16 ドラゴンとばくち打ち
よく世間じゃどの酒がうまいとか、どういう酒がうまいとか議論してやがるが、おれに言わせりゃそんなこと言ってるやろうは素人だ。断言する。この世で一番うめえ酒は、ひとのおごりで飲む酒だ。これ以上にうまい酒はねえ!
そう言うと、みんなそうだそうだと騒いでうまそうに酒を飲んだ。やっぱりおれは正しかった。こうなるともう自分が怖いぜ。
しかしアシクはたいしたもんだ。こんなうまい酒を飲ませてくれるなんて、おれァもううれしくて、うれしくて、あーうれしいなァ! ホントにいいヤツだ! みんなも言ってるよ。「最高だ!」「神様だ!」「世界一の男前だ!」ってよ。クゥなんか、
「思い切りがよくていいねぇ。まるで私掠船の船長みたいだ」
なんて言ってた。おいおい、いくらなんでもそれはほめすぎだろ。どういう意味か知らねえけどよ。
そんなこんなでどんちゃん騒ぎだった。そこに、新たな客が数人入って来た。
「ずいぶん賑やかだな。席は空いてるか?」
「ポーカー! ポーカーじゃねえか!」
おれは先頭の男を見て立ち上がった。
ポーカー——本名、ロゾンピィ・シゴロ。おれよりいくつか年下だが、その風格はハーツよりも力強く、ニドネルよりも落ち着きがあり、アシクよりも理知的に見える。男のくせに髪を背中の中ほどまで伸ばして、前髪は真ん中で左右にわけて、しかしそれが実に似合っている。
こいつも探索者だが、珍しく資源調査の仕事をしない。環境調査のみを生業としている。未開の地を調査し、地図にまとめて報告するという、探索業で最も華があり、最も危険な仕事だ。
しかし前にも言ったが環境調査は収入が安定しない。どうしたってゼニのない時期ができる。こいつはそのゼニをなんとばくちで稼ぐ。よその街に行って酒場を荒らし、顔が割れると別の店に行き、街にいられなくなったらまた別の街、別の国——と、ばくち旅行で金を作り、そいつを元手にパーっと探索して、報奨金でしばらく遊んだらまたばくち旅行に出かける。なんだかばくちが本業で探索が趣味みてえなヤツだ。
しかしその腕はどちらもたしかで、現地行動班がたったの四人と小規模なのに、いま最も地図を広げているのがこの男が長を務める”スペード・エース”だ。それにいつもばくちなんて勝ち負けのあるもので結果を残して帰って来る。おれはブラックジャックくらいしか知らねえからよくわからねえが、ポーカーがあんまり強いんでそのままあだ名になっちまった。
こいつを見て、みんな劇場スターに群がるミーハー女みてえにまとわりついた。なんせ最先端を行く男だからな。みんな話が聞きたくてしょうがねえんだ。
「おいおい、おれたちは酒場に来たんだぜ。まずは酒を飲ませてくれよ」
そう言ってポーカー一味は丸テーブルに着き、おのおの酒を注文した。
「今日はアシクのおごりだぜ。腹がガボガボになるまで飲もうぜ」
だれかがそう言うと、ポーカーはアシクを見て、
「おいおい、今日はおれがおごろうと思ったのに先を越されちまった。しょうがねえ、ごちそうになるぜ」
そう言ってジョッキを乾杯のかたちに動かした。するとアシクも無言で微笑み、おなじ動作を返した。あ、これか。ハーツの言ってた”男は目と目で会話して、無言の中に真の言葉を持つ”ってのは。なんかかっこいいなぁ。こんどおれもやってみよう。
ポーカーたちはジョッキをかたむけ、駆けつけ一杯ゴクゴク飲み干し、
「っかぁ、うめえ!」
と空のジョッキをテーブルに叩きつけた。いいねえ、まさにこれぞ男って飲みっぷりだ。おれも酒の飲みっぷりと筋肉には自信があるが、こいつにだけはどうも敵わねえ。悔しいが、こいつこそ真の男だ。
