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9 老練は蜜のごとく

 むかしからマナの気性の荒さには困ったもんだ。お天気屋というかなんというか、いつ火が着くかわからねえ爆弾がニコニコ歩いてるようなもんでよ。それもつまらねえ勘違いで爆発しちまうんだからたまったもんじゃねえ。

 幼いころはそれもまた愛嬌だった。けど十九となりゃもう世間じゃとっくに嫁に行ってガキのひとりもいようってもんだろ。母は強しっつって、女でもそれなりの貫禄と落ち着きを持とうって歳だ。それが、

「いいかてめえら、ゴリはおれの男だからな。手ェ出したらブッ殺すぞ」

 なんてチンピラまがいのことを仲間に言ったりするんだからなぁ。おれは不安でしょうがねえよ。

 ともあれ、おれたちは東地区の寮に足を向けた。ギルドからおよそ徒歩十分、大通りから外れた住宅街はひと通りも少なく、ほどよい緑と古いが立派な井戸があり、昼間っから道端で飲んだくれてる探索者が数名目に映ったこと以外は最高の場所だった。

 しかしさすがはマナ。人格に問題はあるが仕事は文句なしだ。あいつが選んだ215アパートは大通りやギルドに近いだけでなく、安くて量の多いメシ屋やたばこ屋も数分のところにあり、隣のアパートはギルド関係者の寮ときた。メンバーのニーズに応えたうえ、のちの仕事を円滑にするための道筋まで考えてのことだろう。部屋数も倉庫含めてぴったりだし、それをあの一瞬で選出するんだからたいしたもんだ。おれは素直に称賛したよ。そしたら、

「おれがてめえのために手ぬかりするわけねーじゃねーか、バーカ」

 だとよ。素直なんだか素直じゃねえんだか。

 そんでさっそくおれたちは部屋を割り当てられた。一階と二階に横並びで三部屋ずつあり、一階の左から順に、おれ、マナ、倉庫、二階はクユリ、ソネ、クゥの部屋とされた。これはすでに決めていたことらしく、倉庫が一階にあるのは当然として、おれを一階に置いたのは、

「夜中ギシギシうるさくなるかもしれねえだろ。そうしたら下の階に迷惑じゃねーか」

 てなわけらしい。なに考えてんだか。つうかそれでお前の部屋も一階なのか。まったく、ほめて損した気分だぜ。ちなみにあとで聞いたが、二階の並びは「ゴリが欲情しそうなヤツをなるべく遠くにした」らしい。おいおい、おれはケダモノじゃねえぞ。そりゃたしかに最遠のクゥは一番色っぽいかもしれねえけどよ。あの大海原で焼けた褐色のムチっとした肌と、スイカかメロンでも詰め込んだみてえなでけえ胸、もしあれが隣の部屋で寝起きするなんて想像したら…………おっと、よそう。いまは忙しいんだ。しゃがんでるヒマはねえ。おれたちは仕事を探さなきゃならねえんだ。

 おれは三人の新参者を残し、マナとふたりでギルドへと向かった。団を結成したところで仕事がなきゃゼニは入らねえ。つってもおれたちみてえな新規団体じゃろくな仕事はねえだろうけどよ。とにかくいまは割りに合わねえ仕事でもいいから結果を残さなきゃならねえ。信用を得てはじめて長期契約が取れる。ホント、看板ってのは大事だよな。オーキーズって名前さえありゃ調査団ギルドはいい顔するし、下手すりゃ商人ギルドと直接交渉もできたかしれねえ。でもいまのおれは新人四人を連れたド素人集団だ。たとえ実際の能力はあっても世間にはそうとしか見えねえ。それに、あいつらがどれだけできるかは本当にまだわからねえしな。とにかくやってみるしかねえ。ダメで元々、当たって砕けろだ。

「どうだマナ、いい仕事はありそうか?」

 おれは、依頼受付のカウンターでなにができるでもなくミートソースホットドックにかぶりついた。

「やっぱ単発じゃろくなもんがねーなー」

 マナはというと壁の黒板に書きつけられた単発依頼を見回して、割りのいい仕事を探していた。食いながら見りゃいいのに、せっかく買ったホットドックが冷めちまうぜ。

 ……しかしまさかおれも”黒板業者”とはな。

 黒板業者ってのは新規業者の蔑称だ。契約依頼はみんな紙でファイリングされているのに対し、単発依頼は終わったら消せるよう黒板にしか書かれねえ。元の書類は商人ギルドにあるらしいが、ともかく調査団側ではこんな扱いになっている。黒板業者——いつでもサッと消えちまう黒板に書かれたチョークの粉みてえな業者って意味だ。紙のインクと違って残らねえ。実際新規団体はほとんどがそうなる。しょうがねえよな。安定した収入を得ずに幅広く活動すりゃ当然だ。それでも踏ん張って生き残ったのがいまある調査団なんだけどよ。

