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18 ホンビキの女

「よお、ポーカー。話があるんだがいいか?」

「おう、なんだ?」

「実はよ、その、トンネルの先の初期調査の権利を売ってほしいんだ」

「ほう、なんでまた? あそこは行き止まりだぜ? まあ、脇道がどこかに繋がってる可能性があるからなんとも言えねえが、おれの読みじゃただの巣穴だ」

「いや、それが……おれもドラゴンが見たくてよ。それに温泉も気になるし、討伐されねえうちに早く行きてえんだ」

 そう言うとポーカーはパアッと顔を明るくして、

「そうか! お前は信じてくれるのか!」

「もちろんさ! ポーカーが嘘をつくわけがねえからな!」

 すまん、嘘ついてるのはおれだ。おれはドラゴンなんざ微塵も信じてねえ。でもそうでも言わなきゃ権利がほしい理由がねえからな。

「いいぜ、おれはいちど開いた場所はあんまり興味ねえんだ。ドラゴンはまあ気になるが、でかすぎて危ねえからな。いいだろう、お前に譲ろう。じゃあ明日にでもニダイに話をつけておくぜ」

「あ、いや……それがその……」

 ポーカーはおれが追放を受けたことを知らなかった。どうやら壁の向こうでひと月近く野営していたらしい。あの魔窟でたいしたヤツらだ。

 おれは自分が追放を受けて、いまどんな状況かを話した。すると、

「ううん……そうか……」

 ポーカーは顔色を曇らせ、

「困ったな」

 そうだよなぁ。そりゃ困るよなぁ。でもここは売ってもらわねえと困る。手ぶらで帰ったらクユリになにされるかわかったもんじゃねえ。

「なあ、なんとかならねえかな?」

「つったってよ、せめてお前の団がもう少し実績がありゃなぁ。できて一週間の黒板業者だろ? ううむ……ううむ……」

 ポーカーは酒を飲むのも忘れて考え込んだ。無理な相談しちまったなぁ。ふつうに考えて通るわけがねえ。ものの分別ってもんがあらあ。おれはやむなく話をなかったことにしようと口を開きかけた。そのとき、

「そうだ、こういうのはどうだ?」

 ポーカーはポンと手のひらを右手のグーで叩き、

「ばくちの借金のかたに権利を譲るってのはどうだ?」

「ばくちの?」

「そう。おれとお前はばくちを打つんだ。そして、おれはお前に大敗する。するとせっかくの報奨金がパーだ。で、お前はおれにこう持ちかける。どうだポーカー、この金のかわりに、新規場所の権利を譲らないか? するとおれはやむなくお前に権利を譲る。これなら売ったわけじゃねえから世間の当たりも違う。どうだ?」

「なるほど! いけるかもしれねえ!」

「そうだろう、いけるさ。間違いなくいける」

「すまねえ、恩に着るぜ」

「なあに、いいってことよ」

「じゃあ明日、おれの方からニドネルに話しておくよ」

「おう、でもまずはおれにばくちで勝たなきゃな」

「へ?」

「だから、ばくちで勝って金のかわりに権利をもらうんだろ?」

「いや、それはそういうかたちにするって話じゃ……」

「バカ言うなよ。やってもいねえばくちの負けなんか払えるか」

 おいおい、冗談じゃねえぞ。ばくちど素人のおれがポーカーに敵うはずねえじゃねえか。しかしこいつはポケットから取り出したカードをシャッフルし、

「さ、カットしてくれ。なにがいい? 好きなゲームを選びな」

 ま、マジでやるのか?

 やむなくおれはブラック・ジャックを挑んだ。ディーラーなしの一対一。運と読みのぶつかり合いだ。いかに弱い手を大きく見せて、いかに強い手を小さく見せるかが勝負の鍵となる。

 しかし相手はポーカー。おれに敵うはずがなかった。ポーカーはおれにいい手が来るとすぐにダウンし、逆に弱い手でブラフをかけてもそれ以上にレイズで潰しにかかってくる。さすがにこの手で突っ張ってもダメだと思ってダウンすると、本来見せる必要のない手を公開して、

「いやあ、バーストだったがなんとかなるもんだな。コールされてたら逆転だった」

 とおれのこころを削り取った。それをきっかけに、おれのこころは掌握されちまったらしい。なにをやってもダメ、と言うより、ダメなことをするように誘導されているような気さえする。気づけばポーカーの前にチップの山が積まれていた。

 ポーカーがばくちを打つというので最初はそこそこギャラリーもいたが、いつしかだれもいなくなっていた。そうだよな、だってもうこれは勝負じゃねえ。料理だ。まな板の上に縛りつけられた魚を少しずつ切れ目を入れて鍋に入れる準備をしているに過ぎねえ。

