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7 ロリ巨乳

 おれたちは再び大通りを歩いていた。もちろん昼飯を食うためにだ。クゥも笑っちゃいるが、さっきのサンドイッチが呼び水となって相当腹が減っているらしい。グーグー腹の虫を鳴らして恥ずかしそうに顔を赤くしてやがる。

 それにしてもクユリはずいぶんとたばこを吸うんだな。あれからいっときも吸ってねえ瞬間がねえ。腰にたばこ道具の皮袋を差し、吸い終わっちゃ使い、吸い終わっちゃ使いで合間がねえ。ふつうたばこってのは合間に吸うもんだろ? こいつの場合は吸ってねえときが合間なんだ。ひと箱で一週間は持つってたばこを二十箱も買ったときは不思議に思ったが、なるほどこれじゃあ無理もねえ。吸いすぎは体に毒だっていうからちょっと心配だけどよ。

 ともあれおれはウキウキしていた。だってよ、もう引退かと思ってたのにまた探索ができそうなんだぜ。一番ネックだった戦闘員がふたりも見つかりやがった。幸先がいいったらねえぜ。

「お前ら、おれがおごるから好きなだけ食えよ」

「やった! あたしもうお腹すいちゃって、二人前食べちゃおうかな」

「二人前でも三人前でも食え食え。クユリも遠慮するなよ」

「そうだな、お言葉に甘えるとするか」

 さあもうすぐ飯屋だ。おれも腹いっぱい食おう。まだ昼前だからそんなに混まないだろうし、今日は昼から酒でも飲んじまうかな。

 おれは上機嫌で空を見上げながら歩いていた。機嫌がいいとついそうなっちまう。そのせいで、目の前の通行人に気がつかなかった。

「おっと」

 いけねえいけねえ、そりゃこんなひと通りの多い道で上なんか見てたらだれかにぶつかるわな。

「あ、すまねえ!」

 おれは謝って一歩後ろに下がった。ぶつかったのは子供、それも南の森の部族の少女だ。こんなところで珍しい。黒く丸っこいセミショートの髪で、耳の上に鳥の羽の飾り物を着け、肌は土のように茶色い。彼らの一番の特徴は目の下やほほの白い民族化粧だ。土地土地に部族はいるが、この化粧をするのは彼らしかいない。

 それにしてもむかしかたぎだな。最近じゃどこの民族も近代化してるってのに服はむかしのままだ。白を基調とした短いポンチョみてえな服で、鳥の羽が腰や肩にワンポイントでついている。

 歳は十四、五ってところか。クゥやクユリほどじゃないが少女には不釣り合いな大きな胸が、呼吸に合わせて上下に揺れている。

 ……また巨乳か。なんか変な予感がするな。

 少女はおれの謝罪に応えるでも怒るでもなく、ふらふらとその場でふらついていた。おいおい、目が開いてねえぞ。どうしたこいつ。

「おい、大丈夫か?」

「ふわぁ……」

 少女は気の抜けた声でうめいたかと思うと、ぐらっと前のめりに倒れそうになった。

「お、おい!」

 おれは慌てて肩を支えた。そいつはそのままおれにしがみつき、おれの腹で頭を支えて、

「お腹空いた……」

 と蚊の鳴くような声で————

 ……おい、なんだこのやわらけえのは? ヤバい! ヤバいヤバい、やべえぞ! おれの股間にすげえやわらかいものが当たってる! でかくてやわらけえものがおれの股間に! これはすげえヤバい! ものすげえヤバい!

 おれは咄嗟にしゃがみ、少女と顔を合わせるように中腰になった。よし、自然なかたちで座ることができたし、これで話ができる。

「ど、どうした、腹が減ったのか?」

「うん……ソネ、お腹空いた……」

 ソネ? 部族の言葉か?

 おれが疑問に思うと、少女はまるでおれの心を読んだかのように、

「ソネ、名前。わたしソネ・ギヤル。ソネお腹空いて倒れそう」

「倒れそうって、もう倒れたじゃねえか」

「じゃあソネ、お腹空いて倒れた」

 クゥが心配そうに屈み、

「ねえゴリ、この子お腹空いてるんじゃ一緒にごはん食べさせてあげようよ。あたしの金じゃないからなんだけどさ」

「ああもちろんだ。ソネ、メシ食いに行くぞ」

「ホント? ソネ、うれしい!」

 おれはソネという少女を背に担ぎ、メシ屋へと連れて行った。クゥに言われるまでもなくそうするつもりだった。おれは女子供が困ってるのを見過ごせねえんだ。それによ、おれも空腹で倒れそうになるツラさはよーくわかってる。ガキのころ散々味わったからな。腹いっぱいになるまで好きなだけ食えって言ってやったよ。そしたら、

