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クソゲー世界の聖女になってしまったので、救国の悪女を目指そうと思います!  作者: 浅名ゆうな


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その聖女は黄金の闘気をまとっていたとか

おはようございます!

今日もよろしくお願いします!

 外に出て、すぐに異変を察知した。

 城下に住む民が、そこかしこで不安げにしている。彼らの視線を追うと、峻厳な山の頂付近が、黒いもやに覆われているのが見えた。

 一目でそれが霊峰だと分かる。

「瘴気が……肉眼でも見えるほどに、濃くなってるってこと……?」

 地面を揺らすほど強力なのだ、おかしくはない。

 だが、なぜ霊峰とされる場所に瘴気が巣食っているのだろうか。

 ゲーム通りの展開とはいえ、これもまた新たな違和感だった。

 今思えば、サマートル騎士国に現れた魔物だって王宮を襲撃するような動きを見せていた気がする。セントスプリング国でも、国を動かすほどの権力を持つ大司教に憑りついていた。

 そして今度は、一部の山岳の民が信仰する霊峰。

 まるで、瘴気自身が意思をもって、影響力の強い部分を狙っているようではないか――。

「あぁ……洛山が穢れていく……‼」

「凶兆よ、これは凶兆に違いないわ‼」

 誰かの声で要は我に返った。

 事態は切迫しているというのに、他のことを考えている暇などなかった。今や人々の顔は絶望に彩られている。

 要は頭を振って雑念を払うと、いつものようにこぶしを固めた。

 浄化を、人々が救われることだけを考える。そうすれば、次第に力が集まっていくのが分かった。

 大いなる力によって要のこぶしが淡く輝きはじめ、その光は少しずつ全身へ広がっていく。

 頂上付近まで登っている時間はない。

 これは、火山の噴火を食い止めるために編み出した必殺技だ。

「聖女パンチ――遠隔‼」

 あの国民的少年漫画もかくや。

 要のこぶしから放たれた衝撃波が光の球となって、山の峰へと向かっていく。

 このままでは山ごと吹き飛ばしてしまうのではという勢いだったけれど、聖女の力はあくまで浄化の力。穢れ以外には作用しない。

 浄化の光が黒いもやにぶつかった瞬間、爆発的な風が辺り一帯に吹き荒れる。

 思わず目をつむるほどの暴風。だがそれは清浄な風で、むしろその場に居合わせた者達の恐怖や不安を一掃していくもの。

 いつの間にか黒いもやは消えていた。すっきりと晴れた青い空を背景に、霊峰は元の美しい姿を取り戻している。

 直前までの不穏な空気はどこにもなく、そこにあるのは豊かで美しい秋華国の、日常の風景だった。

 要は安堵の息をつきながら笑う。

 無事に秋華国を救えた。

 イベントが起こる前に解決することができたからには、今後苦しむ人や餓死者も出ない。完璧な解決方法だった。

 笑顔で振り返った要は、己の過ちに気付く。

 不安そうに山を見上げていた者達が、今度は恐怖の眼差しで要を見つめていた。

 ざっと血の気が引くのを感じた。

 まずい。

 陽気なサマートル騎士国では聖女の偉業として問題視されなかったけれど、『聖女パンチ』などという未知の力は、普通の感覚を持つ人からすれば恐怖の対象でしかない。

 彼らは一様に怯えている。得体の知れないものが黒いもやではなく、要になっただけだ。

 ――終わった……。

 異世界に迷い込んだことで、やはり要も普通の基準というものを見失っていたのだろう。

 大司教を誘惑する場面を見られ、チェスターに軽蔑された時と一緒だ。

 彼らはこのあとに起こるストーリーを知らない。

 大司教が戦争を起こそうと画策していたことも、飢饉のことも、事前に防げば全てなかったことになってしまうのだ。

 ましてや、誰にも説明をしていなかったのだから、理解を得られるはずもなかったのに。

 人の輪から外れぬようにという強迫観念に囚われて生きてきた要にとって、遠巻きにされることは恐怖だった。笑顔が引きつる。弁明も喉を張り付いて出てこない。

 その時要を救ったのは、聞き覚えのある笑い声。

 あまりにおおらかな声だったので、誰もが無意識に視線を向ける。

 そこに立っていたのは――秋華国の民なら知らぬ者などいない、英邁と呼び声高い第五皇子、逸白。

 普段表情に乏しい彼が、穏やかな笑みを浮かべている。その麗しさは人々の心を惹き付けるには十分だった。

 彼は注目を一身に集めると、悠然と歩きだす。

 まるで舞台役者だ。

 逸白が歩み寄れば、彼に向けられていた好意的な視線が要にまで及ぶ。自身の好感度の高さを分かった上でやっているのだ。

「全てこぶし一つで解決してきたとは、恐れ入る。サマートル騎士国やセントスプリング国において、規格外の力で活躍したというのは真であったか」

 穏やかな眼差しで要を見つめていた逸白は、次に街の人々を振り返った。

「みなもそう思わぬか? ここ最近の地震は、あの黒いもやがもたらしたもの。あのままにしておけば洛山は噴火していたかもしれぬ。人を焼き、大地を焼き尽くしていただろう。今彼女が我が国にいたことこそ、神が我々に与えたもうた奇跡である」

 彼の言葉に影響され、街の人達も我に返ったかのように頷き合う。

「そうよ、洛山の穢れを払ってくださったあの方は、紛う方なき聖女様だわ! 私達のために浄化してくださったのね! ――物理的にだけど!」

「あ、あぁ! 聖女様は霊峰を守ってくださったのさ! ――こぶしでだけど!」

 何だか語尾がいちいち気になるけれど、要は一先ず息をついた。

 逸白のおかげで畏怖の眼差しは完全に消え去り、周囲の笑顔も戻りつつある。

 先ほど要が吐いた本音を、彼なりに真剣に受け止めてくれたのかもしれない。奇天烈呼ばわりだけは未だに引っかかっているが。

 顔を上げると、逸白も要を見つめていた。

「……恐怖されるよりはましだけど、称賛されすぎるのもやっぱり居心地悪いわ」

「普通ではないそなたへの、ごく正当な評価だ」

「とことん普通じゃないって強調してくれるわね」

 感謝と怒りが絶妙に入り混じり、逸白へ向かう感情は複雑だ。

 それでも笑みを浮かべていられるのは、彼が隣にいてくれるからなのかもしれない。


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