 おれはもう戦意を失っていた。どうやっても勝てる気がしなかった。しかし目的を達成できなかったどころか、こんな大金を失っちまった以上、引くわけにもいかなかった。まいった。本当にまいっちまった。すると、そんなおれの顔色を見て、

「なあ、もうやめようか」

 とポーカーが気の毒そうに言った。

「なしにしよう。おれはこの街の仲間から金を取るつもりはねえ。おれたちはちょっとしたゲームをしたんだ。そうだろう?」

 おれはその言葉を聞いて、ありがたいやら情けないやらで、うなだれるしかなかった。

「なあに、二週間すれば行けるようになるんだ。それまできっとドラゴンは生きてるさ。それを祈って飲もうぜ」

 ポーカーはおれの近くにあったグラスに酒を入れようとした。そんなとき、

「わたしも混ぜてくれないか?」

 おれの背後からたばこの煙といっしょに女の声がした。

「……クユリ」

「話は見えた。こいつを負かして金のかわりに権利をもらう。そんなところだろう?」

「その通りだ……だけど……」

「どけ、わたしがやる」

 クユリはおれを席から退かし、ドカッと椅子に座った。乱暴なやろうだ。しかし、ポーカーは気に入ったらしく、

「できそうだな」

 といやに真剣に笑った。

「おれはロゾンピィ・シゴロ。みんなにはポーカーと呼ばれている」

「クユリ。旅打ちだ」

 ほう、とポーカーの口が動いた。おれも驚いたよ。まさかこいつ、ばくち打ちだったなんてよ。そういえばこいつはカタナと金とたばこ以外なにも持ってなかったよな。なるほど、ばくちで稼いで旅費にしてたから手ぶらだったってわけか。あんまり殺気のすごいヤツだからまさか強盗かなにかかと思って心配していたが、少しだけ安心したぜ。

「で、なにで勝負する?」

 とポーカーが言った。すると、

「そうだな……いつもおなじ遊びじゃ飽きるだろう。わたしの国の遊びを教えてやる。一から六のカードを集めろ。それから、デックはいくつある?」

「いま使ってるのを合わせて三つあるが」

「ふたつでいい。一から六の束を八つ作れ」

 そう言ってクユリはテーブル上のカードをかき集め、選別をはじめた。ポーカーもポケットからデックを取り出し、カードを抜いた。クユリは自分の前に六枚のカードを表で順番に並べ、自分にひと束、ポーカーにひと束渡し、

「さあ、これからおもしろい遊びをするぞ。しかしふたりじゃつまらないからだれか遊んでいかないか?」

 そう言うと、周りにいたうちの三人が席に着いた。クユリはそいつらにもカードを渡し、

「ちょうどいい人数だ。じゃあ説明しよう。これからやるのはホンビキという遊びだ。なに、難しいことはない。単なる数字当てだ。わたしは手札の六枚からひとつ見えないように選び、手ぬぐいに包んで伏せる。お前たちはわたしが伏せたと思うカードを裏向きに置いて金を賭ける。当たれば配当と元金を受け取り、外れればわたしがもらう。簡単だろう?」

 なるほど、たしかに簡単だ。しかし六分の一を当てるのは難しいんじゃないのか?

「本来は二、三枚予想を置いて、そこからさまざまな金の賭け方があるんだが、それを説明すると長くなる。今回はスイチ——一枚だけを賭ける方法で遊ぼう。配当は四・五倍だ。長々と説明したが、やればわかる。おもしろいぞ」

 そう言ってクユリはフフ、と笑い、カードを一枚手ぬぐいに包んだ。

「さあ、張ってくれ」

 ポーカーたちはまだ感触をつかみかねているようだが、

「ま、やってみようじゃねえか」

 と順次カードを伏せ、チップを置いた。

「出揃ったな。では」

 クユリはそれらを見回し、自分の前に並んだ一、二、三、四、五、六のカードから五を取り、その列の一番右に置いて、

「胴——”親”の方がわかりやすいか。親は必ず伏せたカードと同じカードを選んで、この列——”目木”の右に付け、それから手ぬぐいを開く。この動かした目木と伏せたカードが違うとチョンボになる」

