近付く真実
今日もよろしくお願いします!
「そういうこと、なの……?」
「要?」
神妙な呟きを落とす要に、逸白が問いかける。
頭の中で弾き出された答えを確かめるため、首を傾げる彼に向き直った。
「ねぇ、確かウィンターフォレスト王国って、知識の国よね? 古代の失われた魔術や聖女の奇跡の力を、国を挙げて研究しているって聞いたわ」
「あぁ。それが現在の、知識の森という呼称に繋がっているのだとか」
「やっぱり……いや、先入観は禁物ね。ちゃんと調べてから――……」
要は思考に区切りをつけると、逸白の瞳をしっかり見つめ返した。
「私、ウィンターフォレスト王国に行くわ」
彼は表情こそ変えなかったけれど、僅かに体を強ばらせた。短い付き合いでも動揺の表れと分かる。
要は、真意がねじ曲がって伝わらないよう、真摯に説明を重ねる。
「どうしても調べなきゃいけないことがあるの。隣り合う国同士なのに、なぜ四ヶ国の関係はここまで悪いのか。建国当時の詳しい資料、聖女や瘴気についても……知識の森と呼ばれるウィンターフォレスト王国に行けば、きっと何か分かるはずだから」
少しは心が近付いたのだろう。
だからどれだけ言葉を連ねても、濡れたように輝く瞳の奥に、隠しきれない寂しさがあるのだ。逸白自身より雄弁な瞳が可愛らしくさえ感じた。
「言っておくけど、これが今生の別れになるわけじゃないわよ。真実が分かったら逸白にも聞いてほしいし――できることなら協力してほしいの。あんたには、この秋華国の国祖について調べてほしい」
頼みごとをした途端、彼の目から光が失われた。
「……私は、ぐうたら過ごすことこそ、己の存在意義であると、考えている」
ずっと沈黙を保っていたのに、ここぞとばかりに決意表明をはじめようとする逸白は、やはり怠惰を極めている。少しでも怠けるためなら言葉を惜しまない、その姿勢はさすがだ。
要は頭痛を覚えてこめかみを押さえた。頭に刺さった翡翠の櫛や珊瑚の簪が重すぎるからと思おうにも、切々とした訴えは止まってくれない。
「国祖のことならば、ウィンターフォレスト王国でも、十分に調べることは、可能……」
「はいはい。言いたいことは分かるけど、労働を分散しようって優しさはあんたにないのね。まぁ、好感度が……いや、そこまで好かれてないのは分かってたけど、想像以上にはっきりと難色を示してくれるじゃない。――汀」
「――ここに」
逸白の好感度が上がりきっていないのだから仕方がない。要が奥の手を呼び出せば、即座に応じる気配があった。
背後に音もなく現れた女官長の姿に、もはや驚くことはない。彼女は女官というよりほとんど忍に近いのではないだろうか。
忠実な部下のごとき顔で拝礼をしている汀に、要は逸白へしたように簡潔に別れを告げた。
「私はしばらくこの国を離れるわ。その間この面倒くさがりが、さぼらず調べものをしてくれるよう、汀が見張っててちょうだい」
「救国の聖女様のご随意に」
「――急激に堅苦しいわね」
霊峰の浄化を成し遂げたからか、彼女は一事が万事この調子だ。
このまま別れてしまうのはあまりに切ないと、要は汀の前に膝をついた。
頬に手を添え、頭を強引に上げさせる。そこにはいつも通り、感情を隠すためのたおやかな笑みが張り付いている。
「あんたと別れるの、寂しいわ。もっと色んなことを話したかったし、遊びに行ったりもしたかった。城下とか、甘いものを食べに行くのもいいわね」
「要様……わたくしとて……」
頑なに聖女呼びをやめなかった彼女の唇から、本心がこぼれ落ちる。
泣きそうなのに、よくぞここまで隠し通したと、思わず笑ってしまう。
「でも、必ずまた会いに来るから。お楽しみはその時までとっておきましょう」
約束をすれば、汀の顔にようやく心からの笑みが浮かんだ。
「――はい」
「その時は汀がおごってね。私、この世界の通貨は持ってないの」
「……皇子殿下からせびりましょう。要様ならば必ずや成し遂げられます」
「堂々と恐ろしいこと言うわね。しかも本人の前」
要と汀が同時に振り返った先、逸白が珍しく渋い顔をしていた。
「そなたらは、まことに仲がよいな。ともすれば、汀を理由に秋華国に留め置くことができるのではと、よからぬ画策が生まれそうだ」
確かにそうかもしれないと思ったので、要は否定せず頷いた。
「そりゃね。この国の誰よりも汀と一緒にいる時間が長かったし、何より断然楽しいもの」
寒々とした沈黙が下り、要は首を傾げた。なぜか空気が重くなっている。
真っ先に口を開いたのは、なぜかぐったりとしている汀だ。
「……まず要様は、色ごとに関する指南を受けた方がよろしいかと」
「あれ? え? 何これ、異世界に来てまで恋愛回路死んでる判定?」
悪女となるべく努力を全否定された。薄々気付いていたが、ここまで向いていないとは。
「迂遠な表現では伝わらない。とても勉強になりましたね、殿下」
「なかなか言うようになったな、汀よ」
不思議と結束を深めている二人に若干疎外感を覚えながらも、要は次に取るべき行動を考える。
皇帝にも世話になった礼を伝えたいが、くれぐれも別れを惜しむ宴などというものを開かないよう言い含めねばならない。出発の予定が滞る。
要はふと、中空に浮かぶ月を見上げた。
清かに輝く三日月は地球と変わらないように思えるけれど、ここは異世界なのだ。
異世界。攻略対象がいるし、ヒロインなら彼らの好感度を上げることもできるけれど、現実を生きる人達が確かに存在している世界。
……それでも、ここはゲームに沿った展開が起こる世界でもある。
サマートル騎士国は、その名の通り騎士が興した国だ。セントスプリング国は今でもユリア教を信仰する神官達の国。
秋華国の国祖は世に名が轟く大豪商だった。そしてウィンターフォレスト王国は、魔術など失われた奇跡を追求する学徒が集う知識の国。
騎士、神官。商人、そして魔術の知識が集まる国――魔法使い。
ゲームの世界。
そう、そこまで乙女ゲームにはまっていなかった要が把握していないだけで――この世界観がゲームの続編、という可能性もあるのではないだろうか。