「やあゴリ。今日は夫婦でデートかい?」

 不意に背後から声をかけられた。おれは振り返って、言った

「よお、ニドネル」

 声の主はニドネル・アサオキット。出勤が遅いことで有名なギルド職員だ。しかしもうお日様は頂点を降ってだいぶ経つが、

「まさか、いま出勤か?」

「ははは、まさか。とっくに出勤してたさ。起きたのは昼過ぎだがね」

「相変わらずだな」

「それより驚いたよ。わたしがいないあいだに、わたしの書類が提出されていたんだからね。寝ていたつもりが起きて動いていたらしい。歳をとるとこういうこともあるんだね」

 ははは、とニドネルが笑う声を聞いて、マナがぎくっと肩を跳ねさせた。そういやあいつの書類、たしかニドネルが許可したとか書いてあったな。つまり勝手にうわ役の名前を使って書類をでっち上げたわけだ。まあ、いつかバレることだったろうけど。

「おや、そこにいるのはボード調査団の団長さんじゃないか」

 ニドネルは相変わらずニコニコ優しい口調で言った。けどマナの体はガチガチで、後ろ姿だけで緊張してるのがわかる。あいついまどんなツラしてんだろうな。……つうか、おれもまずいんじゃねえかこれ?

「あ、あのよ……」

 マナはぎこちなく振り返り、言った。

「あとで報告しようと思ってたんだけどよ……いやほら、どうせ許可すると思ってたからさ……なあ……」

 はははは、とニドネルは笑った。

「そんなに緊張することはない。わたしは怒ってなんかいないよ」

 マジか。ずいぶんと懐が深えな。おれだったら怒るけどなぁ。

「ほ、ホント?」

「ああ本当さ。だけど君がここからいなくなるのはちょっぴりさみしいねぇ」

「ば、バカやろ。うちはおれしか字が書けるヤツがいねーんだ。ちょくちょく顔だすから楽しみに待ってろ」

 マナは急にデレっとして馴れ馴れしい口をきいた。ふつううわ役にはもう少し言葉を選びそうなもんだが、このふたりはいつもこんな感じだ。ニドネルは元々温厚だが、それにしたってマナに甘い。ほかの職員相手なら怒るようなこともマナなら許してしまうし、こんな特別扱いもする。

「ところで君が調査団をはじめると聞いてきっと仕事に困るだろうと思ってね、知り合いからいい依頼をもらって、本来なら大きいところに頼もうと思っていたんだが、ちょっと話を聞いてみないかい?」

「ホント!?」

「本当か!?」

 おれとマナはほとんど同時に飛び上がった。これほどうれしい話はない。元々黒板仕事なんてろくな仕事がねえんだ。そんな中でニドネルほどの男がわざわざ持ってきてくれる仕事がダメなはずがねえ。感謝してもしきれねえよ。マナなんかニドネルに飛びついてよろこぶ始末だ。

 おれたちは場所を変えて話をすることにした。贔屓な話だからあまり表立って話したくないらしい。ギルドの職員が使う小会議用の小部屋で、おれとマナはニドネルと向かい合って座った。

「さて、依頼の内容だが……」

 ニドネルは用意したコーヒーをひと口すすり、言った。

「カエンツノジカの燃料袋を集めてほしい」

「……鹿狩りか」

 おれはそれを聞いて浮かれ気分が吹っ飛んだ。

 鹿狩り——こと探索で鹿と言えばこのカエンツノジカを指す。通常の鹿と違い図体がでかく、長く巨大な角が特徴で、かなり危険なモンスターだ。頭頂部から生える二本のそれは、外敵を排除するとき炎をまとい、相手を地面や木に押しつけ焼き殺してしまう。一度捕まったらまず逃げられない。強靭な四つ足が生み出す馬力は人間に押し返せるものではなく、尖った焼ごてのような角を腹にぶち込まれたらおしまいだ。おれはいままで幾度かその凄惨な現場を目にしたことがある。おれに負けず劣らずの力持ちがなんの手向かいもできずにただうめくだけで死んでいくんだ。もちろんすぐに鹿を撃退したがどれも手遅れだった。

 正直この仕事は難しい。連携の取れているチームならともかくおれたちは即席だ。たしかに燃料袋は高価だし、この仕事をこなせば信用もつく。黒板業者にはまず手に入らないチャンスだ。だが……

「どうするよ、ゴリ……」

 マナはやっと食いはじめたホットドックを置き、いつになく真剣に言った。こいつも鹿の危険性はよく知っている。実際に探索に出なくても死者数の多さを聞けば子供でもその恐ろしさがわかる。慣れたころならともかく、探索初心者を連れての初陣じゃちと荷が重い。かと言って黒板仕事はほとんどが安全安値のだれでもできるものばかりだし、実に悩ましい。それを読み取ってか、

「やはり不安かい?」

 とニドネルが言った。そりゃあ不安さ。なんせいのちがかかってるんだ。おれたち探索者の鉄則は、

”いのち一番、他人は二番、金と名誉は三番目”

 どんなにいい報酬でもまず自分のいのちが一番で、仕事は三番に来る。これを守らなかったヤツはもれなくあの世だ。たとえ話じゃねえぜ。実際そうなってる。モンスターを舐めちゃいけねえ。

