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17 湯気狂わしむやひと鬼なりし

「おいおい、本当のことだぜ」

 ポーカーはそう言ったが、みんなは笑ってばかりだった。そりゃそうだ。ドラゴンが足湯に入ってたなんてマジメに話すヤツがいるはずねえ。

 しかしいつも探索に関しちゃマジメなポーカーが冗談なんて珍しいな。しかもまだ言い張ってやがる。いいかげんちゃんとした探索録を話せばいいのによ。スペード・エースの団員も、

「ね、だから信じないって言ったでしょう」

「お頭、もういいから飲みやしょうや。これ以上話したって無駄でさあ」

 と言って話を終わらせようとした。しかしそれでもポーカーは、

「まあいいさ。信じないならそれで。でもここまで話したらケツまで話させてくれ。中途半端じゃ気持ち悪いぜ」

 と話を続けた。

「とにかく、おれたちはドラゴンを見て、ヤベえと思った。なんせでっかかったしな。見つからねえように静かに下がって、トンネルを引き返した。で、帰りもまあ順調だった。脇道も注意したがなにも出なかった。だが、最後の最後、出やがった」

「幽霊か?」

「それとも妖精さんか?」

「裸の女!」

「おれの親父!」

 酔客が口々に茶化した。ポーカーはハハハと笑うと、ニヤリと歯を見せて、言った。

「ひと食いの正体さ」

「なんだって!?」

 それを聞いた途端、みんなは前のめりになってポーカーに詰め寄った。ひと食いの正体。それは、だれもが知りたい情報だった。ドラゴンなんて幻想ではなく、実際に存在するひと食いトンネル。いったいなにがひとを食ってしまうのか。いのちのかかった探索において、情報ほど貴重なものはない。もう笑ってるヤツはいなかった。

 ポーカーは続けた。

「そいつは突然現れた。おれたちは洞窟の最後の脇道を横切り、遠くに出口の光が淡く漏れてるのが見えた。ああ、やっぱりなにもないんだな、たぶんあのドラゴンがひと食いなんだろうな。そう思って、先頭のおれは振り向いて、安心して軽口を叩こうとした。すると、ケツを歩いてたノッポの少し後ろの脇道から、のっそりでかい影が出てくるのが見えた。たぶん直立するタイプのモンスターだろう。熊みてえな、でも熊と違って首と肩の境目がない感じだったな。ねずみをでっかくしたような感じって言った方がしっくりくるかな。うちのノッポは身長が二メーターちょいあるが、それより頭ふたつ分くらいでかかったから、たぶん二メーター半くらいはあっただろう。それが背後の脇道から出てくるのが見えて、おれは咄嗟に”走れ!”と叫んだ。みんな一斉に逃げ出して、慌ててたせいか松明を取り落としたりしてよ、出口が近くてよかったぜ。たぶんそのおかげだろうが、そいつは追って来なかった。暗闇の中でシューって変な声で鳴きながらじーっとこっちを見てた。おそらくあれは罠タイプだな。自分から攻め入るんじゃなくて、きっと洞窟の脇道を利用してこっそり奇襲をかける、そういうヤツだろう。じゃなきゃ追ってくるはずだ。こんなにでかい獲物が四匹もいたんだからよ」

 と、ポーカーは”ノッポ”とあだ名する団員の肩を叩いて言った。

 この話を聞いて、みんなざわざわと話しはじめた。最先端の情報を精査し合い、モンスターの特徴から、それがどんなヤツか、出会ったらどう戦えばいいかなどを議論していた。そんな中、アシクが言った。

「なんでそれまで襲われなかったんだろうな」

「さあなあ……たまたま寝てるときに行ったのかもしれねえし、なにか理由があったのかもしれねえな。とくににおいのあるものも持ってなかったし、天候もふつうの晴れ日だったしよ」

「そうか。じゃあ残る問題は、そいつが単体のモンスターか、なん匹もいるのかだな」

「だな。もし群れだとしたらやっかいだ。洞窟も、ひとが三人も並べばいっぱいになっちまう狭さだったし、あの状況で前後を複数に囲まれたらまず生き残れないだろう」

 そう言うと、ポーカーは満足そうに目を閉じ、酒をあおった。どうやら話したいことをぜんぶ話してスッキリしたらしい。

「ま、ドラゴンもそいつも信じる信じねえはお前らの勝手だ。それよりマスター、鳥とキノコのソテーだ。それからエールとそれに合うつまみをテキトーに持ってきてくれ。なんせ今日の酒はアシクのおごりだからな。どんどん飲まなきゃもったいねえ! ハハハ!」

 この言葉を機にポーカーは宴会モードに切り替わった。それに合わせてみんなも探索者の顔からただの飲兵衛に戻り、またわいわい飲みはじめた。しかしドラゴンねぇ。ポーカーがあんなにムキになるなんて、まさかホントなのかねぇ。

 そうこう話していると、ちょうどおれたちの席にノッポが遊びに来たのでちょいと訊いてみた。すると、

「本当さ、おれもまさかドラゴンが現実にいるなんて思わなかった」

「見間違いじゃないのか?」

「うーん、そりゃあ火を吹いたとこを見たわけじゃないからね。でも伝説の通り、でかいトカゲみたいでウロコがあって、翼が生えてて、どう見てもドラゴンだったよ」

「で、それが足湯に浸かってたってか」

「そうなんだよ。なんでドラゴンが足湯になんか浸かってたのかな?」

 ノッポがそう言うと、クユリが、

「薬湯だろう」

 とボソリと言った。

「薬湯?」

「ああ。温泉にはふつうの湯と違って、傷や病を癒すものがある。よく山の獣は温泉に浸かって傷を癒すものだ。おそらくそのドラゴンとかいうのは脚になにかあったんだろう」

「ふうん、そういうものかねえ」

 おれがそう言うと、ノッポが、

「ハハハ、まさか水虫治療だったりして」

 水虫治療? そんなバカな話あるか。くだらねえ——と思ったが、ふと、おれはあることに思い当たった。

 ——そういやアシクの足の臭さって、病だったりしてな。

 そう、おれの親友アシク・サスギルは恐ろしく足が臭い。なんせ足が臭いおかげで二度離婚してるほどだ。おれはあいつの足を治してやりたいと思ってにおい消しの薬効を探し続けてきたが、もしあれが病で、それが温泉で治るとしたら……?