 と言って手ぬぐいを開き、五のカードを見せた。

「なるほど。ランダムはなし、かならず心理戦ってわけか」

 とポーカーが言うと、クユリは満足そうに、

「飲み込みが早くて助かる」

 と言った。おれにはポーカーがなにを理解したのかさっぱりわからねえが、ばくち打ちにはわかるらしい。その後みんなは自分のカードを開き、当たりは一枚もなかった。

「別にハズレのカードを開く必要はないんだがな」

 クユリはチップをかき集め、言った。

「さあ、これでルールはわかっただろう。なら次はもっと大きく張ってくれ。小張じゃ熱くなれないぞ」

 そんなわけでこのホンビキというギャンブルがはじまった。

 しかし、当たらない。たまに当たりは出るものの、ハズレばかりでクユリの手元にチップが集まっていく。クユリが言うには、本来複数狙いを定めるのにピンでしか張れないのだから難しいのはしょうがないそうだ。しかしやってるヤツらはおもしろいらしく、「ああ、そっちか」「読みが外れた。次こそは」などとけっこう熱くなっていた。どうやらゲームが進むにつれて特定の数字にキャラクター性が出るらしく、いまは二がそれで、端の一六を出すか、二を出すか、あいだの三四五を出すか、それらが前回、前々回になにを伏せたかで予測し、親は子たち全員の予想を裏切ろうと読んでいるのだという。単なる当てずっぽうってわけじゃねえのか。

 しかし気になるのはポーカーだ。なんとなく気づいたんだが、クユリがフフ、と笑ってカードを伏せると、ポーカーはかならず鋭い気配を放つ。一見無表情だが、ほんの一瞬目の奥に殺気に近いにおいを漂わせる。おれはばくちはわからねえが、職業柄危険のにおいには敏感なんだ。いまのポーカーの気配は茂みに隠れて獲物を狙う肉食獣そっくりだぜ。なにかを狙っている。

 そして勝負のときが来た。

 クユリが前回笑ってからだいぶ間を開けて、久々にフフ、と笑った。あ、来た! とおれが思うのとおなじく、ポーカーも目をギラつかせた。そしてみんながなにを出そうか悩んでいる中、

「なあ、マックスベットはいくらだい?」

 おもむろに言った。

「そうだな……」

 クユリはたばこ入れからキセルを取り出し、使いはじめた。そういえばこいつホンビキをはじめてからたばこを吸ってなかったな。酒飲んでるときでも多少吸ってたのに、このあいだは珍しくゼロだった。クユリは言った。

「場所ごとに違うんだが……今回は決めてなかったしな。青天井と行こう」

「それが聞きたかった」

 ポーカーはニイっと笑い、手元にあったチップの山をズズッと押し出した。

「お、おい!」

 おれは思わず声を上げた。だってあれ、とんでもねえ大金だぜ!? それを一回の勝負に賭けようってのかよ! 正気じゃねえ!

 しかも!

「これを倍だ」

 倍だと!? あの山ふたつ分賭けるのか!? おれは震えちまった。おれだけじゃねえ。周りの参加者も、本来盛り上がりそうなギャラリーも黙っちまった。騒ぐには額が高すぎる。それにこのポーカーの気迫、ふつうじゃねえ。まるで静かに燃える炎の中から巨大なモンスターが身構えてるみてえだ。もはやいのちのやり取りに似た空気が漂っている。尋常じゃねえ。

 しかし、

「いいだろう」

 クユリは平然と笑って応えた。そう、笑っていた。静かに、しかし目の奥に狂気のにおいをさせて、それはそれはうれしそうに笑っていた。そしてそれはポーカーもおなじだった。

「うれしいね。やはりばくちはおもしろくなきゃいけねえ」

「同感だ。しかしこれが当たるとわたしは払えない。そのときはどうする?」

「そうだな……お前の体をひと晩借りるってのはどうだ?」

 な、なに!?

「いいだろう、受けよう」

 なんだってー!?

「ち、ちょっと待てクユリ! それはだめだ!」

 おれはクユリの肩をつかみ、慌てて言った。しかしクユリは、

「なにがだめなんだ」

「なにがって、負けたらお前……わかってるのか!?」

「ばくちとはそういうものだろう?」

「そりゃそうだろうけど……そんなのだめだろう! もっと体を大事にしねえと……」

 ——フフフ。

「ゴリ、お前はかわいいな」

「はぁ!?」

「大丈夫だから黙って見ていろ」

 な、なんだよかわいいって。なんだよ大丈夫って。全然大丈夫じゃねえよ! それなのにお前……

「さあ、ほかに賭けるヤツはいないか?」

 クユリはおれを置いてきぼりにするように言い放ち、

「いないな? 賭けたのはこの男だけだな? なら勝負と行こう」

 そう言って目木に手を伸ばした。ああ、はじまっちまった。たのむ、外れてくれ!

