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クソゲー世界の聖女になってしまったので、救国の悪女を目指そうと思います!  作者: 浅名ゆうな


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秋華国での過ごし方

いつもありがとうございます!


 逸白が何を言っているのか、理解できなかった。

 眉一つ動かさない鉄壁の無表情と、耳が痺れるほど美しい低音のせいだ。ものすごく真面目な話をしているように一瞬錯覚する。

 もしや彼は今、是と言ったのだろうか。

 まじまじと見つめても感情はさっぱり読めず、やはり聞き間違いだったのではと思いはじめた時、逸白が動いた。

 おもむろに腰を上げ、さらに近い位置に座り直す。上体を傾け、そっと頭を横たえたのは……要の太ももの上だ。

 密かに見守っていた周囲の人々の、息を呑む気配が伝わってくる。

 要だって叫び出したい心境だ。自分で言い出しておいてこれはどういう状況なのか。

 鳴りやまない心臓を無理やりに押さえ付け、詰めていた息をゆるゆると吐きだす。吐息が彼を不快にさせないようにという最大限の配慮だ。

 整った容貌は、瞳を閉じるとどこかあどけない印象に変わる。呆けて綺麗な顔を鑑賞していた要は、あることに気付いた。

 ――ね、寝てる……。

 逸白は完全に寝入っていた。

 膝枕開始から五分と経っていないだろうに、驚異の睡眠導入力だ。

 適当な言いわけだったけれど、もしかしたら本当に疲れていたのかもしれない。

 要は恐るおそる、彼の漆黒の髪に触れてみる。

 年上だが、眠っているとずいぶん可愛らしい。

 何だか穏やかな気持ちになって、思う存分硬質な髪の手触りを堪能する。

 足が痺れて動けなくなるまでの僅かな時ではあったものの、要は己に課した使命を束の間忘れた。

 

   ◇ ◆ ◇


 寡黙で温厚なキャラクターという設定は間違っていないはずだが、歓迎の宴で逸白に膝枕をした際、要は一抹の不安を感じていたのだ。

 果たして、ゲーム内での好感度は、なぜ上がったのだろうかと。

 元々聖女に対し好意に近いものを抱いていたからこそ、より親密でないとできない膝枕が嬉しかったのか。それとも単純に膝枕が好きなのか。

 もっと言えば――膝枕をしてくれるなら相手は誰でもよかったのではないか、と。

 杞憂ならいい。

 けれど互いについて何一つ語り合うことなく、定期的に用意された時間をただ膝枕をするだけで潰され続けると、嫌な予感が的中してしまったと断じざるを得なかった。

 逸白は、単純に眠いだけ。だるいだけなのだ。

 ――これ……好感度上がってるのかな……。

 彼を攻略したい悪女の要としては、遠い目にならずにいられない。

 ゲームでは、たまたま膝枕をしたタイミングで好感度が上がっただけだったのかもしれない。どう考えたって、膝枕で人を好きになるはずがなかった。

 秋華国を訪れて五日目。

 今のところ一つも進展がない。

「逸白さんや……」

「聖女様。仲睦まじいのは結構ですが、敬称をつける必要はございませんよ」

 つい縁側で日向ぼっこをする老年夫婦のような気になって話しかけると、居室の隅に控えていた汀から叱責が飛ぶ。相変わらずの口うるさいスタンス。

 けれど、波長の合う彼女がいてくれて、救われているのも確かで。

「逸白、あんたっていつ会っても眠そうね」

「うむ」

「聖女と親睦を深めるためのこの時間も、実は義務感でこなしてるだけでしょ」

「うむ」

「実は結構面倒くさがりよね」

「うむ」

「そういえば書庫に行きたいんだけど、初代聖女に関する文献って残ってる?」

「うむ……」

 この通り、逸白とは会話が成立しないのだ。

 要は耐えられなくなって、存在感を消していた汀を振り返る。

 彼女は頭を抱える素振りで口を開いた。

「聖女様であられるのですから、もちろん書庫への入室も可能です。ご所望の文献に関しましても所蔵されている位置はわたくしが把握しておりますので、ご案内いたします」

「汀……あんたと仲良くなれて本当によかったわ」

「できることなら、わたくしではなく殿下と親しくなっていただきたいのですが」

 要はすっかり慣れた黒髪に指を通して遊んでいたが、次に頬を突きはじめる。

「どの国でもそうやって恋愛沙汰を求めてくるけど、ここまで怠惰な皇子は初めてよ。逸白は第五皇子とはいえ、こんなに働かなくていいの?」

 悪戯な指先が、うたた寝中の逸白に捕まった。

「しゃべるのも……億劫……だから……」

「なるほど、社会生活全般が向いてないわけ。皇族に生まれて命拾いしたわね」

「あぁ、おかげで毎日怠惰に過ごすことができて喜ばしい限りだ」

「うわ急に目が開いた‼ あと怠けることに関してだけ饒舌‼」

 ぐうたらもここまでくるといっそ真摯に勤しんで見えるから不思議だ。

 顔にも一切出ていないから、泰然自若と構えているように見えなくもない。

「――失礼いたします、皇子殿下」

 彼が目を覚ましたタイミングで室を訪れたのは、国政を担う壮年の文官だった。

 何でも逸白に判断を仰ぎたいようで、いたく恐縮した様子で頭を下げている。

「……行ってくる……」

 逸白は大儀そうに立ち上がると、暇を告げ居室を出ていく。

 彼の背中を見送り、要はしばし呆然とした。

 政に携わっているのは知っていたが、そこまで必要とされていると思っていなかったし、何より怠惰を極める逸白が少しも粘ることなく応じたことが意外だった。

 目を白黒させている要に、汀が笑いかけた。

「怠け者に見えますでしょうが、国民からの人望篤い方でいらっしゃいます」

「えぇ? 税で悠々と暮らしてるって、国民からすれば最低じゃない?」

「とても優秀な皇子ですから、みなが誇りに思っておりますよ」

 汀によると、逸白はああして政務に引っ張り出されることが多いらしい。そうして彼が提示した政策は、必ず大きな利益に繋がっているのだとか。

 そのため皇族としての公務を拒んでも、威厳なく怠惰に過ごしても、彼を批判するような輩は一人もいないという。

「一人もって、それはさすがに誇張してるでしょ」

「いいえ。殿下はそれほど稀有なお方なのです」

 尊敬の窺える発言に、要は反論を失った。

 足が痺れないよう体勢を変える際、威厳も何もあったものではない姿で文句を呑み込む逸白を知っているだけに、想像が追い付かない。要からすればただの怠け者だ。

 ――まぁ、顔だけで聖女の伴侶候補に選出されるなんて、あり得ないか……。

 要は気持ちを切り替えて立ち上がった。

 今日も頭の位置を好き勝手に動かしたおかげで、疲労感は微塵も残っていない。

「夕餉まで時間が空いたし、せっかくだから書庫に行きましょうか」

 次の行き先に予定していたウィンターフォレスト王国ではないけれど、秋華国にも過去を紐解く鍵が隠されているかもしれない。

 汀は即座に応じ、要の先導をはじめた。


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