「うれしい、うれしい、ゴリ大好き」

 だってよ。子供は素直でいいねぇ。つってももう結婚してもおかしくない年ごろだから子供って言うのもなんだけどよ。

 しかしなんであんな遠くの部族がこんなところにいるのかね。まさか子供ひとりってことはねえだろうからどこかに家族がいるんだろうが、まあ、その辺の事情はメシを食ってから聞くとしよう。いまはみんな腹ペコだ。

 ところでおれにはひとつ男としてのポリシーがある。それは、男がいちど口にしたことは撤回しない、ってことだ。だってそうだろう。あとでやっぱりいやだとか言うのは卑怯だ。男のすることじゃねえ。だからおれはストップをかけたいのを我慢して、ひたすら料理をたいらげ続けるソネを呆然と見守った。

 いやあ驚いたのなんの。おれもけっこう食う方だし、大食い自慢も山ほど見てきた。だけどこいつは段違いだ。もう十人前は食ってるんじゃねえのか? パンは数えてたから覚えてる。五十個だ。おれたちはソネの食いっぷりを肴に酒を飲んだが、クゥもクユリも目を丸くしてやがった。店員やほかの客ももの珍しそうに見ちゃ笑ったり驚いたりしてよ。たぶんおれだけだ。苦い顔してたのは。だってこれ、おれが払うんだぜ。

「どうだ、腹いっぱいになったか?」

「もぐもぐ、まだだよ」

「そうか、でもあんまり食いすぎると体に悪いぞ。腹八分目って言うしな」

「うん、でもゴリ好きなだけ食えって言った。ソネ、好きなだけ食う!」

 あ〜そうかい。そんなに笑顔になっちゃって、まったくおれはうれしくてしょうがねえよ。おれは子供がよろこぶ顔がだ〜い好きなんだ。まったく、ホントによう。……財布にいくら入ってたっけな。

 結局ソネはパン八十個と料理十四人前をたいらげた。けふー、とかわいらしいゲップをし、

「ゴリ、ソネお腹いっぱいだよ」

「そうか……そりゃよかった」

 おれの財布は「よくねえ」って言ってるけどな。しかし不思議だよなぁ。こんな小さな体のどこにあれだけのメシが消えちまうのか。それに思ったほど腹がでっかくなってねえ。恐ろしく消化が早いらしい。あの部族ってそういう人種だったっけか? 質素なヤツらって聞いてたけどなぁ。

「いやぁ、あんたすごいねえ。どうしてそんなに食べられるんだい?」

 クゥが酒でやや上気して言った。

「あのね、ソネ、精霊さんといるの。精霊さんがいるとお腹が空くんだよ」

 精霊? 格好だけじゃなくて信仰も古臭いな。まあ、それはどこも同じようなものか。それより、

「家族はどうした? 親は? まさかひとりで街にいるのか?」

 おれがそう訊くと、

「ソネ、ひとり……」

 ソネはしゅんとして答えた。

「どういうことだ?」

 話を訊くと、ソネは部族から追放されたらしい。森とともに暮らし、山とともに暮らし、川とともに暮らす。それが彼らの掟で、文明に触れることは(よこしま)とされている。それは彼らの自然信仰が根幹にあり、度を超えた繁栄は争いを生むという哲学からできた決まりだ。まあ、間違っちゃいねえかもな。ひとが増えればいざこざや奪い合いも起きるし、名前の知らない隣人も増える。狭く貧しく、最低限自然の生き物に生かしてもらうって考えは一種の悟りだ。

 つっても最近じゃそこまで厳格じゃないらしい。ちょいちょい来訪者はあるし、こっそり街に出るヤツも多く、族長も見て見ぬふりをしているらしい。つまりおおっぴらじゃなきゃ許される、街中で立ちションベンをしちゃいけねえのと同じくらいのルールだ。

 それが、ソネはとがめられちまった。

「ソネね、はじめて森の外に出たんだよ。ダメだって知ってたからずっと守ってたのに……」

 ほかのやつらが許されてるのになんでこいつだけがダメなのか。はっきりとはわからねえが、たいていそういうのは別の理由がある。あくまでおれの想像だが、食いすぎが疎まれたんじゃねえかな? だってこいつ、一日どれくらい食うか訊いたら、