 おれは回答に迷っていた。すると、

「実は、」

 ニドネルが言った。

「アシクにも声をかけようと思っているんだ」

「アシクに?」

「ああ。正直初仕事でこれは難しいんじゃないかと思ったんだ。見たら団員はみんな女性だったからね。彼女たちの腕のほどはわからないけど、聞いた名前はないし、みんな初心者だろう? だから、アシクに協力してもらえば多少はやれるんじゃないかと思ったんだが、どうだろう」

 どうもこうも、こんなにありがてえ話はねえ。なんせおれとアシクが組めば無敵だからな。いつだって仕事はうまくいくし、怪我人もほとんど出ねえ。オーキーズで新人を引率したのはいつもおれたちだった。

「なるほど」

 とマナがうなずいた。

「おれは賛成。ゴリは?」

「おれは……」

 賛成すべきだろうか。おれの中に迷いが生じた。

 アシクと組めば百人力だし、それ以前に理屈抜きでヤツと仕事がしたい。だがおれはオーキーズを追放された身だ。なまじ関わっていいものだろうか。

 なんとなく、不安がある。

 が、結局、

「賛成だ」

 と答えた。リスクもあるし、わだかまりも引っかかるが、この奇跡のようなチャンスを逃せばしばらくは浮き上がれないだろう。チャンスってヤツはそうポンポン来ねえ。内容は違うがいままで山ほど機を逸して後悔してきた。ここは行くしかねえ。

「それじゃあ君たちに任せていいね」

「ああ」

「じゃあアシクには明日朝八時にギルドに来るよう伝えておくから。必要なものがあれば今日中に言っておくれ。用意しておくからね。……ところで、マナは一緒に行くのかな?」

 ニドネルは気を抜いてホットドックにかじりついたマナに言った。

「もごもご、いふえ」

「え?」

 ——ごっくん。

「行くぜ。おれは団長だからな」

 へえ、”向こう”に行くのか。事務方の団長はけっこう現場に行かないヤツも多いんだが、そうか、来るのか。おれは正直来ないと思ってた。戦闘員以外は極力いない方がいいからな。なんせ向こうはなにがあるかわからない。鹿はもちろん脅威だが、ほかの強力なモンスターと出会うことも多い。できれば来ねえでほしいところだ。

 ニドネルはおれと同じ意見のようで、

「危ないから待機してた方がいいんじゃないかい?」

「バカ言うなよ。現場を知らねえでつべこべ指示できるかよ。ひとつでも多く見てこねーとな。それに、ゴリと一緒にいてーしよ」

 そう言ってマナはおれにウインクをくれやがった。よせ、恥ずかしい! こんな真面目な場面で、顔が赤くなるぜ。ほら見ろニドネルも笑ってやがる。

「そうかい……それじゃあしょうがないね」

 よいしょ、とニドネルは立ち上がり、

「さて、話も決まったことだし、わたしもそろそろ仕事に戻らなくちゃ。なんせまだはじめてないんだからね。どれくらい溜まってるか怖くてしょうがない」

「そりゃあまずいな。クビになるんじゃねえか?」

「そのときはボード調査団に雇ってもらおう。はっはっは」

 そう言ってニドネルはドアを開けた。おれとマナも合わせて席を立ち、部屋を出た。

 廊下でおれは、

「ニドネル、すまねえな」

 と言った。マナも、

「ジジイ、ありがと」

 と、腕を後頭部で組んでそっぽを向きながらという失礼極まりない態度で言った。しかしニドネルはうれしそうに、

「うん、うん、いいんだよ」

 とマナの頭をくしゃくしゃに撫でた。ホント、怒らねえなこのひとは。「やめろよクソジジイ」なんて言われても顔色ひとつ変えねえ。まるで孫でもあやしてるみてえだ。この歳で独身だとマナみたいな生意気なガキが本当の娘か孫みたいに感じるのかね。そして童貞のおれもいつかこのひとみたいになるのかね……

「じゃあ、無事を祈ってるよ。マナ、ちゃんとゴリに守ってもらうんだよ」

「言われなくてもそーするぜ」

 とマナは相変わらずで答えた。

 ニドネルはふっと笑い、いまいちどおれを見て、言った。

「ゴリ、マナを頼んだよ」

「ああ、任せとけ」

 ニドネルは去り、おれたちは寮に戻ることにした。しかしまさか結成初日にこんな大仕事が決まるとは思わなかったな。もっと足踏みするかと思ってたけどよ。それもこれも日ごろの行いがいいからか? ちゃんと毎朝神にお祈りを捧げてるからか?

 ……そういやお祈りで思い出した。あの変なおまじない女のことマナに聞かねえと。

 ……でも、いまはよそう。だって明日いのちがけってときにそんな話をして雑念を持たせたくねえからな。それにヘタに女の話をしたらマナを刺激しかねねえ。

 まずは明日無事帰る。それだけを念頭に行く。よし。

 それにしてもアシクのやろうどんな顔するかな。まったく楽しみでしょうがねえ。

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