「はぁ……」

 不意にクユリが切なげな吐息を吐いた。

「ど、どうした?」

「温泉………………はぁ……」

 こいつ、もしかして温泉に入りたくてそんな色っぽいため息吐いてるのか? まるで恋する男を思って悶えてるみてえだ。目なんかトロンとさせちゃって、おいおい、変な気分になるぜ。

 クユリは艶かしい瞳を気怠げに睨み上げ、ノッポに言った。

「おいお前、本当に見たんだろうな」

「あ、ああ。間違いない。あれはドラゴンだった」

「ドラゴンなどどうでもいい。温泉はあったんだな?」

「え? は、はい。たしかに見ました」

 ノッポは真っ赤になってドギマギし、言葉遣いまで変わっていた。こいつ美人の奥さんとかわいい三人のガキがいるってのに、いいのか、おい。まあ、こんな妖艶な上目遣いされちゃどうかしねえ方がおかしいか。女のマナやクゥまでゴクっとノドを鳴らしてやがる。それだけでも色っぽいのに、クユリは自分の両肩を抱いて、

「ああ……温泉……はあ、あ……」

 と身を捩って悶えた。おいおい、温泉相手になんて色気だ。口から漏れる熱い吐息が、見えねえはずなのに真っ白に湯気が立って、むせ返るような甘いにおいが漂ってくる気さえしやがる。クゥがマナの耳元に、

「ど、どうしよう。あたしちょっと濡れちゃったかも……」

 とヒソヒソ言ってるのが聞こえて、おれはもう完全に立てない下半身になっちまった。

 しかしそんなクユリの意外な一面はすぐに終わった。クユリはいつもの鋭い目つきに戻り、

「ゴリ、そこに行くぞ」

「え?」

「温泉だ。お前の手が治り次第、すぐに温泉に行く」

「ち、ちょっと待てよ。そりゃ無理だ」

「なに……?」

 うっ! クユリの目の色が”あの目”になりかけた!

「なぜ行けない」

「そ、そりゃ、まだひと食いの攻略ができたわけじゃねえし、ドラゴンだって……」

「そんなものたかがバケモノだろう。わたしがぜんぶ叩っ斬ってやる」

「そんな無茶な……それに、そもそも新規場所には優先権ってのがあるんだ。ふつうは発見した団がその場所を調査する権利があって、公表後二週間はほかの団はそこに行けない決まりになってる。まあ、金で譲渡する場合もあるけど……」

「なら買え」

「か、買えったって、うちみたいな弱小じゃ買えねえんだ。決まりってわけじゃねえが、ある程度実績と信頼のある団に売らねえと業界のルールに反しちまう。けっこう気ィ使う話でよ、ポーカーの世間体もあるし……」

「聞こえなかったのか?」

 ギロリッ! っとクユリはおれを睨んだ。

「わたしは”買え”と言ったんだ」

 ひー! どうしようすんごく怖い! 声も落ち着いてるし、ドスが効いてるわけでもないのに、なんでこんなに怖いんだろう!

 ……けどこればっかりはどうしようもねえし、

「いや、だから……業界のルールが……」

 とおれは言いかけた。すると、クユリはフッと笑い、

「そうか。耳が聞こえないのか。ならあっても邪魔なだけだろう。処分してやる」

「げっ!」

 こいつ、カタナに手を添えやがった! まさか抜かないよな? まさか、そんな、まさか……ひー!

「わかりました! 交渉してきます!」

 おれは冷や汗まみれの体をピシッと真っ直ぐにして言った。すると、目の前から重圧が消え去り、クユリはカタナに添えていた手をコップに伸ばして、

「なんだ、聞こえてるじゃないか」

 たおやかに言った。

「返事がないからてっきり聞こえないのかと思った。危うく削ぎ落とすところだったぞ。よかったなあ、耳がついているうちに返事ができて」

「へ、へひっ!」

 こいつ、笑顔でなんて怖いこと言いやがる! モンスターなんかよりよっぽど怖え! あの島国の女はみんなこうなのか!?

 ともかくこいつの機嫌を損ねねえうちに行ってこよう。それに実際おれも薬湯を確かめてえしな。無意味なことかもしれねえが、アシクの足の薬はおれが見つけてやりてえと思ってる。そりゃもちろんほかのヤツが見つけたっておんなじさ。あいつが治ればそれでいい話だ。でも、やっぱり親友の悩みはおれが解決してやりたいんだ。おれの手であいつを助けてやりたい。おれにはそういう変な意地があるんだ。

 おれは席を立ち、ポーカーの元へ向かおうとした。するとクユリが、

「ゴリ、」

 おれを呼び止めた。

「なんだ?」

「次はないぞ」

「へっ?」

 次はないって、つまり次こいつの意見に反したら斬られるってことか? じ、冗談じゃねえぜ! なに様のつもりだ! こいつ、おれをなんだと……

「返事は?」

 ——ギロリッ!

「は、はい!」

「フッ、いい子だ」

 ひ、ひええ。

 とほほ。とほほほほ……

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