8 貧は豊に劣りてしかし豊に長じ
クユリはギルドを見るなり、
「これはすごいな」
と言った。彼女はここに来るまで方々の国を旅し、”門”のある街でいくつも調査団ギルドを見ている。この街のギルドは豪勢なことで有名で、旅人や商人がいつも驚くことは以前にも言ったと思うが、無口なクユリがそう言うのだからよっぽどなんだろう。
おれたちはギルドに来ていた。調査団として活動するために団を登録し、寮を探してもらうためだ。言うまでもねえが、ふつう部屋を借りるには寮やアパートのオーナーと契約し、ゼニを払わなきゃならねえ。しかしこの街では調査団は特別に無償で寮を提供してもらえる。地元民が長というのが条件だが、それにしたってこんな好待遇はねえ。よそがどうだか知らねえが、この国はよっぽど”壁の向こう”にご執心らしい。探索者ってだけでいろんな特典があるからな。実は税金もただなんだぜ。
おれたちは、クゥとソネが外の売店で売ってるミートソースホットドッグとかいうもんにヨダレを垂らしてるのを無理やり引きずって生活課の窓口に向かった。ここはけっこう広いからな。知ってるヤツじゃなきゃ迷っちまう。
受付を見ると、ありがたいことに今日もマナが担当していた。なにがありがたいって、奥に引っ込んでちゃ呼んでもらわにゃ表情が見れねえだろ。昨日の喧嘩を引きずってるかどうか確認しねえとな。
「ねえゴリ、なんで柱の影から覗いてるのさ」
クゥ、静かにしてくれ。まずは顔を見てからじゃねえとまずいんだ。ううむ、客の列が邪魔でよく見えねえ。
「ゴリ、ソネ、ホットドック食べたい!」
名前を呼ぶな! 気づかれたらどうする!
「ねえゴリ! ホットドック食べたい!」
う、うるさい、しー!
「ねえゴリー!」
わ、わかった。わかったから、しー!
おれはクユリに頼み、ソネを売店に連れて行ってもらった。まったく、小声で説明しても聞いちゃくれねえ。ここに来るまでもそうだ。おもちゃやら大道芸やらはまったく興味ねえくせに、食いものの店を見るとあれが食いたいこれが食いたいでおれの財布は空になっちまった。途中からクユリに立て替えてもらったが、今後もあの胃袋と付き合っていくと思うと先行き不安だぜ。さて、それより顔色を……
「ねえ、あのさ……」
なんだクゥ?
「あたしもその……あはは、あとで稼いだ分から払うからさ……食べていいかな? あははは」
お、お前もか……ま、まあいい。おごってやるから行ってこい。
「ご、ごめんね〜。あっははは」
まったくお気楽なもんだ。こっちはこんなバカな格好をクソ真面目にやってるってのによ。お、ちょうど列がはけて顔が見えやがった。
ああよかった。機嫌がよさそうだ。相変わらず口は汚ねえが、朗らかに客を捌いてやがる。あいつはイラついてると客相手にもガン飛ばすからな。おかげでいままでどれだけトラブルがあったか数え切れねえ。お、空いた空いた。団体客が退いてだれもいなくなった。
おれは柱から身を乗り出し、
「よぉ」
と手を振った。マナは一瞬ムッとしたが、なんともバツの悪そうな笑いをこぼし、頭をポリポリ掻いて、
「よ」
と手を振り返した。
「昨日は悪かったな」
おれはカウンターに行くなり謝った。売られた喧嘩とはいえ女子にあんなひでえことを言ったんだからな。男が謝るのが当然ってもんだ。そしたら、
「いーよ、おれの方が悪かったろ。それより……」
マナは急にしおらしくなり、横を向いて顔を腕で隠すみてえに頭を掻いて言った。
「来てくれてよかったよ……」
腕の陰で少しだけマナが赤くなっているのが見えた。まったく、素直なんだか素直じゃねえんだか、こっちまで痒くなってくるぜ。ま、こういうところきらいじゃねえけどさ。
「で、寮の退去と仕事の斡旋だったよな」
マナは腕の陰からチラとこっちを見て、言った。そうそう、マナは仕事はきちっとしてるんだ。最近のことならたいがい頭に入ってるし、自分の請け負う両分に関しちゃ資料よりも正確に記憶している。
「とりあえず寮の候補はあるけどよ、仕事がクソみてーなのしかねーんだよなー」
「ああ、それなんだけどよ、おれ、新しく調査団を組もうと思ってるんだ」
「えっ!?」
マナは跳び上がって驚いた。というよりよろこんでいるのかな。カウンターに両手で乗り上げて、犬が尻尾振ってよろこぶみてえに伸び上がって、
「おいてめえ、嘘じゃねーだろうな! 嘘だったらキンタマ蹴り上げるぞ!」
うれしそうに汚ねえ言葉を発しやがる。こいつは調子が出れば出るほど口汚くなるんだ。そこさえ直せばかわいいものを……
