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クソゲー世界の聖女になってしまったので、救国の悪女を目指そうと思います!  作者: 浅名ゆうな


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幸せは苦しくなる。

いつもありがとうございます!

 要はハーブを生地に加えたあと、玉ねぎとチーズも刻みはじめる。

 自生のハーブは近辺で採れるけれど、ウィンターフォレスト城から拝借した野菜や小麦粉、保存食は貴重だ。節約を心がけねばならないが、バジルやフェンネルと一緒にナンに入れれば絶対においしい。もはやナンとは呼べないので、ただの平たいパンに分類されてしまうが。

 残りの玉ねぎは火にかけた大鍋に投入。パセリと人参も入れれば立派なスープだ。

 ウサギ肉は主食にもする。一欠けのバターを溶かしたフライパンで柔らかい部位をじっくり炙れば、塩コショウだけで絶品だ。付け合わせの人参、仕上げにローズマリーを飾って完成。

「あっという間に三品も作るとは、カナメは本当にすごい。材料が限られている中で、彩りのよさも考えてくれているのがよく分かる」

「栄養が偏るのもよくないからね。ほら、温かい内に食べましょ」

 ローベルトは、温かい料理というのを初めて食べたのだという。

 元々ウィンターフォレスト王国が寒い地域というのもあるが、第二王子陣営との政争が長いこと続いているため、毒見を介さない食事自体があり得なかったらしい。

「熱い。おいしい」

 はふはふ口を動かしながらウサギ肉のソテーを頬張るローベルトは、子どものように笑っている。

 聖女の屋敷に来てから、彼のトレードマークともいえる眉間のシワをあまり見かけなくなった。肩の力を抜いた姿に、要まで笑みがこぼれてくる。

「もう、ちゃんと冷まさないと火傷するわよ。猫舌なんだから」

「熱ければ熱いほどおいしいということに、最近気が付いてしまった」

「危険な思想ね。あんたにおでんとかたこ焼きとか、絶対作りたくないわ」

「おでん? たこ焼き? 詳しく」

 穏やかな空気、くつろいだ時間。

 距離が縮まっていることは紛れもない事実だが、要はふと考える。

 もしヒロインが他の誰かだったとしても、彼は聖女と恋に落ちたのだろうか。

 その想像は思いのほか要をもやもやさせた。

 恋をしていられるような状況じゃない。むしろ恋にうつつを抜かしていられるゲームヒロインの方が異常なのだとさえ思ってきたのに……意識してしまうタイミングは、ある。

 イスハークの笑顔や、無防備に赤面するチェスター、膝の上で微睡む逸白にも感じていたように、それらは押し殺し続けるのが難しいほど。

 だから要は、手の施しようがなくなる前にと急いで立ち上がった。

「ごちそうさまでした。よし、今日も午後は調査を進めるわよ!」

 何か別のことに没頭していれば気が紛れる。

 気付きたくないことに目を逸らしていられる。

 忙しく食器を片付けはじめた要に、ローベルトは表情を曇らせた。

「カナメ。調査を進めるのは構わないが、あまり根を詰めるものでは……」

「大丈夫よ。こう見えて結構体力があるんだから」

「いや、それはもう体力が有り余っているようにしか見えていないから、その点に関しては心配していないのだが……まぁ、そうだな。俺が側にいればいいだけのことか」

 何やら失礼な発言もあったものの、彼も概ね賛成ということなので早速書庫に向かう。

 聖女の屋敷にも、個人の邸宅としては十分な規模の書庫が備え付けられていた。

 細長い採光窓と、直射日光から書物を守るようにして張り巡らされている飾り布。独特の模様のそれは、壁面ごとに色調や模様が変化している。

 要は普段から、目に優しい深緑色の飾り布が視界に入る角度で配置されたソファを陣取っていた。今日も定位置となった場所に腰を下ろすと、ローベルトもいつものように正面の一人掛け椅子についた。

 書庫には読んだことがある本とない本が混在しており、二人で手分けをして調べを進めている。そろそろこの作業にも目途がつきそうなので、次は何に没頭したらいいのか、要は悩みはじめていた。

 集中するローベルトに、チラリと視線を送る。

 透けるような白金の髪と、氷のような色合いの瞳。無機質な印象を与える白皙の美貌。

 けれど要は、外見からは想像もつかない彼の人間らしさを知っている。

 気遣いに溢れているのに、それを素直に表現できない不器用さ。書物以外に興味がないのかと思えば、意外にも人並みの下心を隠し持っていて。しかしそれを攻撃的にぶつけることのない理性と優しさも備わっている。

 ――今まで恋心を弄んできたツケが回って来たんだな、きっと。

 四ヶ国間での争いを防ぐためとはいえ、誰かの心を踏みにじるなど許される行為ではない。

 そんなこと、考えなくても分かっていた。




 目を覚ました時、書庫には暗闇が広がっていた。

 テーブルに置かれた心許ないランタンに浮かび上がるのは、眠る直前まで視界に収まっていた姿から微動だにしていないローベルト。

 あまりに綺麗だったから、寝起きののんびりとした思考のまま、要はしばし見惚れた。彼には静謐な夜が怖いくらい似合っている。

「……目が覚めたのか」

 要の微かな身じろぎに気付き、ローベルトが静かに本を閉じた。

 潜められた声音も、うっすらとした笑みも、暗闇に光る薄青の瞳も、ため息がこぼれそうなほど美しく、要はひたすら鑑賞する。

 たっぷりと時間が過ぎたあとで、寝起きの頭がようやくまともに回りはじめてきた。

 この暗さ、今は間違いなく夜。

 ローベルトはうたた寝する要を起こすことなく、ずっと待っていてくれたのか。いつの間にかブランケットまでかけられている。

「ご、ごめん……っ、私寝ちゃってた。今何時?」

「それほど遅い時間ではないから気にするな」

 ローベルトは問題ないというが、夕食の時間はとっくに過ぎていた。

 半分寝ぼけていた頭が、焦って動きはじめる。慌てて立ち上がろうとする要を、ローベルトが優しく押し止めた。

「疲れていたのだろう。もう少し休んだ方がいい」

「そういうわけにはいかないよ。ローベルトだってお腹空いてるでしょ。すぐに食べれるものはないから、作るのに時間かかっちゃうし……」

「王宮に行けばいい。『絆の扉』があるんだ、追加の物資を仕入れるくらい簡単なこと」

「いやぁ、私はともかく、ローベルトを王宮に帰すわけには……」

 肩に触れていた大きな手が、ぐっと重さを増す。

 目を瞬かせていた要の頬に、彼のもう片方の手がひたりと触れた。

 ソファに押し倒されているような体勢だ。宝石のような瞳が間近に迫っていて――要はまともに息ができなくなった。


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