四つ目の国
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逸白と汀との別れを十分に惜しんだあと、要は『絆の扉』に足を踏み入れる。
向かうはウィンターフォレスト王国だ。
ずっと心の中にくすぶり続けていた疑問。
それが氷解した時、頭の中に浮かんだのは初代聖女を中心とした乙女ゲームのパッケージ。
セントスプリング国の国祖と想い合っていたなど、国によって建国当時の詳細が異なっていたのも、恋愛の紆余曲折があったからではと考えれば辻褄が合う。……要からすれば、何とも馬鹿馬鹿しい理由だが。
薄暗い異次元空間を歩いていると、前方に初めて目にする扉が見えてきた。
まるで本の装丁のような、深紅の革でできた扉。
それをじっくり眺め終え、いよいよ扉を開けた要は、またすぐに圧倒された。
視界を埋め尽くしているのは、全て本。天井まである書架を隙間なく埋める本、本、本。
その上、中央に配置された大テーブルや文机の上まで本がうず高く積まれている。本の洪水という表現が相応しい光景だ。
そして、書架にかけられた木製の梯子から、要を見下ろす者がいた。
「――聖女か」
不機嫌そうに鼻を鳴らしたのは、ウィンターフォレスト王国の第一王子ローベルト・スミルノフだった。聖女の屋敷でも会っている。
ローベルトは相変わらず神経質そうな雰囲気だ。
見事な白金の髪は清潔に切り揃えられ、貴族然とした衣装を隙なく着こなしている。鋭い美貌に縁なしの眼鏡をかけ、眉間にはシワを刻んでいた。
眼鏡越しに、淡い青色の瞳が要を射貫く。
「サマートル騎士国の王子を選んでおきながら、すぐにセントスプリング国へと乗り換えたと聞く。秋華国にも行ったらしいな。それで、次はこの俺を誘惑するつもりか?」
いきなり嫌味をぶつけられ、要は閉口した。
――感じわっる……。
上澄みの情報だけで他者を判断するなんて。
学術を愛する国であるウィンターフォレスト王国の第一王子がこれでいいのか。攻略しなければならないと分かっていてもげんなりしてくる。
――そうだった……。謎が解けたところで、攻略対象を落とすって目的は、変わらないんだ……。
謎が解けても、戦争を止める手立てにならないかもしれないのだ。確実な平和のためにはローベルトの攻略も必須。
冷淡で神経質な彼は一見攻略が難しそうだが、根気強く話しかけ続ければ自然と好感度が上がったはず。今のところ誰一人まともに攻略できていないので、要個人の好き嫌いなど構っていられない。
――今さらだけど、やっぱり悪女は無理があったわよね……。小悪魔くらいならいけるか? あれ、不思議と難易度が跳ね上がった気がする……。
男性の心を翻弄する魅力的な若い女性。
これだけでも現代社会で批判されそうな表現が含まれているのだから、心のハードルもぐんと上がるというもの。もう何もかも全部丸ごと社会のせいということにしておこう。
要はこっそり息をつき、気持ちも新たにローベルトと向き直った。
「ローベルト殿下、お久しぶりにございます。改めまして、堀内要と申します。殿下が覚えていてくださって光栄です」
「猫を被らなくてもいい。『聖女パンチ』などという奇想天外な技についても聞き及んでいる」
せっかく対人スキルをいかんなく発揮して、愛想良くしたのに。
出鼻をくじかれ、要の頬は痙攣が止まらない。
「俺は本を読むのに忙しい。相手をしている暇などないから、侍女を呼び出そう」
ローベルトは素っ気なく身を翻すと、聖女の扉の間を出ていく。
素っ気ないわりに、しっかり侍女を呼びに行ってくれるのか。嫌みを言ったかと思えば丁重にもてなそうとするとは、何とも忙しいことだ。
それにしてもと、要は周囲を見回した。
御多分にもれず文字は解読できる。背表紙にざっと目をすべらせれば、『初代聖女の名言録』『聖女の遺した奇跡とは』『知恵と聖女』『聖女にまつわる小話集』『禁足の森に眠る人』――聖女という単語がやけに目に付く。
「聖女の扉の間だし、もしやと思ってたけど……これ、全部聖女関連の書籍?」
クラリと目眩がする。
建国当時の資料や、瘴気とは何か。知りたいことは聖女に関わっているのだから、要はこの広い部屋にある全ての蔵書に目を通さねばならないらしい。
一年……いや、数年はかかるかもしれない。
再会を約束した逸白や汀の顔が走馬灯のようによぎっていく。
絶望に打ちひしがれていると、ローベルトが聖女の扉の間へ戻ってきた。
「すぐ昼時だ。食事を用意するからついて来い」
「いえ……何だか今急激に食欲がなくなったから、どうかお気遣いなく……」
「フン。他の国では厚遇されていたのに、我がウィンターフォレスト王国でのもてなしは断るというのか? 食欲がないというならなおさら体に差し支える。俺が共に食してやるからさっさとついて来い」
「えぇー……」
食事を断るどころか、ローベルトと食べることになってしまった。状況はむしろ悪くなっているし、いらぬ気遣いだ。意外に世話好きなのか。
冷淡で神経質のはずが、強引で俺様気質。設定と違うのは初めてのことではないので、もう今さら驚かないけれど。
どうせ嫌がっているとは考えもしないのだろうと思えば、諦めてついて行った方が早い。
要は半ば魂を飛ばしながら、我が道を行く背中を追うのだった。