「おっきい動物を二匹くらい食べるよ」

 ってんだからな。悪いが追放したくなる気持ちもわからなくねえ。たぶん外出にこじつけて追い出したんだろう。あくまで想像だがよ。

「ソネ、どうしよう」

 どうしようったって、もう帰るところはねえんだろうし、どこかで落ち着くしかねえよなぁ。おれは言葉に詰まっちまったよ。こんないたいけな少女がふるさとを追われて当てもなく彷徨ったあげく、はるばるこんなところまで来てよ。異民族じゃ雇ってくれるところも少ねえし、助けてやりてえがこればっかりは……

「ねえゴリ、うちで雇えないかな?」

 うっ……クゥ、それは言わねえでほしかった。

「ちょうどうちもあと二人ひとが欲しいところだったしさ、ソネは住むところもないんでしょ? だったらさ、みんなで寮に住んで、ソネにも手伝ってもらおうよ」

 おいおい、簡単に言ってくれるぜ。たしかに悪い話じゃねえけどよ。こんな細腕でも荷車押すくらいの力はあるだろうし、森の民族なら体力も期待できる。あいつら木登りも弓矢も得意だからな。射止めた獲物は肩に担いで運ぶっていうし、実際ソネの体は脂肪の下に筋肉の影がうすく浮かんでいる。やわに見えてわりと頑強かもしれねえ。同じ追放の身としても放っておけねえし、雇いたいってのが本音だ。ただ食費がなぁ……

「ゴリ、ソネのこと助けてくれるの?」

 ソネは泣きそうな顔で言った。あーあ、期待を持たせちまった。だからおれは思っても口に出さなかったんだ。汚ねえ話だがゼニ勘定をしねえわけにはいかねえ。助けてやりてえしひと手も欲しいが、おれたちも生きていかなきゃならねえんだ。でもよ……

「ソネ、がんばるよ。ソネ、一生懸命働くよ。できることならなんでもするし、料理が得意だよ。ごはんはいっぱい食べるよ」

 こんなウルウルした目でうったえられちゃなぁ。それにここまで話しちまったしよ。

 ……しょうがねえ、腹を括るか。

「一緒に探索やろうか」

「うん! やる!」

 ——こうしておれはこの大食い少女を仲間に引き入れることにした。メシ代の心配はあるが、そこはなんとか考えるしかねえ。

 ともあれこれで四人だ。団を運営する最低限の人数は揃ったことになる。事務は経理業者に頼むとして、あとはギルドに登録すれば活動可能だ。字が書けるヤツがいねえからマナになんとかしてもらおう。あいつもおれに探索やめてほしくねえみてえだったしな。

 ああ、やっとめどがついた。問題は今日中にちょうどいい寮が見つかるかどうかだが、マナならきっといいのを見繕ってくれるだろう。

 ——しかし、出会い頭にもしやと思ったが、やはりソネも仲間になったか。巨乳を見た途端まさかとは思ったけどよ。

 だって変な話さ。おれはいままでまったく女性との関わりがなかったんだぜ。友達も知り合いもみんな男だ。マナくらいのもんだぜ。それがまだお日様が真上にも昇らねえうちに巨乳美女、巨乳美女、と出会った途端仲間になって、そんでこいつだ。案の定仲間になりやがった。どうしてそうなる。みんな初対面だってのにまるでそうなることが決まってたみたいにすんなりだぜ。偶然にしちゃ出来すぎてる。

 おれはあんまりオカルトを信じない。まじないとか幽霊とか一切否定するわけじゃねえが眉唾だと思ってる。でもよ、こうもおかしいと昨日のあの女の”おまじない”がホントなんじゃねえかって思っちまう。というか”おまじない”ってこんなに効くものか? せいぜい精神的にプラス思考になるくらいのもんだろ? 好きなひとと会えますように、とか言って、偶然出会ったら「おまじないが効いたかも〜」くらいのよ。

 もしかしてあの女がやったのっておまじないなんて冗談めいたもんじゃなくて、魔法とか呪いとか、そういう禍々しいなにかなんじゃねえか? 昨日の今日でこれだぜ?

 そういやいろいろ変だったよな。お礼していいんですねってわざわざ確認してきたり、助けてもらったとは思えねえ口ぶりで死人が出なかったことに安堵したり、おまじないも本格的でポーズまでとって……

 ……あいつ、なんだ? 何者なんだ? たしかメイ・シュカケールっつったよな。

 そうだ、あいつは生活課で会ったんだ。生活課の窓口でマナとやりとりをしてるはずだ。

 マナのところに行こう。マナに話して、あの女の素性やら現住所やら聞き出そう。じゃねえとまずいことになる気がする。

 おれはいま、なにかとんでもないことになっている気がする。

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