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攻略対象チェスター・ケインズ

今日もよろしくお願いします!

 追いかけてくるイスハークの声が、テレビを消すように途切れた。

 振り向くと既に彼の姿はなく、ただ薄暗い空間が広がっているばかり。

 ほんの少しの感傷を振り払うと、要は前を向いて歩き出した。道順など分からないけれど、確か願った国に自然とたどり着くのだったか。

 しばらくひたすら進む要の目の前に、いつの間にか木製の枠が出現していた。サマートル騎士国のような石造りのものではないけれど、おそらく『絆の扉』だろう。

 思い切って飛び込むと、一瞬で景色が切り替わった。青が美しい王宮から、今度は真っ白な空間へ。

 高い天井も白ければ、調度品も何もかもが白い。慣れない要ではどこに何があるのか、距離感さえ掴めなくなりそうだ。

 体を取り巻く空気も違う。

 熱砂の国の乾いた灼熱、焦げそうに強い日差しに適応しはじめていたからか、ひんやりとした空気が素っ気ないようにも感じた。

 ここは、本当にセントスプリング国だろうか。

 少しずつ不安に思いはじめていた要の耳に、柔らかな声音が届いた。

「――聖女様?」

 声音、と表現せざるを得ない、心地の良い響き。まるで天上の音楽だ。

 惹き込まれて振り向くと、純白の僧服に身を包む少年が佇んでいた。

 背中を流れる美しい銀髪に、甘やかな琥珀色の瞳。宝石のごとき瞳も艶やかな唇も、安易に触れれば壊れてしまいそうな繊細さ。

 中性的な容貌は、静謐な雰囲気と相まって天使が舞い降りたのかと勘違いしそうになるが、一応要は顔を合わせた経験があったため、祈りを捧げ出したりはしなかった。

 異世界転移をしたあの時。要を取り囲んでいた四人の王子の内の一人が、彼だった。

「本当に、聖女様でいらっしゃるのですね。もうお目にかかる機会はないものとばかり……我が国にお越しいただき、望外の喜びにございます」

 優雅に辞儀をしたのは、セントスプリング国の第三王子。攻略対象の中では穏やか中性的美少年枠と言われていた、チェスター・ケインズだった。

「改めまして、ご挨拶させていただきます。私はチェスター・ケインズ。セントスプリング国宗主が第三子であり、聖女様の敬虔なる信徒。我が国の誇りである聖神殿に、ようこそお越しくださいました。我ら一同、聖女様を心より歓待いたします」

 要より一つ年下の少年は、顔を上げるとたおやかな笑みを浮かべた。

 物腰も柔らかく、イスハークをはじめとする騎士国の脳筋達がもはや野獣に思えてくる。

 隣り合う国同士で、恐ろしいまでの落差だ。

「あ、私も改めまして、堀内要といいます。サマートル騎士国でも充実した暮らしをさせてもらってましたが、他国はどのような生活をしているのか気になり、こちらに訪問しました。この……聖神殿、に滞在させてもらっていいですか?」

 王宮ではなく、ここは神殿らしい。

 便宜上の王はいても、セントスプリング国はあくまで宗教国家。国王をはじめ、全ての民が聖女を神と崇め信仰しているのだ。

 その名も、初代聖女ユリアにちなんでユリア教。

「私は、ユリア教の信仰対象である初代聖女様について、もっと知りたいと思っています。それならこのセントスプリング国が一番詳しいだろうと考え、この国を選んだのです。ご協力、どうぞよろしくお願いします」

 要も、チェスターと同じ角度まで頭を下げる。

 彼は僅かに目を見開いたあと、たおやかな微笑を浮かべた。

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。――それでは、どうぞこちらへ」

「あ、少々お待ちください」

 要は歩き出そうとしたチェスターを引き留め、少々無遠慮と呼べる位置まで距離を詰める。僧服の袖を撫でるように払ったあと、大して身長差のない相手へ強引に上目遣いをした。

 ゲームでの彼は、不意の接触に恥じらう初心なキャラクター。

 そこが母性本能をくすぐると中年層から高い支持を得ていたのだが、今の要にとっては落としやすそうな攻略対象としか映っていない。こういう手合いは純粋な分、わざとらしいくらい大胆に攻めても隠された意図に気付かないはずだ。

「袖に、埃が付いておりましたよ」

 駄目押しとばかりに至近距離で微笑めば、チェスターの頬は赤く――ならなかった。

「……これは、失礼いたしました。お気遣いありがとうございます」

 彼は慈悲深さすら感じさせる笑みのまま、さりげなく要の手を押しやった。

 それは羞恥からの行為というよりむしろ、好ましくない相手に絡まれた際の如才ない回避方法の見本のようで、要の目は点になる。

 おかしい。思っていたのと違う。

「お時間をとらせてしまいましたね。さぁ、参りましょう」

 チェスターが今度こそ背中を向けたので、要は慌ててあとを追いかけはじめる。頭には大量の疑問符が渦巻いていた。

 ――あれ? 何で? 確かにいきなりだったし、驚かれても仕方ないけど……ここまできっぱり拒否する、普通? 一応ヒロインの立ち位置にいるのに……単純に顔が好みじゃないとか?

 前を歩く少年がどのような表情をしているのか、窺い知ることはできない。けれどなぜだろう。全身で拒絶されているような気がして、再度話しかける勇気が出ない。

 セントスプリング国の攻略対象は比較的簡単に落とせるはずだったのに、早くも雲行きが怪しくなってきた。


 こうして、波乱に満ちた新生活がはじまった。


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