信徒の暮らし
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まずは彼らに溶け込むため、要は新たな入信者として生活をはじめた。
聖神殿は大聖堂と、生活のための棟とが分かれて存在している。
大聖堂を中心に、東側の棟には男性が、西側の棟には女性が暮らしており、どちらも異性の侵入が固く禁じられていた。
信徒の女性陣の年齢層は様々だった。
まだ十代前半の少女もいれば、祖母より年嵩の女性もいる。彼らに共通しているのは信心深さと、穏やかな気性。
朝の礼拝から夜の礼拝まで、厳しい規律の中にあっても、不満一つ漏らすことなく日々を営んでいる。誰もが心から清貧を尊んでいるのだ。
要も彼らと同じように過ごしてみて、自分の粗暴さを思い知った。
礼拝の最中に居眠りをしたり、床を磨きがてら鍛錬をして司教にバケツの水をかけてしまったり。しかも誰もが笑って許してくれるのだから、なおさら居たたまれないというもの。
要の本質は脳筋集団であるサマートル騎士国の人々に近いのかもしれないと、愕然とした。彼らと体を動かしていた日々が恋しいなんて重症だ。
――何でこんなに異なる国同士が隣り合っているのか、疑問が深まっただけね……。
信徒達の一日はなかなかに忙しい。
礼拝は一日五回もあるし、ひっきりなしに訪ねてくる参拝者や後援者への対応も信徒の役割。その合間に聖神殿の清掃から、自分達の衣食住に関する全てをこなさなくてはならない。
体力があるつもりだった要も、精神的な疲れによってか当初は慣れるのに苦労した。
しかし努力の甲斐あって、一週間ほどが過ぎた今は周囲に馴染みつつある。
僅かな隙間時間に開かれる、ささやかな茶話会にも参加できるまでになっていた。
「では、カナメさんはまだ十六歳なのね。お若いのに信徒として神に一生を捧げる決断をなさるなんて、ご立派ですわ」
「いえ、大したことでは……」
一生を神に捧げるつもりなどさらさらないのだが、信仰心の篤い彼女達の前で軽率な発言はできない。要は曖昧に笑うしかなかった。
大聖堂には、来客をもてなすための区画がある。
その片隅、お茶などを用意する簡易的な厨房には現在、要以外に二十代から三十代の女性三人が集まっていた。
彼女達は、要も初代聖女を神として崇めていると信じて疑わない。聖女であるということを隠しているので当然なのだが、信仰心を褒められると曖昧に笑うしかなかった。
「み、皆さんも、私とさほど年が変わらないじゃありませんか」
「フフッ、カナメさんったらお上手ですこと」
「本当に。欠かさず礼拝に顔を出しますし、掃除も真面目になさって、いつも感心しているのですよ。私があなたの年齢の頃は、もっと自由に憧れておりましたもの」
「そうそう。神殿には娯楽が少ないですから」
要は意外な心地で目を瞬かせた。
確かに刺激のない生活だが、信徒である彼女達から否定的な言葉が出るとは思わなかった。
要の反応に、同じテーブルを囲む女性達がさざめくように笑い合った。
「カナメさん、私達が望んで俗世を捨てたと思っていらっしゃる?」
「あ、えっと……違うんですか?」
問えば、正面に座る女性が微笑みを浮かべたまま、控えめに首を振った。
「神殿は、俗世とは完全に切り離された世界。つまり、訳ありも多いのよ」
なるほど。神域は治外法権という感覚は、ゲームの中でも変わらないのか。
醜聞の広まった貴族令嬢が修道院に送られたり、悪事を働いた者が寺社で働きはじめたり。誰もが粛と祈りを捧げているものと思いきや、神に仕える者達が必ずしも敬虔な信徒というわけではないのだ。
そういわれてみれば、彼女達は言葉遣いが丁寧だし所作に品がある。もしかしたら尊い身分の出身かもしれない。
彼女達からすれば、要は明らかな平民。
下々の事情が分からないからこそ、どういった経緯で入信したのか気になるのだろう。
はじめから、本心から敬虔な信者だと褒めそやしていなかったのだ。
「探りを入れるようなことをして、ごめんなさいね。あなたに裏の顔などないのだとよく分かったわ。おかしな輩が潜り込む可能性もあるから、つい疑心暗鬼になってしまうのよ」
三人がそれぞれ頭を下げるから、要はむしろ恐縮してしまう。
思った通り身元を探られていたようだが、得体の知れない人間であることは間違いない。
彼女達が積極的に話しかけてくれたおかげで、神殿生活の不安を払拭できたから、今もなお感謝しか感じなかった。
要が何より恐れているのは、人の輪から外れてしまうこと。
「優しくしていただいてばかりですし、それはいいんですけど。ここは、セントスプリング国の国王陛下や王子殿下もいらっしゃるんですよね。不審者なんて滅多に現れないんじゃ?」
逆に、守りの堅い神殿で侵入者を気にせねばならないことの方が気にかかった。
「すみません。見た目で分かっていると思いますけど、私は他国出身なんです。セントスプリング国の内情がどういったものなのか、十分に知っているわけではなくて」
この国の者とは、顔の造作も髪の色も違う。
彼女達もとっくに分かっていたようで、一つ頷いてから詳細に話してくれた。
「平等を謳う宗教国家といっても、貴族制度がないだけ。神殿の外にも特権階級というものは存在しているの。私も一応その末席にいたわ」
正面に座る三十代の女性リエナは、神殿近くにある高級住宅街に住んでいたという。
彼女の父親は地方の村と提携し、毛織物を生産する商売で財を成した。
「ところが、さらに権力のある者に結婚を迫られたの。浄化石の貿易で地位を築いた男性で、国内ではかなりの有力者。立場上断ることもできず、神殿に逃げ込んだというわけ」
リエナがかたちの整った眉を寄せると、隣に座る二十代のルエランも重いため息を吐く。
「私達全員、事情は大差ないものよ。だから、いつか追手が来るのではないか、報復されるのではないか、つい怯えてしまうの」
聖神殿で生活していても逃げ切れたことにはならないとは、何ともやりきれない話だ。
解決策があればいいのだが、その男性は寄進も多くしており、神殿側は邪険に扱えないのだそうだ。
――浄化石の独占販売をしてるからそもそも印象よくなかったけど、ますます嫌な奴だろうなってイメージがついたわ……。
人の命が懸かっているもので地位を築いたというのも、胸が悪くなる話だ。
「相手の意思を押さえ付けて強引に結婚したがるような輩に目をつけられるなんて、災難でしたね。浄化石を扱う業者がもっと増えれば、その男性の勢力を削ぐことができるんでしょうけど。もちろん、根本的な解決にはならないでしょうが……」
何者かに送り込まれた偽物の信徒と、本当の信徒。神殿に受け入れる際、選り分けることができればそれが最善だろう。不審者の侵入を未然に防ぐことができれば警備も盤石だ。
考え考え発言すれば、彼女達は一様に目を見開いた。しばらくまじまじと要を見つめると、口元に手を添えながら笑いはじめる。
「……何だか、あなたを僅かにも疑った自分が恥ずかしいわ」
「本当に。両親にすら婚姻を勧められたのに、こんなにも親身になってもらえるなんて」
「ありがとう、カナメさん」
民主主義に馴染んだ要からすれば当然の意見なのに、心から感謝されればむず痒い。
「そんな、普通のことだと思いますし……」
優しい眼差しが一身に集まり、言葉が尻すぼみになってしまう。赤くなった頬を誤魔化すため、要は紅茶に口をつけた。
「――カナメさん」
その時、厨房の外から男性が呼びかけた。