ハジメテ ヒロインリョク ガ ツウヨウ シテイル!
今日もよろしくお願いします!
◇ ◆ ◇
結論から言おう。
奴はツンデレだった。
「ピクルスの入ったサラダは口に合わなかったのか? ……何だ、美味すぎて最後まで残していただけか。では追加を持ってこさせよう。この地は冷えるから、ちゃんとスープも飲め。お前の好きなサワークリームも入っているし……ん? ベーコンばかりを拾って食べるな、意地汚い。野菜もしっかり食べねば栄養が偏って――……」
とにかく世話を焼かれるがまま、滔々と続くツンデレトークを聞き流す。
何というか、あっさり三日で慣れた。
ローベルトの嫌みは通常運転なだけ。
悪意は全く籠もっておらず、むしろそれだけ構いたいという心の発露であると分かったため、気にするだけ無駄だった。
おそらく、これまで会ってきた攻略対象の中でも、トップクラスで難易度が低い。
出会いから既にパルクールの虜となっていたイスハークに引けをとらないほど初期好感度が高いというのは、要にとっても嬉しい誤算だ。悪女として篭絡するのが簡単になる。
けれど、積極的に策を巡らせる気は、すっかり失ってしまっていた。
ひたすら胸が痛むのだ。
今さら後戻りなどできないのだから、心を殺して悪になりきるしかないのに。
こぼれたため息を、ローベルトが聞き咎める。
「食事中にため息を吐くなど、マナーがなっていないな。具合でも悪いのか?」
「ローベルト殿下があまりに素敵すぎて、未だに食事を共にすることに緊張が……」
「なっ……何を馬鹿げたことを‼ そ、それに俺などよりお前の方が、う、うつくし……」
簡単だ。簡単すぎて心配になる。
「殿下……いいえ、ローベルト様。私は今日も、あの膨大な量の本を調べないといけないの。また手伝ってくれると嬉しいけど、公務もあるだろうからさすがに無理だよね……」
「フンッ、俺を誰だと思っている! 公務の合間に手伝うくらい、片手間で事足りる!」
「本当? 嬉しいっ。……でも、あんまり無理しすぎないでね?」
「カナメ……お前は、俺のように不愛想な人間をも気遣ってくれるのか……」
駄目だ。良心の呵責に耐えられない。
「ローベルト様……ううん、ローベルト。立太子の儀が執り行われることになったって聞いたよ。ローベルトが努力してきた結果だね。おめでとう。でも、少し寂しい気持ちもあるの。今よりもっと忙しくなるだろうし、ローベルトがすごく遠い存在になっちゃう気がして……だからその前に、一緒に旅行に行かない? 聖女と仲を深めるためなら公務も免除してもらえるんじゃないかな。もちろん、ローベルトさえよければだけど――ね? 二人きり、誰にも行先は打ち明けず、秘密の場所に行くの」
「二人きり……秘密の場所……」
無理だ。鼻を摘んで出血を阻止する姿が、もはや可愛らしくすらある。
要はローベルトににじり寄って、そっと彼の両手を握った。
「じゃあ、約束。私も本を読破しなきゃいけないし、ローベルトも執務の引き継ぎがあるだろうから、一週間後。一週間後に出発ね」
「いいだろう。旅行先はどこにするつもりだ?」
「秘密だよ。私に全部任せて、ローベルトはお仕事頑張ってね」
「あぁ、必ず一週間で全てを処理してみせよう」
「素敵、頼もしいっ」
策を巡らせる必要すらない。
白々しいほどヒロインらしく振る舞う要に、ローベルトは夢中だった。
胸が痛まないわけではないが、無理やりにでも旅行の約束を取り付けられたことは大きい。これは彼にとっても利があることだ。
ローベルトルートで起こる問題というのが、継承争いだった。
彼は第一王子ではあるものの、妾腹なのだ。
一方、第二王子である弟の方は正妃の子とされており、この捻れがウィンターフォレスト王国の王位継承をややこしくしていた。
第一王子を擁立する派閥と、第二王子を神輿に担ぐ派閥。両者間が険悪な関係で、ローベルトの立太子も第二王子陣営に阻まれ続けていたのだ。厄介なことに正妃の掌握する地盤が強い。
今回、ローベルトの立太子が急遽進められた裏には、聖女の存在がある。
聖女獲得に躍起になっているのはウィンターフォレスト王国も同じこと。要とローベルトが順調に関係を深める様子を散々見せつけることで、地盤の弱さを打ち消したのだ。
作戦通りローベルトが立太子することになったものの、これはシナリオ通りでもある。
この後、立太子の儀を中止に追い込むべく第二王子の派閥が暗殺者を差し向け、彼は瀕死の重傷を負うことになるのだ。
シナリオでは聖女の力で一命をとりとめ、献身的な看護で絆を深めるのだったか。
そうしてあり得ぬほど早い復活を果たしたローベルトは密かに動き、正妃の犯した罪の証拠をかき集めていく。自身の暗殺未遂や不義密通、他国との闇取引の証拠などを白日の下にさらし、第二王子派閥を追いやるのだ。
その他国との闇取引というのが、セントスプリング国のチェスターの死に関係しているのだが……その辺りのことは、事前に防げたはずだ。ローベルト暗殺未遂も含めて。
そう。暗殺者すら追ってこられない避難場所――もとい旅行先に、要は心当たりがあった。




