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クソゲー世界の聖女になってしまったので、救国の悪女を目指そうと思います!  作者: 浅名ゆうな


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違和感の欠片

よろしくお願いします!

 案内された先には、それなりの規模の書庫があった。書庫と形容することすら難しいサマートル騎士国よりは大きく、セントスプリング国より小さい。

 薄暗い空間に墨の匂いが充満しており、肺いっぱいに息を吸い込むと落ち着く。確か古代中国といえば、紙が発明された地だったはず。

 小学生の頃、友人に誘われ書道教室に通っていたことを思い出しながら、早速文献を調べはじめる。

 汀から預かった書物は巻物のかたちをしていた。一つひとつ丁寧に広げては、そこに記されている情報を読み取る。

 どの国の文字も読めるというのは、何とも面白い感覚だった。

 サマートル騎士国やセントスプリング国、秋華国では、それぞれ使用されている言語も文字も違う。

 それなのに、考えるより先に頭が意味を理解しているのだ。

 非常に便利だが、文字を書く練習をするなら少々厄介かもしれない。無意識に解読しているので具体的な字体すら思い浮かばず、ただ何となく違うとだけ認識しているような感覚だった。

 秋華国の建国当時の資料を読み進めた要の感想は、セントスプリング国ほどではないにしても、なかなか脚色されているといったものだった。

 神話にはなっていないけれど、やはり偉大なる国祖を称え、惜しくも鬼籍に入ってしまった初代聖女を心から哀悼している。

 肥沃な大地と温暖な気候を持つこの地は、周辺四ヶ国の食糧庫と言ってもいい場所だ。それが瘴気の蔓延によりやせ細り未曽有の危機にさらされるかと思いきや、初代聖女は奇跡の御業で緑を甦らせた。

 いたく感激した国祖は、この地を守り続けることを誓い、秋華国を造り上げたのだとか。

 元々大陸中にその名を轟かせる大豪商でもあったので、独自の販路を駆使し、飢饉になりかけていた国をあまねく救ったという国祖の人柄が窺える。

「ふーん……秋華国の国祖って、王族とかじゃなく商人だったのね。何か意外……」

 セントスプリング国も国王とは名ばかりで、聖王という称号で呼ばれる一人の神官だった。サマートル騎士国の国王も脳筋一派だったし、秋華国の国祖が商人であっても何ら不自然ではないか。

 先ほど汀は、逸白の政策は必ず大きな利益に繋がっているのだと説明していた。尊敬こそすれ、怠惰な彼を批判するような国民は一人もいないとも。

 にわかには信じがたかったけれど、国祖からして商人であったなら頷ける。何とも現金な話だが、国全体が利益追求に貪欲な風潮なのだ。

「……ん? 商人?」

 なぜだろう。

 今、何かが引っかかった。

 これまで違和感を抱いていたことへの取っ掛かりのようなものが掴めそうな気がしたのに、途端に手の平をすり抜けていってしまう。もどかしさに胸がもやもやする。

「――あら?」

 考え込んでいた要の耳に、汀の呟きが届く。

 我に返って振り仰げば、彼女は慌てた様子で口を押さえた。

「あぁ、たいへん申し訳ございません。少々地面が揺れたような気がして……」

 足元に神経を集中させると、確かに微かな揺れを感じる。

 揺れは十秒ほど続いたが、やがて鎮まっていった。その後に本震が来る気配もなく、穏やかな昼下がりが戻ってくる。

「本当に申し訳ございませんでした。聖女様の思索を邪魔してしまい――……」

「いいの。教えてくれて助かったわ」

「聖女様……?」

 重々しく返すと、汀は不思議そうにしている。

 要は、急速に神経が冴え渡っていくのを感じた。

 今は些細な疑問を気にしている場合ではない。

 シナリオ通りに展開するだろう秋華国での問題に、集中しなければ――。


   ◇ ◆ ◇


 二週間ほど平穏な日々が続いた。

 特に目新しい記述はなくても、要は建国に関する資料を読み進めていた。

 太ももの上では、いつものように逸白が微睡んでいる。相変わらず好感度が上がっている気はしないが、寝心地だけはお気に召したらしい。

 要も最近は慣れたもので、本を読んだり茶を飲んだりと有意義に過ごしていた。

 会話もなくまったりとしていれば、本当に愛犬か何かと暮らしているような気分になってくる。

「うちの赤子は本当に大人しいわね」

「うむ」

 乳幼児扱いをされても腹を立てないのだから、彼の怠惰癖もだいぶ重症だ。今日は起きている分まだましな方だろう。

 ――聖女と皇子を親密にするっていう思惑をいいことに、ただ怠けているようにしか見えない……。

 未だに互いについて語り合う機会がないので、もしかしたら膝枕という接点がなければ、逸白とは一切交流できていなかったかもしれない。膝枕をすれば好感度が上がるという要の思い込みも、あながち的外れではなかった。

 けれど要は、こうして逸白とのんびり過ごす昼下がりを、思いのほか心地よく感じていた。

 いつまで続くか分からないのに、平和を享受してしまうのが人の性。本当は、何も考えずにいられる時間があることを、感謝しなければならないのに。

 開いた半蔀から温かな風が吹き込み、要は外に視線を向けた。

 年間を通して穏やかな気候の秋華国では、いつでも緑の鮮やかさが眩しい。

 墨ではいたような白い雲が棚引く蒼穹に、子どもの元気な声が響く。彼らが走り回る田畑のあぜ道には、黄色や白色の花が咲いていた。

「いい国よね……」

 ぽつりとこぼした要の呟きに、吐息のような笑い声が応える。

 意外に思って見下ろすと、逸白は切れ長の目を細めながら微笑んでいた。

 慈しみに満ちた優しい表情。漆黒の瞳を見れば、彼が国へと傾ける思いが伝わってくる。

「この国が、好きなのね」

「守りたいと、思っている。民が、いつも笑っていられるよう」

 怠けること以外にも、饒舌に語ることがあるらしい。面倒くさがりの逸白が、それでも政務に携わっている理由が分かった。

「赤子から、優しくて思いやりのある幼児くらいには成長したわね」

「うむ」

「やっぱり否定しないのね。もういいけど」

 もはや人となりを理解しているから驚きはない。

 そうして穏やかな沈黙を楽しんでいると、珍しく逸白から口を開いた。

「……そなたには、申し訳ないと思っている」

 彼は、半蔀から垣間見える景色を眺めるような何気なさを装っていた。

 だからあえて問い返すことはなかったけれど、漆黒の瞳には何も映っておらず、ただ憂いのみが浮かんでいるようだ。

 続きを促すように逸白からの言葉を待つ。

 やや間を置いてから、彼はようやく吐露した。


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