。無自覚に最良の選択をしていたということになる。
要が彼らを聖女の屋敷に召集したのだって奇跡に近い偶然だ。こうして分かりづらい暗号と共に手がかりを遺してくれたのはありがたいが、せめて異世界転移した直後に気付けるところにヒントを残しておいてほしかった。
――まあ、仕方ないのか。この初代聖女の指示通りに動くには、経験値を積んでレベル上げしてなきゃいけなかったわけだし……。
全ての国の問題を力技で解決してきた要のレベルは上限近くまで上がっているだろうが、国から国への弾丸旅はかなり過酷だった。
誰もが簡単に開けるルートではないからこそ、四ヶ国が救える可能性を、分かりづらい暗号にして巧妙に隠したのだ。
【帝国があったという歴史は、続編の世界では遺されていないはず。それは、意図的に隠した人物がいたからよ。その人物とは――……】
「……すぐに、聖廟に向かいましょう」
手記を静かに閉じ、要は彼らを見回した。
それぞれから驚いた顔が返って来るけれど、返事を待たずに歩き出す。
瘴気が再び発生しているということは、初代聖女が危惧した通りに話が進んでいるということ。ならば一刻の猶予もなかった。
要の中にもずっと違和感はあった。
瘴気の動きがやけに意図的だったこと。
魔物化した動物にサマートル騎士国の王都を襲撃させたのも、セントスプリング国の中枢を担う大司教に憑りつき戦争を引き起こそうとしたのも。秋華国の霊峰を噴火させ四ヶ国に食糧難をもたらそうとしたのも、ウィンターフォレスト王国の第二王子派閥の不正取引によって浄化石の価格をさらに高騰させたのも。
全ては、四ヶ国を内側から滅ぼそうとする明確な悪意から起きたこと。
屋敷を離れて森の奥深く。聖廟は、今日もひっそりと佇んでいた。
白亜の建物は清廉でありながら厳かで、千年も前に建てられたものとは到底思えない。建立した国祖達の聖女への思慕が窺える。
霊廟からは正常な気配が漂っていた。けれどどこか穏やかでない雰囲気もあるように思うのは、聖女だからこそ感じられる違和感だろうか。
要は気を引き締め、あとを追ってきた攻略対象達を振り返った。
「イスハーク」
甘えるように名前を呼ぶと、彼は意表を突かれたのか立ち止まった。
「カナメ?」
「イスハークって、本当に素敵よね。優しくて朗らかで、頼りになって。快活に笑った時に見える白い歯が眩しくて、いつもドキドキしてたの、イスハークは気付いてた?」
するりと腕に触れ、黒曜石の瞳を見上げて笑う。
「逞しい体も本当に魅力的。この腕も胸板も、つい触りたくなっちゃうもの」
ただひたすら戸惑って硬直するイスハークには構わず、要はチェスターに視線を移した。
「カ、カナメ様?」
「チェスターも好きよ。こんなに綺麗な顔の人は見たことがなかったから、毎日会ってても全然慣れなくて、どうしても意識しちゃうの。歴史について一緒に考察するのも楽しかったし、何より細いのに私のこと、軽々と持ち上げちゃうんだもの。綺麗なだけじゃなく男らしくって、格好いいなって」
つんと頬を突けば、意外に純粋な彼はみるみる内に真っ赤になってしまった。
心の中で申し訳なく思いつつ、次は逸白に標的を切り替える。
「逸白と秋華国で暮らすのも、すごく楽しかったな。穏やかで、結婚したらこんなふうに毎日一緒に過ごせたらいいなって考えたりして。膝枕しながらのんびり話してる時間が、大好きだったの。時々目が合って、笑い合って、あぁ、幸せだなって」
「私も、要に頭を撫でられて、気持ちがよかった」
「うふふ。やっぱり隣にいて落ち着けるって、大切なことだよね」
要の意図を察したのかは分からないが、うまく合わせてくれた逸白に満面の笑みを送る。ついでに少々大胆に抱き着いたものの、彼が動揺することはなかった。
要が最後に振り向いたのは、ローベルトだった。
彼は既にこれ以上なく真っ赤になっていて、爆発寸前といった様相だ。
「おっ、お前は何と、慎みのない……‼ お、俺は、お前のことが――……‼」
「駄目よ」
非難の言葉を紡ぐ唇を、要は人差し指で塞いだ。ローベルトの胸に猫のようにすり寄り、潤んだ瞳を見つめながら目を細める。
「先に言っちゃ駄目。……私だって、ローベルトが大好き」
その時――森の清浄な空気を搔き乱すように、あちこちから黒いもやが噴き出した。




