次なる行き先は
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チェスターに『絆の扉』に押し込まれ、要は尻もちをついた体勢のまま異次元にて考える。
セントスプリング国に繋がる扉は目の前に残っているから、戻ることは可能だ。
けれど別れた時のチェスターを思い出せば、とても引き返す気にはなれなかった。今戻ったら絶対零度の笑みで出迎えられることは想像に難くない。
「えぇと、うん。序盤までだけど、ちゃんとチェスタールートも攻略できてたみたいだし」
自分に言い聞かせながら立ち上がると、要は別の方向へ進んでみることにした。
既に目視できる場所に扉が出現している。枝葉に覆われた、不思議な扉だ。
長年放置された廃屋にでも繋がっていそうな佇まいだが、いずれかの国へ繋がっていることは確かだ。要は勇気を出して扉をくぐった。
一瞬にして景色が変わる。
朱塗りの柱が目を惹く明るい部屋は、陶磁器や掛け軸など装飾品で溢れていた。セントスプリング国の静謐な雰囲気とは趣が異なり、贅を凝らした雅やかさに圧倒される。
ここは、秋華国のようだ。
「――聖女様」
「ひっ」
呆然としている内に、いつの間にか女官達がうち揃って礼をしていた。
音もなく忍び寄られた要はギョッとしたが、彼女達は聖女の出迎えだろう。一先ず丁重にもてなされることにする。
「あの、堀内要といいます。しばらく滞在したいと思ってますので、どうぞよろしくお願いします」
「聖女様。お名前を賜りまして恐悦至極に存じますが、聖女様におかれましてはわたくし共への気遣いは一切ご無用にございます」
他の女官より一歩前に出ていた女性が、淑やかに微笑みながら答える。
「わたくし共が誠心誠意、聖女様にお仕えいたします。何かございましたら、いかようにもお命じください。どうかごゆるりと、この実り豊かな秋華国にてお過ごしくださいませ」
最も位が高いだろう彼女が再び頭を下げると、全員が一糸乱れぬ跪拝をしてみせた。
絢爛豪華な居室に圧倒されたように、彼女達の美しい挙措にも居心地の悪さを感じた。心からの敬意が伝わってくるからこそ、一般庶民にはむず痒い。
それから女官達は要の身ぐるみを剥がし、漢服という中華風の着物を着付けた。鮮やかな翡翠色の衣に淡い白藍を重ねたもので、甘すぎない配色は要にも嬉しいものだった。
そうして、あれよあれよという間に聖女歓迎の宴がはじまった。
朝廷の中でもごく一部のみが集まっているのだろうが、これまでになく注目にさらされる。
今まで滞在初期は徹底的に秘されてきたから、初めての状況だ。
ちなみに広間の最上段に座らされるまで、要は一声も発していない。何かを話す暇さえなく、気付いた時には宴に参加していたのだ。女官達の手腕が暗殺者顔負けだった。
――展開が早すぎてついていけないし、明らかに偉いだろう人達にへりくだった挨拶をされても、何て答えればいいのか分からないし……。
こうなることが分かっていたから素性を隠し続けて、聖女らしい扱いを避けてきたのに。
高官を前に固まってしまった要の困惑を感じ取ったのか、背後に控えていた位の高い女官がすかさず耳打ちをした。
「何も答えず、表情も動かさず、ただ小さく頷くだけで結構です」
言われた通りに動くと、高官は辞去の挨拶をして下がっていった。
単純に顔は固まって動かないだけだし、緊張で声も出せないだけだ。
けれど要はそのまま、引きも切らない挨拶の列を機械的にさばいていく。
列が途切れたところで、要は女官を振り返った。
「無理なんだけど。無理なんだけど」
「お言葉を二度繰り返されたことで、どれほど苦痛に感じていらっしゃるのか十分に伝わってまいります。ですが、もう少々ご辛抱を」
「『いかようにもお命じください』って言ってたのは嘘だったの」
「聖女様にお心安くお過ごしいただくために、必要な過程なのです」
「うわ、もう、この短いやり取りだけであんたがどんな人なのか分かってきた。文句は言っていいけど我慢しろってやつでしょ。理不尽すぎる」
「聖女様、お顔は崩さずお願いいたします」
両者共に声音を潜め、表情は一切動かしていない。それでも人となりは十分に把握できたと思う。お互いに。
要達はしばらく真顔で見つめ合うと、示し合わせたかのごとく、同時に完璧な作り笑顔を浮かべた。
「……そういえば、まだあなたの名前を聞いていなかったわね」
「名乗るのが遅くなってしまい、たいへん申し訳ございません。わたくしは汀と申します。この度、聖女様にお仕えする筆頭女官の地位を賜りました」
「汀、あなたとは仲良くなれそうな気がするわ」
チェスターとまではいかずとも、彼女もかなりの癖者。要はしかと頭に刻み込む。
その後の宴の場違い感は、いかに汀をやり込めるかと策を練ることで意識せず乗り切ることができたため、相性はそう悪くないと思っている。皇帝一家が挨拶に来た時はさすがに緊張したが。
その中に、攻略対象の陵逸白もいた。
秋華国の第五皇子。黒髪に黒い瞳の涼やかな美貌を持つ彼は確か二十歳で、あまり感情が揺らぐことのない寡黙で温厚なキャラクターだ。
召喚されて以来久々の再会ということで周囲がいらぬ気を利かせ、要は逸白と並んで座ることとなった。秋華国でも聖女と皇子を結婚させようという思惑はあるらしい。
人を遠ざけられ、ひたすら沈黙が続く。
立派な悪女となるため積極的に会話を試みようとするが、逸白は目すら合わせようとしない。彼の秀麗な横顔からはどのような感情も窺えなかった。
――今までで一番、攻略が難しそう……。
優秀な皇子で、まだ若いのに政に携わるようになって長いという設定だったか。
相手は既に成熟した大人だし、誘惑に簡単に乗るとも思えない。ゲームではどのように好感度が上がっていたのか、懸命に思い出してみる。
――そうだ。確か……。
要は記憶を頼りに口を開いた。
「逸白様、膝枕でもいかがですか?」
へらへらと作り笑いを浮かべながらも、自身の無謀さに頭が痛くなる。
ゲーム中、好感度が上昇するのがこの膝枕イベントだったのだが、いくら何でも話を持ちかけるタイミングが悪すぎた。
初対面で、話も弾んでいない状態で、宴席で。
脈絡もなくこのような提案をすれば、尊い聖女とはいえ不審に思われても仕方ない。
さすがに膝枕は無理があったと、要は焦って言いわけをはじめる。
「あの、突然失礼いたしました。逸白様がお疲れのように見えたので、わざわざ歓迎の宴を開いていただいた身としては申し訳なく、せめて何かできることはないかと……」
「では、頼もう」
「…………………………え?」




