いっそ嫌われてしまえば
いつもありがとうございます!
これは、イベント?
要は混乱しながらも必死に考える。
このようなイベントに心当たりはない。ないが、好感度を上げきってローベルトルートにのるのはまずい。ゲーム通りチェスターの死亡フラグが立ってしまうかもしれないし、程よい距離感を保たねばならなかった。
「ロー、ベルト……」
「――お前は、何を知っている?」
鳴りやまなかった心臓が凍り付く。
ローベルトの問いかけはあまりに冷淡だった。
少なくとも、想う相手に甘く呼びかける類いのものではない。
射すくめられ、不安が胸を覆い尽くす。
彼は何を言おうとしているのか。
「今思えば、旅行を提案した時から、お前は少々不自然だった。まるで、強引にでも王宮から遠ざけようとするかのようだ。――カナメ、お前は一体何を恐れている? 俺が……正妃側の襲撃に遭い、命を落とすことを?」
震えそうになる頬を、ローベルトの指先が労わるように撫でていく。
聖女の屋敷に来たのは、シナリオに沿った展開を回避するための選択だった。
一を聞いて十を理解する彼は、一連の挙動不審な振る舞いから察してしまったのだ。
要に、未来の出来事が予測できるということを。
「継承争いについて積極的に説明した覚えはないが、俺と弟の確執は、王宮で暮らしていれば耳に入ることだろう。幼い頃から毒見やら刺客やら、些細なことにも神経を割かねばならなかった。カナメ、お前の行動が、俺を心配してのものだということは理解しているつもりだ」
ローベルトの声音に、尋問じみた鋭さはない。
不思議に思われてはいるけれど、害意があると疑われているわけではいない。彼にあるのは、ただ要を案じる優しさだけ。
それが痛いほど伝わるから、苦しくなった。
「俺は暴きたいわけではない。ただ何かを思い悩んでいるのなら、それを共有したいだけだ。弱音を吐くだけでもいい。カナメ、俺は……」
ローベルトの瞳が切なげに細められる。
「俺は、お前のことが――……」
「聞きたくない!」
要は両手で彼の唇を塞ぎ、続く言葉を封じた。
薄闇に荒くなった自身の呼吸音だけが響く。
ここがゲームに酷似した世界であることは、最悪ばれてもよかった。
この先の出来事を予見しているかのような行動が疑わしいというなら、ローベルトにも噛み砕いて説明する用意はあった。戦争を回避するためなのだと話せばきっと分かってくれるし、協力を仰ぐことも可能だと考えていた。
けれど、違う。
彼が求めているのは、要が心の裡をさらけ出すことなのだ。
彼らの好意を利用する罪悪感や、日本に残してきた家族との距離感。ぎこちない友人関係。これまで要がちっぽけな心で抱えてきた鬱屈の全てを、ローベルトは丸ごと包み込もうとしている。――それは、まやかしの好意にすぎないのに。
「お願い。もう言わないで……これ以上、みじめになりたくない」
彼らの生い立ちを、どのような言葉を欲しているかを、初めから知っていたからこそ得られた好意。要に優しさを受け取る資格などない。
やはり、恋すらしたことがないのに悪女になろうなんて、無理があったのだ。
「ごめんなさい……本当にごめんなさい……」
うわごとのような呟きに、ローベルトが苦しげに眉をひそめる。
要は堪らず書庫から逃げ出した。
日本で暮らしていた時から、ずっと望んできた特別な愛情。
目の前に差し出されたそれを素直に受け取れなくなったのは、皮肉なまでの自業自得だった。
◇ ◆ ◇
翌日、要は思い付いた作戦を実行に移した。
ローベルトとあんなことになった以上、どう足掻いても気まずくなるのは自明の理。ならばとことんまで幻滅させて、嫌われてしまえばいい。
作戦とも呼べない、ひどく破れかぶれな気分。
もう悪女になることなどどうだってよく、傷付ける方法ばかり探した。要のことなど早く忘れて、新しい恋でもすればいいのだ。
「おはよう、ローベルト」
日課となりつつあった狩りにも出かけず、要は駆けずり回った。
そうして今、要を囲むようにして並ぶのは、イスハークにチェスター、逸白。ずらりと勢揃いしているのは攻略対象達だ。
「『絆の扉』を使って、みんなにも手伝いをお願いしたの。食料も持ってきてくれたのよ、本当に頼もしいわよね。――さぁ、朝食にしましょう」
要はここぞとばかり、愛想のいい笑顔を振り撒いた。誰にでもいい顔をするのは得意だ。
席に着こうとするイスハークの腕にさりげなく手を添え、紅茶を受け取るチェスターに意味深なほど顔を近付ける。包子を分けてくれた逸白に甘えた笑みを見せて、隣に座るローベルトにふざけたふりでしなだれかかる。
彼らの国は険悪な関係だ。表面上をどう取り繕おうと、憎からず想っている相手が敵対している者と親しげにしていればいい気はしないだろう。自分だけは特別という思いが強いほど、相対的に要への好感度が下がるはず。
「あら、イスハーク。頬にパンくずが……」
「どうした、カナメ。――気持ち悪いぞ」
イスハークに触れようとしていた指先が、止まる。この脳筋は今何を言った。
笑顔のまま硬直する要の右隣で、チェスターが肩を震わせ笑い出した。
「すみません……頭に浮かぶ違和感を、あまりに完璧に言語化してくださったものですから……」
失礼すぎる皮肉だ。
反射的に低い声を出しそうになった要が懸命に堪えていると、チェスターの正面に座る逸白まで頷きだした。
「確かに。こぶし一つで無双をしている聖女がこれでは、不自然だ」
いや、今それは関係ない。
最後に、要の左隣に着席していたローベルトが、鼻で笑ってとどめを刺した。
「『らしくない』も突き抜けると不快だな。どういうつもりか理解しがたいが、自分の名誉のためにもやめておけ」
うぅ、久々のツン。これはダメージが大きい。
何とか笑顔を保っていたが、口端が勝手に引きつってしまう。
これでも要なりに、彼らが好むであろうゲームヒロインを懸命に演じているつもりなのに。