ともあれ反対されなくてよかった。だって登録書類をぜんぶやってもらうつもりで来たんだしよ。機嫌悪いままだと突っぱねられるかもしれねえだろ? おれはメンバーにだれも字が書けるヤツがいねえことを話し、
「やってもらえるかな?」
と言った。そしたらマナのヤツ、
「たりめーよ!」
と手のひらを上げて、おれたちはハイタッチをした。長い付き合いだから口で言わなくても動きだけでなにをするかわかる。以心伝心ってヤツかな。顔を見ても、手の動きを見ても、マナがいま心からよろこんでくれているのが伝わってきやがる。
マナはおれにちょっと待ってろと言い、紙にサラサラとなにやら書きはじめた。
「団長はてめえでいいんだよな?」
「ああ」
「じゃあここはゴリ・ラミテーダで…………よし、これであとは組織名と団員の名簿だけだ。なんて団にするんだ?」
「組織名か……考えてなかったな」
「てめえは抜けてやがっからなー。じゃあとりあえずメンバーの人数と名前」
「おれを入れて四人だ。団員はクゥ・オッキラ、クユリ、ソネ・ギヤル」
「えーと……クゥ・オッキラ……クユリ……このクユリってのはセカンドネームは?」
「ねえらしい。ほら、あの島国の出身だよ」
「ああ、あそこか。身分のめんどくせえところだからな。じゃあ、クユリのみ……で、ソネ・ギヤル…………」
ふと、マナの手が止まった。
「なあ……こいつら女だよな……?」
「まあ、そうだが……」
マナは職業柄、異国人の名前を聞いて男か女かある程度認識できる。今回もすぐに気づいたらしい。しかしそうだよな。探索なんていのちがけの体力仕事をするのに女ばかりってのはだれだっておかしいと思うよな。大所帯ならひとりかふたり戦闘員にいることもあるが、おれ以外全員女ってんだから疑問に思うのも無理はねえ。
「心配しねえでも大丈夫さ。ひとりは荷運びで、あとのふたりは海賊狩りの傭兵と剣の達人だ。その辺の男より強えかもしれねえ」
「そうじゃなくてよ……」
「え?」
「てめえ、おれというもんがありながら、こんな女だらけの団を作ろうってのか……?」
あ、そーゆうこと。女のジェラシーってやつね。
「いや、別にたまたま出会ったヤツがみんな女だっただけで、おれとしても男がよかったんだけどよ、なんつうか成り行きでよ。別にへんなことしようとかおれァ一切考えてねえし……」
「成り行き……? じゃあ成り行きでおれより先にヤっちまうこともあるっつーことだよなぁ?」
「ば、バカそんなあるわけねえだろ」
「てめえまさかもう色目使ってんじゃねえよなぁ?」
やべえ、なんだか雲行きが悪くなってきやがった。マナの顔から笑顔が消え、下から舐めるように睨みつけてきやがる。心なしか歯が牙に見えるぜ。
「おいおい勘弁してくれよ。今日中に寮を決めねえとあいつら宿暮らしになっちまうんだ。おれもそこまでゼニは使えねえし、かと言って野宿させるのも不憫だしよ……」
「なに?」
「え?」
「てめえ、飼ってやがるのか?」
マナの目が燃え出した。わああ、いらねえこと言っちまった。そりゃそうだ。男が女に暮らしの金を出してるなんて言ったら、囲ってると思われて当然だ。ホント、なんで言う前に気づかねえかなおれは。
しかしやべえな。マナのヤツわなわな震えてやがる。歯までギシギシ言わせて、これじゃ書類を書いてもらえるかわからねえ。けっこう気分屋なんだ。おれは必死に弁明した。
「なあ聞いてくれ。たしかに女ばかり集めりゃ変な気を起こしてるんじゃねえかと疑う気持ちもわからなくねえ。でもよ、本当にたまたまなんだ。たまたま出会ったのが女で、たまたまそいつらが調査団のメンバーに打ってつけだっただけで、おれはいやらしい気持ちなんかひとつもありゃしねえ。ヤっちまう? バカ言っちゃいけねえ。おれが理想の女性像を持ってることは知ってるだろう? それが今日たまたま出会った女と抱き合うってのか?」
おれのうったえが効いたのか、マナはやや落ち着いて、むぅ、とうなった。そうだ、そうなんだ。お前は早とちりをしてるだけなんだ。落ち着いて話を聞きゃあわかることじゃねえか。おれは決してそんなつもりは——
「ただいまー!」
背後からソネが元気よく言った。
「ああ、戻ってきたか」
振り返ると三人がそこにいた。ソネはまだ口の周りにミートソースが着いている。しかしこいつ、なにを思ったか、
「ゴリー、おいしかったー!」
なんと駆け寄っておれに抱きつきやがった。
「お、おい!」
「ゴリ、おいしいもの食べさせてくれる! ソネ、ゴリ大好き!」
げっ! ち、ちょっと待て、いまそのセリフはまずい! そんなこと言ったら、ほら、マナの目の色が変わってやがる! 離れてくれ!