 クユリは手のひらをゆっくり動かし、五の上で止めた。そしてポーカーの目をじっと見つめ、それに応えるようにポーカーが見つめ返した。すると、

「フフッ」

 クユリは手をスッと横に動かし、二のカードをつかんだ。

「ああっ!」

 ポーカーは腹をナイフで刺されたみてえにのけぞった。クユリは目木を動かし、手ぬぐいを開いた。伏せたカードは二だった。

「外したか!」

「フフフ、惜しかったな」

 どうやら外れてくれたらしい。フー、怖え。まったくヒヤヒヤするぜ。でもまあ、そりゃあ六分の一なんだからそうそう当たるわけねえか。とにかく安心したぜ。

 とおれはこのとき思っていたが、どうやらそうじゃないらしい。

「お前のカードは五だろう?」

「そうに決まってるだろう」

 ポーカーはひたいを手で押さえ、苦い笑みを浮かべて五のカードを開いた。なになに? どういうこと? なんで五ってわかったの?

「なんだゴリ、お前わかってなかったのか?」

 クユリは目をパチパチさせるおれを見て、

「お前、わたしのサインに気づいていたんじゃなかったのか」

「サインって……もしかしてフフッって笑うやつ?」

「なんだ、そこまで見えていて肝心なところを見てないのか。バカだなぁ」

「な、なんだよそれ。そりゃたしかにポーカーが変な気配してるとは思ったけど、おれはばくち素人だぜ?」

「はあ、そういうことか」

 クユリが呆れ顔でそう言うと、クックック、とポーカーがのど奥で笑い、

「さすがはゴリ、ばくちは見えなくても殺気は見えるか。探索者としちゃ一流だな」

「は、はあ……」

「わかってねえようだから説明してやる。いいかい、このお嬢ちゃんは笑いながらカードを伏せるときはかならず五を出すんだ。かならずな。そして、おれたちの勝負はホンビキじゃなくて、そのタイミングだったんだ」

「はあ……?」

「ポーカー、ゴリに言ってもわからないだろう。こいつはバカだ」

「ちょ……」

「まあまあ、教えてやろうぜ。いいかいゴリ、おれがこのサインに気づいたとき、どうしたって気配が漏れる。お前が感じた気配はそれだ。でだ。このサインが出ているときはかならず五なんだから、そのときおれは五を出して、賭けられる金は全額賭ける。それはわかるな? かならず勝つんだから、限界まで賭けた方がいい」

「だけど二だったぜ?」

「そこだよ。そこが勝負なんだ。お嬢ちゃんはとっくにおれの気配を察してたはずだから、あとはいつ外すかの読みだったんだ。そして、お嬢ちゃんはそのタイミングを完璧に読み切ったってわけだ。こりゃあおれの完敗だよ」

 そう言ってポーカーはワハハハと笑った。負けたくせにずいぶんとうれしそうだった。しかし、たしかに理屈はわかったが、

「なんでそんなキワドイことを?」

 おれがそう尋ねると、クユリはまたフフと笑い、

「やっぱりお前はバカだな。相手はばくちのプロだぞ。ふつうにやったところで守りが堅すぎてこの山は崩せない。ならわざと隙を見せて大勝負させるしかないだろう」

 あー、なーるほど。頭いいなぁ。

「ま、この男が協力してくれたからできたことだがな。ふつうは倍がけなんてしない。最低限の勝ちは残しておくものだ」

 クユリがそう言うと、ポーカーは笑い、

「ゴリにもドラゴン見てほしいからよ。おれはロマンチストが大好きなんだ」

「なんだゴリ、お前ドラゴンなんて絵物語を信じてるのか」

 クユリはいやらしい笑みをおれに向け、嘲笑うように言った。ぐぐっ、こいつわざと言ってやがるな。おれがさっき飲んでるときドラゴンを疑ってたのを見てるから、ポーカーの前でうんとうなずくしかないのを見越して言ってるんだ。このニタニタした笑顔! なんてたのしそうな顔してやがる!

「お前、よっぽどそのドラゴンとかいうのが好きなんだな。よかったなぁ、勝って」

「も、もちろんさ。おれはドラゴンが見たくてしょうがねえんだ。あー、たのしみだぜえ」

「フフ、フフフ……あははは! やっぱりお前はかわいいヤツだな! あははははは! あっはははははははは!」

 こ、こいつ……くそぉ〜。

 ともあれおれはポーカーから権利をもらい、アシクの足を治せるかもしれない温泉に最初に行くことができるようになった。それはありがたい。本当にありがたい。

 しかし……くそ〜! ううー!

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