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次なる国へ

「行くな」

「だから、用事が全部済んだら、一応また顔を見せに来るねって言ってるでしょ」

「俺から離れていかないでくれ。……なぁ、何がいけなかった? お前が嫌だというなら変わってみせるから、どうかやり直す機会をくれ」

「誤解を招くから、妻を必死に引き留める夫みたいなこと言い出さないでくれる⁉」

 聖女の間が、なぜか愁嘆場の様相を呈している。

 要はげんなりしながらイスハークを見上げた。しょんぼりと眉尻を下げる表情は、まるで主人に置いて行かれる大型犬だ。

「もうこのやり取り、何度目よ? いい加減納得してくれてもいいじゃない」

 あの魔物襲撃から、既に二週間が経過している。

 目標が明確になった要は、悪女となるべくすぐにでも動きたかったのだが、諸々の事後処理に追われていたのだ。

 魔物が首都を襲うという前代未聞の事態ではあったものの、奇跡的に死者はおらず、怪我人もそれほど多くなかった。

 重傷者は王宮の広場に集まってもらい、目覚めたばかりの癒やしの力を使えば万事問題なかった。

 なぜか全員が張り手での治癒を望み、どこかのプロレスラーの闘魂注入みたいになってしまったが、万事問題なかったということにしておくのだ。聖女の張り手は縁起がいいのか。

 破損のあった建物の修繕費も国が保障したらしいし、要にできることはもうない。

 心酔という意味合いではあるものの、イスハークはもうほとんど落ちているようなもの。

 要が次の攻略対象を落とすべく、セントスプリング国に向かうことにしたのは三日前のこと。

 けれど、想定外の引き留めに遭ってなかなか出発できないでいる。

 この先どのような提案にも頷いてくれるだろうと思われたイスハークが、要の出発を頑として受け入れてくれないからだ。

「ちゃんと説明したでしょう。私は先代聖女についても調べてみたいの。この国には文献が多く残っていないようだから、信仰心の強い国っていうセントスプリング国なら何か見つかるかもしれないって思っただけ。別にあんたと離れたくて言い出したわけじゃないのよ」

 聖女の偉業を称え三ヵ月間行われる予定だという式典に付き合いきれなくなったわけでも、決してないのだ。三ヵ月後にはカサカサに生気を失っているかもしれないが。

 この国にい続けて、初代聖女のように神格化されては堪らない。

「それに、サマートル騎士国のためでもあるのよ。私は浄化石の値段を釣り上げていることに関しても、物申すつもりなんだから」

 神への祈りで生み出されるという浄化石は、セントスプリング国が独占販売をしている状態だ。

 敬虔な信徒だというなら無償で配ってもいいところなのに、かの宗教国は隣国の民が魔物に苦しめられている実情を見て見ぬふり。

 これも、聖女の発言権とやらで解決したい問題の一つだった。

「イスハーク、王都に魔物が現れたんだから、ことは一刻を争うわ。私が単身『絆の扉』をくぐった方が早いのも分かるでしょう?」

『絆の扉』は聖女にのみ許される移動手段なので、イスハークとは一緒に行けない。何日かラクダに揺られて旅をするよりずっと効率的だというのに、彼はどうあっても要を離そうとしないのだ。

 沈んだ表情で俯くイスハークが、口を開いた。

「分かっている、カナメの行動も我が国の民を思えばこそ。分かっているのに……俺は寂しい」

 黒曜石の瞳に悲しみを浮かべたまま、彼の指先が要の髪を一筋すくい上げる。

「情けないな。こんな、みじめたらしくすがり付いて。……怖いのかもしれない。カナメが、俺の手の届かぬところに、飛んで行ってしまいそうで……」

 甘い言葉に要は目を見開いた。

 驚いたのではなく、覚えのある台詞だったから。

 ゲームのシナリオでは、このあとサマートル騎士国は戦争に巻き込まれる。

 そうして苦境に立たされたところで、相手国が聖女を差し出すよう要求するのだ。

 今の台詞は、自らをなげうとうとするヒロインを引き留めるため、イスハークが放ったものと全く同じだった。

 けれど、魔物襲撃の時よりさらに好感度が高まっていなければ出てこないものでもある。

 ――何もしてないのに好感度が上がってるなんて……やっぱり『聖女パンチ』のせい? 衝撃的すぎてイスハークの恋愛観がバグった?

 あるいは彼の脳がバグったか、この世界そのものがバグったのか。

 ここ数日は歓迎の宴に揃って出席し、パルクールの指導もままならなかったのに。

「あんた、カシムさんとラシドさんもいるのに、よくそんな気障な台詞を言えるわね……」

 妙に感心して腕を組んでいると、侍従達から逆に呆れられてしまった。

「我々としては、殿下の精一杯を真顔で受け流す聖女様の方が異様に思えるのですが……」

「信じられん。あの感じ、ピクリとも心が動いていないようだぞ」

「……お前らのその発言、俺に対しても失礼極まりないからな⁉」

 カシムとラシドは相変わらずで、おかげで甘くなりかけた雰囲気が一掃される。要はソワソワしはじめた心臓が鎮まっていくのを感じた。

 騒がしく言い合う彼らの意識が逸れた間合いを見計らって、『絆の扉』に向き合う。

『絆の扉』は、扉というわりに石造りの枠のみで、いっそ素朴ささえ感じる造りだ。それでも神秘の力が働いているのは間違いないようで、枠の中のみ薄暗く、空間も歪んでいた。

 使用するのは初めてなので、正直不安はある。

 要は静かに覚悟を決めると、手の甲にある鍵の文様をかざした。

 聖紋が淡い輝きを放ちはじめたので、口喧嘩を続けていた男性陣もさすがに気付いた。その時にはもう、体の半分は扉の向こうにあったけれど。

「じゃ、また会いに来るわね」

「あっ! 待て逃げるなコラ――……!!」

 笑顔で別れを告げると、要は『絆の扉』にひらりと身を踊らせた。


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