「いやぁ、悪いねあたしまで。昼もごちそうになっちゃったしさ、なにかお返ししてあげないとね〜。ふふふ、さーて、どうやって返そうか。うふふふふふ」
クゥ、肩に腕を回すんじゃない! そんな思わせぶりな顔して、お前わざと胸当ててるだろ! マナ、違う! 違うんだ! そんなこわい顔しないでくれ!
「あ、ソネ、口の周り汚れてる。汚い!」
あ、こら、おれの腕で口を拭くな! つうかそんなべったりスキンシップされたらマナが……
「て、てめえ……なーにが抱き合わねえだ……」
ひー! 違う! 違うんだ!
「ずいぶんとかわい子ちゃんはべらせてよ……しかも揃いも揃ってチチのでけえのばっか集めやがって……てめえ、おれへの当てつけか!?」
「違う! 誤解だ! おれは決してそんなつもりじゃ……!」
「やっぱり巨乳がいいんじゃねーかこのケダモノ! 女をチチでしか見ねえろくでなしが!」
「だから違うって!」
こいつ、なんで話を聞いてくれねえんだ! 頭に血が昇るといつもこうだ! クゥもソネもそんなポカンとした顔してねえでさっさと離れてくれ!
「ねえ、なんであの子怒ってるのさ?」
クゥはおれに耳打ちするように訊いてきた。
「は、話すと長くなる……とりあえずふたりともどいてくれねえか……」
そう言うとふたりはやっと離れてくれた。しかしこりゃあ誤解は解けそうもねえ。こんなベタベタしたところを見られちゃ、思い込みの激しいマナには弁解の余地はねえ。
でもよ、ここで帰るわけにはいかねえんだ。なんせおれたちは住む場所も仕事も手に入れなきゃならねえんだからよ。こうなったらもうなりふりかまってられねえ!
「マナ! あとで説明するからとにかくいまは書類書いてくれ! いまは一刻も惜しいんだ! 食い扶持も生活もかかってるんだ! 頼む、この通りだ!」
おれはおでこをカウンターにガンガンぶつけて必死に頼んだ。もちろんそれでマナが素直にうなずくヤツじゃねえことはわかってる。こいつは相手が怒鳴ろうが泣こうが一歩も退かねえ。
「なにが説明だこのチチ狂い! 何個吸ったんだ!? 女三人いりゃおチチは六つあるからな! でけえからさぞ吸いがいがあったろうなー!」
「そんなことしてねえから、とにかく頼む! おれにはお前しか頼れるヤツがいねえんだ!」
「あン?」
「頼む、書いてくれ! 頼む、頼むから…………」
ふと、おれはマナの罵声が収まっていることに気づいて顔を上げた。マナは少しだけニヤついた顔で、
「ほー、おれしか頼れねえ……か」
「ああ、その通りだ。お前しか頼れる相手はいねえ」
「そうかい、そこまで言われちゃしょうがねえな……」
ふふん、と鼻歌でも出てきそうな語調でマナが言った。なんだ? なんか知らねえが機嫌治ってやがるぞ? まだ眉毛は釣りあがっちゃいるが、それ以外が微笑んでニヤニヤしてやがる。いったいぜんたいどうしたってんだ?
「か、書いてくれるのか?」
「ああ、いいぜ。ただし……」
マナはおれの目の前に書きかけの書類を広げて見せた。かと思いきや、
「書き直しだ!」
なんと書類を破り捨てやがった!
