楽しい旅行へ?
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一週間後。
建国や聖女関連の書物は、ローベルトの協力もあって何とか読破することができた。
やはりこれまで読んできたものと異なり、ウィンターフォレスト王国の国祖と初代聖女が強い絆を育んでいたという内容だった。
瘴気を消し去った十数年後に亡くなってしまったけれど、二人は永遠に結ばれている――の辺りで読むのをやめたくなった。どの国の国祖も初代聖女への愛が重すぎて暴走している。
この伝承の不均一さについて話すと、学者肌のローベルトも興味を示した。要一人で考えても効率が悪いので、彼の知恵も借りられたらありがたい。
ということで、旅行の荷物の中には多くの書物が詰まっている。
ローベルトは大量の本を前に不機嫌さを隠そうともしない。
二人で運ぶにはあまりに大荷物なので当然だ。要はともかく、引き籠もりの本の虫にとっては文字通り荷が重い。
「大丈夫よ。長く持ち歩く予定はないから」
「カナメはそういうが、今日になっても目的地を教えてもらっていないが?」
「うーん。期待させておきながら、もし当てが外れたら悪いかなって思って」
苦笑しつつも要が進んでいるのは、王宮の最奥。
ローベルトはますます訝しげだ。
言い伝えというものが案外あやふやであることを、要は何度も実感している。
初代聖女についてや建国神話。共に瘴気を打ち破ったという四ヶ国の関係が、なぜこうまで険悪なのかは分かっていない。
それは、『絆の扉』とて同じこと。
本に溢れた聖女の間へと足を踏み入れたところで、ローベルトはようやく気付いたようだ。
「お前、まさか……」
「灯台もと暗し、秘密の旅行にちょうどいいでしょ。建国当時について、四ヶ国には偏った意見しかなくても、あそこなら公平な視点での手掛かりが残ってるかもしれないし」
扉の鍵を開けられるのは聖女のみとされているけれど、以前にチェスターが、要の聖紋を無断で使用した。使用することができていたのだ。
もしかしたらと、聖紋を『絆の扉』に近付ける。
書物をかたどった扉の向こうの景色が、ぐにゃりと歪む。要は硬直するローベルトの腕を引っ張り、そのまま思い切って歪みに身を投じた。
「なっ……‼」
ローベルトの声が途切れたのは、驚きすぎて言葉が出ないからだ。
聖女以外扉をくぐれない、というのは固定概念なのではないか。
聖紋さえあれば、そして聖女が招きさえすれば、聖女以外でも『絆の扉』を使用することができるのではないだろうか。
要の予想は当たった。
「よかったよかった。ローベルトも無事通れたね」
「ちょっと待て。お前、俺を実験台に……?」
「細かいことは気にしちゃ駄目」
ヒロインぶって頬を膨らませてみせても、ローベルトの疑惑の目が戻らない。
おかしい。恋は盲目のはずなのに、だんだん効果が薄れているような。
彼の視線をかわすように異空間を早足で歩けば、向こうにぽつりと扉が見えてきた。
聖女の屋敷に戻るのは初めてだが、シンプルながらも清浄な雰囲気を醸し出す純白の扉を、確信をもってくぐる。
一瞬で景色が切り替わり、要達は聖女の屋敷に到着していた。
「聖女召喚時の、あの手間は何だったのだ……」
ローベルトが呆然としながらもぼやいた。
四人の王子が屋敷に集い、召喚された聖女を出迎えるという、あの通過儀礼。確かにわざわざラクダやら馬車やらで往復していたのだから、徒労感は否めないだろう。
「だから細かいことなんか気にしなきゃいいのに。いいじゃない、ここなら二人きり、絶対誰にも邪魔されないんだから」
意味深な台詞に、ローベルトが振り向いた。
彼の薄青の瞳は氷のような色合いなのに、眼鏡越しにも分かるほど熱を帯びている。
命優先で安全な避難場所まで連れてきたはいいものの、要には苦しい状況だ。
邪魔する者のない、完全に隔離された世界。明らかに自分に好意を向けてくる相手と二人きり。自ら作り出した状況とはいえ、非常に気まずい。
好感度のため、ひいては四ヶ国での争いを事前に食い止めるため仕方のない選択だったが、これまで散々あおってきた自覚はある。
ローベルトは雪のような肌をうっすら赤く染めつつ、仏頂面で目を逸らした。
「そ、そうだな。せっかく二人だけの時間だ。ゆっくりと愛を――……」
「さぁ、勉強合宿のはじまりよ! 二人きり、思う存分調査ができるわね!」
「……は?」
彼の動きが止まる。
要は鈍感ヒロインを装って、無邪気に笑った。
ローベルトの好意を踏みにじるのは心苦しいが、悪女に徹すると決めたのだ。
「え? ローベルトも建国当時の事実が曖昧なこと、興味を持ってくれてたじゃない。建国について調査をする以外、この旅行に目的ってあるの?」
いかにも純粋無垢に、下心など一切知らぬげに見上げれば、彼は頭を抱えながら、脱力したのかその場に座り込んだ。
「道理で……一度目を通した本まで持ってきているから、おかしいとは思っていたんだ……」
心なし輝きを失ったように見える銀髪を見下ろしながら、要は心の中で謝った。
聖女について調べるために来たのであって、それ以上でも以下でもない。このあとローベルトが殺されかけるというシナリオを正直に話すわけにはいかないので、他に理由のつけようがなかったのだ。
正妃の生家がセントスプリング国から浄化石を密輸入していたことも、正妃が過去に不義密通を繰り返していたことも、その結果できた子どもが第二王子ということも、のちにそれらが第二王子陣営を追いやる強力な切り札となることも、この世界に来たばかりの要が知り得るはずはないのだから。
――その辺りの証拠は、ゲーム知識があればどうとでもなる。とりあえず立太子の儀が催されるまでの間、ローベルトの身の安全を確保したかった。
これからしばらくは、ローベルトと二人きりでの生活になる。
色々な意味で先が思いやられるけれど、やるしかないのだ。




