腹を割って話してみる
今日もよろしくお願いします!
要は深々と息を吐き、投げやりに口を開いた。
「……あの時、あんたが笑わなかったから」
他人からすれば何てことのない、けれど要にとって重い意味が込められていた弱音。
いつだって気に入られる自分を装っていたこと。そのため様々なことに中途半端に手を出していたこと。全て自分の弱さからくるものだと分かっていたのに、変わることができずに。
チェスターに、情けないと笑われると思った。
あの時の友人のように。
「あんたは、聖女への信仰心が薄いでしょ。私とは理由が違うだろうけど、あんたはあんたで本当の自分を隠して生きてきたんじゃないかって思ったの」
チェスターは、聖女である要に対しても慇懃無礼な態度をとる。
いつかの日、彼の瞳の奥にあった苛立ち。あれは焦りからくるものではないかと……ユリア教を疑問視していることを悟られないよう神経を尖らせてきたのではないかと、そう考えるようになったのだ。
セントスプリング国において、ユリア教を信じていないことは異端だ。
だがこの国の王族として生まれ落ちたからには、教義を真っ向から否定することなどできない。今は第三王子として、また信徒として完璧に振る舞っているけれど、チェスターも子どもの頃は苦しんだのではないだろうか。
要の弱音に対し彼が見せたのは、拒絶でも嘲笑でもなく、よく似た生い立ちの者への共感だった。
とても分かりづらい慰めの言葉。
それは――面映ゆくなるような優しさだ。
「あの時ちゃんとお礼が言えなかったこと、気になってたのよ。難解な言い回しを選んだあんたも悪いと思うけど、気付かない私も悪かったからごめんなさい。そんでありがとう」
要はつっけんどんな態度で言い切った。
ほら見たことか。本音を伝えても互いに気まずくなるだけではないか。
ほとんどやさぐれた気持ちでチェスターを睨み上げると、まん丸に見開かれた琥珀色とぶつかった。驚くほど無防備な顔だ。
次の拍子には、丸くなっていた瞳がみるみる歪んでいく。泣き出す前の子どものようで、食い縛った口元が痛々しい。
彼は壊れもののようにそっと要を下ろすと、改めて正面から向き直った。
「あなたの相手をしていると、本当に調子が狂う。うやうやしく接すればいいと高をくくっていればあっさり看破されるし、それならと嫌みな態度で接してみても全く動じないどころか、真っ向から応戦するなんて。普通の聖女ならばあり得ません」
「お礼を言ったのに喧嘩を売られるとか」
つい半眼で突っ込んでしまう。
ゲームでのチェスターは、穏やかで丁寧な物腰の年下キャラだった。来訪当初は、まさに今彼が言っていたような雰囲気を醸し出していた。
けれど、被っていた猫が剥がれてしまった責任を押し付けられるのは、さすがに理不尽ではないか。要もとやかく言えるほど善人ではないが、元々の自分の本質を反省すべきだと思う。
チェスターは強く瞑目すると、無理やりに笑みを作った。泣くのを堪えるような仕草だった。
「私は……信仰心の薄さを見抜かれることが怖かった。あなたが聖女なら……女神の国に交じる私のような異端者を、許さないだろうと思って……」
腹に一物あるように見えたのは、必死に本心を隠していたから。
理由さえ分かってしまえば、チェスターなどただの不器用な少年にしか思えなくなる。
要はあえて意地の悪い顔で笑うと、いつも通り痛烈な皮肉を炸裂させてみた。
「私が、その程度のことで騒ぎ立てると思った? 普通の聖女だと思ってないのに?」
チェスターが勢いよく噴き出す。顔を逸らして懸命に耐えているけれど、耳が真っ赤になっているのは隠しようがない。
彼は笑いをおさめると、場を改めるように咳払いを落とした。先ほどまでの醜態をなかったことにしたいらしいが要は絶対に忘れない。
余韻が残っているのか、チェスターの頬には朱が差している。柔らかく細められた琥珀色の瞳が、まるで別人のような直向きさで要を見つめていた。
「やはり、おかしな方だ。――けれど私は、あなたのような方が聖女でよかった。これからは聖女を、もっと好きになれそうです」
大切なことを打ち明けるようにそっと囁き、彼は麗しい笑みを浮かべる。
けれど要は動けない。
おかしいと再認識されたことも釈然としないが、それより後半の台詞が気になって仕方がなかった。
あれは、ゲームの序盤でチェスターの好感度が高まった時に告げられるキーワード。
まさかこの皮肉屋な少年から聞けるとは思わなかった。何が彼の琴線に触れたのかは分からないけれど、着実に絆が深まっているのは確かなようだ。
――悪女に一歩近付いたんじゃない? お兄ちゃんには恋愛回路が死んでるって散々言われたけど、私って結構悪女の才能があるんじゃない⁉
心に余裕ができるとつい調子に乗って、要は鷹揚に頷いて返した。
「そうよ。あんたは年下らしくもっと私に頼っていいんだからね。今まで何かと気苦労が多かったでしょうけど、信仰なんて誰かに強制されることじゃない。絶対おかしくないし絶対間違ってないって、聖女のこの私が保証してあげるわ」
ふんぞり返る要をとっくりと眺め、チェスターはなぜかつまらなそうに肩をすくめた。
「私の言葉は完全に流されているようですが、今までが今までだったのでよしといたしましょうか。時間はあるのだからゆっくりといけばいい」
「行くってどこに? あぁ、医務室か」
「あえて言うのなら、攻め落としにでしょうか」
「えぇ⁉ 知らない内に戦争がはじまってる⁉」
「それこそ何の話ですか」
要を見返すチェスターは、いつもよりずっとくつろいだ笑みを浮かべていた。