「な!?」
なにを! と訊いたがマナは返事をせず、新しく紙を取り出しガツガツ叩きつけるようにペンを走らせた。書き直すって、なにを直そうってんだ。あとは組織名を入れるだけだったじゃねえか。こいつのつもりがわからねえ。
そうこう考えているうちにマナは書類を書き上げ、
「クソガキ! これ!」
と奥にいた新米職員を呼びつけ、
「新規に出しとけ!」
と投げるように渡した。
「さーて、これで登録はできた。寮の登録も入れといてやったぜ」
「あ、ありがとうマナ」
「あははははは!」
マナは突如高笑いをした。よろこびと悪意が混じっているような笑いだった。そしてこう言った。
「別に礼を言われる筋合いはねえよ。だって、おれは自分の調査団の登録をしただけなんだからよ」
「へ?」
自分の調査団……? おれたちの団を登録してくれたんじゃねえのか? つうかお前、ギルドの職員が調査団ってどういう……
「すぐ戻っからちょっと待ってろ」
そう言うとマナはズカズカ奥の扉へと消えちまった。おれはわけもわからずあたふたし、クゥとソネも話を耳にしてうろたえていた。ただクユリだけが、
「なるほど、どうやら活動できそうだな。しかし……ふふふ、あははは」
と笑っていた。こいつなにをわかってるっつうんだ? 無口なこいつがこんなに笑うなんていったいどういうことなんだ?
そんな疑問が頭によぎったとき、書類を手にした新米が「ええっ!?」と叫んだ。
「おい、どうしたんだ?」
おれが訊くと、
「こ、これ……」
新米は書類の内容を教えてくれた。
——新規調査団登録書
組織名——ボード調査団
団長——マナ・ボード
副団長——ゴリ・ラミテーダ
団員——クゥ・オッキラ クユリ ソネ・ギヤル
寮——東地区215六室アパート、部屋六室使用
活動予定——環境調査 資源調査
以上——ニドネル・アサオキットが許諾する。代筆、マナ・ボード。
「ええっ!?」
ぼ、ボード調査団!? どういうことだ? なんでマナが団長になってるんだ? つうかあいつギルドの職員じゃねえか!
「ねえ、いまあたしの名前入ってたよね?」
「ソネも入ってたー!」
「じゃああたし、探索できるんだ! あっははは!」
「ソネもー! あっはははー!」
こいつらひとり増えてることが気にならねえのか? そりゃおれたち全員の名前が入ってて団が発足できるんだから万事解決には違えねえが、なんかおかしいと思わねえのか?
「よかったじゃないか。字の書けるヤツが入って」
クユリはそう言って平然とたばこをふかした。そりゃまあ、たしかにそうだが……
そうこうしてると、奥からマナが現れ、カウンターを抜けておれたちの横に現れた。妙にニコニコして、
「おう、てめえら。おれが今日からてめえらの団長になるマナ・ボードだ。チチがでけえからって容赦しねえぞ!」
なんだその挨拶は……しかし女ってのはそういうもんなのか? こいつら気にしねえで、
「あっはは、おもしろいヤツだな! あたしはクゥ、よろしく!」
とクゥは高らかに笑い、
「わたし、ソネ! よろしく!」
とソネは相変わらず元気で、
「クユリだ」
とクユリは片手を軽く上げてうまそうにキセルを吸ってやがる。おれがおかしいのか? おれだけがこの状況をおかしいと思ってるのか? 違うよな? たぶんおれと、カウンターの奥でなにか言いたそうにしてる新米やろうが正常だよな?
「お、お前……ギルドは?」
「やめてきた」
「やめてきたって……」
「てめえをこんな巨乳まみれにさせてたらいつ童貞取られちまうかわかんねえだろうが。だからおれが一緒にいて悪い虫がつかねえよう見張っててやる。なーに、事務と管理はおれに任せな。てめえと違って頭はいいからよ」
な、なんちゅうやろうだ……たしかにメンバーとしちゃありがてえことこの上ねえが、即日現職を捨てて明日どうなるかわからねえ調査団に入るとは……しかも勝手に団長になってるし、こいつの気分屋にはいつも驚かされてたが、今日ほど驚いたことはねえ。
しかし怒ってたわりにはずいぶんたのしそうだな。なんか知らねえが張り切っちまって、なんでそんなにうれしそうに笑ってるんだ? おれなにかマナの気分のよくなることでも言ったか? おーおー、ソネとほとんど変わらねえ身長でつま先伸ばして見栄張っちゃって、元気に腕上げて、
「おーし、じゃあてめえら、これから寮に案内してやる! それが終わったら仕事探しだ! やろうども、気合い入れて行くぞ!」
まったく、女ってヤツはホントわからねえよ。まあ、女心がわかるようならいまごろモテてるんだろうけど。
しかし、マナと調査団か……まあ、いやじゃねえけどよ。