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安定のトラブル発生

本日二話目です!

「安心して、カナメさん。信徒同士であっても婚姻は可能なのよ」

「え?」

 勢い込んでいた要は、意表を突く反論が返ってきて目を丸くした。

 リエナがおかしそうに笑う。

「この国では、宗教と婚姻は切り離して考えるものではないの。そうでなければセントスプリング国は民が減っていく一方でしょう?」

「――あ」

 要の中にある宗教観で発言してしまったが、この国は宗教国家なのだ。

 全ての国民がユリア教の信徒なのだから、当然婚姻の自由だって認められているはずだ。そもそも国王からして子だくさん。

 根本的な考え違いで無知をさらしてしまった。

 消え入りたい気持ちで顔を覆う要の頭を、子どもをあやすように撫でたのはリエナだ。

「あなたはまだ、この国に来て日が浅いものね。それでも真面目に神にお仕えし、文化や他者を決して軽んじることのないあなただからこそ、私達は王子殿下との仲を応援したいと思ったの。思いやりの心は、上に立つ者として大切な資質よ」

 上に立つつもりなど毛頭ないが、彼女達の愛情深い笑みに打たれて言葉が出てこない。上に立つつもりなど毛頭ないが。

 要は口元を綻ばせると、頭を撫でるリエナの手を取った。

「ありがとうございます……。リエナさん達が寄せてくれる信頼が、嬉しいです。――王子殿下との婚姻は絶対あり得ませんけど」

「あら、しぶとい。確固たる信念を持ち、流されない点も王子妃としての美徳と――……」

「何か格好よく聞こえる言葉で飾ったとしてもあり得ないものはあり得ないですから」

 微塵にも勘違いさせないよう、要は今度こそきっぱりと両断した。

 リエナ達の方こそしぶとい。

「力いっぱい否定しなくてもいいじゃない。それとも、私達の想像が間違っていたのかしら。殿下もあんなにも親しげでいらしたのに……」

 物憂げにため息をつくルエランを励ましたのは、三人の中で最も年嵩のフエリノだった。

「落ち込むことはないわ、ルエラン。巧みな話術に振り回されないことといい、よく観察してみれば立ち居振る舞いが美しいことといい、私達の分析は間違っていないはずよ」

「『素性を隠してるけど実は高貴な血筋』って噂を流したのも皆さんなんですね⁉」

 どこでどう尾ひれがついたのかと思いきや、まさか諸悪の根源だったとは。寄せられる信頼と荒唐無稽な理想像との落差がひどい。

「この機会に、王子殿下との恋仲説はすっぱり諦めてくださいね。確かにチェスター殿下は男女問わず虜にするようなご尊顔ですが、私としては全力でぶつかっても小揺るぎもしない強靭な肉体の方と、ごく普通の家庭を築きたいですから!」

「人格でも容貌でもなく、肉体一点張り……」

「もはや人かどうかすら曖昧な表現……」

「ぶつかり稽古でもして愛を育むのかしら……」

 三人の散々な感想に要の心は傷を負ったが、迫りくる荒っぽい足音に、すぐに気を取られる。

 振り向くと、少女の集団が接近していた。誰もが険しい顔をしていることから察するに、楽しい用事ではなさそうだ。

 集団の先頭に立っているのは、要と同年代の少女。美しいけれど気が強そうで、こちらを見下していることからおそらく上流階級出身だろう。

 思いやりの心大事。

 要は体ごと向き直りながら、リエナの言葉を思い出していた。

「――あなたがカナメさんとやら?」

 高飛車な問いかけに、要はとりあえず従う姿勢を見せた。

 頭を下げ、心臓を覆うように右手の平を添える。それがセントスプリング国での、上流階級への簡単な礼の作法だ。

 リエナ達も同じく礼をとっているので、目の前でふんぞり返る少女の家格はかなり高いのだろう。空気を読んでおいてよかった。

 これから起こることに嫌な予感が増しつつも、要は丁寧に返答する。

「その通りにございます。何かご用でしょうか?」

「頭が高いわね。あなた、その程度の礼で許されると思っているの? ましてやわたくしの問いに質問を返すだなんて」

 少女は汚らわしいものでも見るかのように、綺麗な顔をしかめた。

 それを皮切りに、彼女の背後に控える取り巻き達が口々に騒ぎ出す。

「信じられない無礼者ね! フェミリア様は、浄化石の貿易を一手に担うブライトフェル家のご令嬢でいらっしゃるのよ!」

「最上級の礼も知らないあなたのような庶民が対面すること自体、奇跡というものなの!」

「その上、フェミリア様との婚約を囁かれ続けている、第三王子殿下と噂になるなんて……!」

「厚かましいにもほどがあるわ!」

 何というか大体展開が読めたのだが、色々と物申したいことが多すぎる。

 まず、噂を聞き捨てならずやって来たらしいが、今はそれぞれが奉仕活動をする時間ではないのか。根も葉もない噂に振り回されないでほしい。

 そもそも聖神殿内において、神に仕える信徒はその出自を問わないという不文律があるのだ。

 それでも政治的機関も担っているからには、上流階級の者とすれ違う機会もある。

 だからこそ入門時に仕込まれるのが、要達が披露した簡単な礼だった。

 これだけ行えればどれほど位の高い相手であっても問題視されない。信徒の身分であれば、国王にさえ通用するもの。

 フェミリアと呼ばれた少女は、心からチェスターを慕っているのだろうが、それなら王族以上の礼を求めるべきではないと思うのは、要だけだろうか。あくまで不文律なので法律違反にはならないが。

 婚約を囁かれ続けている、という取り巻きの一人の発言も気になった。

 口振りからして長年にわたって婚約の噂があるようだが、それを無関係な要に知らせてしまうことこそフェミリアに失礼ではないか。フェミリア自身は気付いていないようだが、長年にわたる婚約の不成立って。婚約が確定しない理由もそういうところにあると思う。

 チェスターとの噂は事実無根だからこそ、要は色々と指摘ができるほどに冷静だった。

 そうして、他人事のように捉えている寵愛合戦よりよほど気になることがある。要は背後にいるリエナをチラリと窺った。


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