ポーカーが二杯目の酒を注文していると、アシクがクールな笑みを浮かべて言った。
「お前がおごろうと思うなんて、よっぽどおもしろい話があるんだな」
「おうよ、今回はとびきりだ。なんせ、おれは伝説を見たんだからな」
「伝説?」
そのひと言で酒場はざわつきはじめた。いつも新たな発見を教えてくれるポーカーが、まさか伝説を見たなんて言ったんだから、そうなるもの当然だ。みんな口々に、
「おい、なんだ伝説って!?」
「なにを見たんだよ!」
「早く聞かせてくれよ!」
と騒ぎまくった。おれも黙っちゃいたが、早く聞きたくてしょうがねえ。しかしこいつはたまにいやらしいところがあって、すごいものを見たと言っちゃ、期待させて期待させて答えを引っ張るんだ。今日もいつもの通りで、
「まあまあ、まずはゆっくり飲ませてくれよ。なんせ今日探索から戻ったばかりなんだぜ。酒を飲むのは一週間ぶりだ」
そうは言っても周りは聞いちゃくれなかった。早く話してくれ、早く聞かせてくれと、屈強な男たちが菓子を欲しがるガキみてえに騒いでやがる。
そんな中、アラトがおれに小声で訊いた。
「ゴリさん、あのひと大人気ですけど、そんなにすごいんですか?」
「え? 知らねえの?」
「だってぼく、この世界に入ってまだ二週間ですから。壁の向こうのことは勉強しても、この世界の人間については知りません。もしかしてあのポーカーってひと、ゴリさんよりすごいんですか?」
「おいおい、バカ言っちゃいけねえよ。あいつはこの街で一番の探索者だぜ。おれとアシクがふたりで組んでも敵わねえよ」
「へえ……」
アラトは目を丸くしてポーカーを眺めた。しかしこいつ、ゴリさんよりすごいんですかって、おいおい、そんなにおれのことを尊敬しちゃってるの? まあ、しょうがねえか。たしかにおれはメチャクチャ強いし、男らしいし、世間のことはわかってるし、男なら憧れちゃうのはしょうがねえもんなあ。まったくよォ。あはは!
そうこうしていると、ポーカーは、
「そんなに聞きてえか。しょうがねえ、飲みながら話してやろう。けどよ、お前らしっかり飲んだか? これから話す伝説はシラフじゃいられねえほどとんでもねえ話だが、十分酔っ払っただろうな?」
みんなは当然、
「飲んだよ! たっぷりとな!」
「なんせタダ酒だからな!」
「足りねえ分はまだ飲むよ!」
と乗っかった。
「よーし、じゃあ話そう」
ポーカーがそう言った瞬間、大半の連中がどかどかヤツに群がって、それまでの騒ぎ一変、静かになった。ポーカーはわざと焦らすように酒をごくごく飲み、ジョッキをドスンと置き、ぷはぁ、と息を吐いて、沈黙の中、ニヤリと笑って言った。
「ひと食いトンネルの先を見た」
途端、場がどよめいた。まさかひと食いトンネルとはな。おれも思わず声を上げちまった。
「なにさ、そのひと食いトンネルって?」
クゥはだいぶ酔っ払ったみてえで、ずいぶんと蒸気した顔で訊いてきた。
「ああ、ひと食いトンネルってのは、前人未到の洞窟だ。おれが生まれるより前に発見されたのに、いまだに中に入って生きて帰ったヤツがいねえ。入った人間をみんな食っちまう。それでひと食いトンネルって呼ばれてるんだ」
「ふーん、大変だねぇ〜」
「あ、ああ」
大変だねぇ〜って、まあ、そうなんだけど、やっぱこいつお気楽なヤツだなぁ。おれたちも探索を進めていきゃそういうところに行くかもしれないんだぜ。情報収集は大事にしようぜ、頼むから。ほら、ポーカーが話すからよく聞いとけ。
「おれもふつうのところに行くのは飽きちまってよ、そろそろヤバいところに手を出すことにしたんだ。ここなら少しはたのしめるんじゃねえかとよ。それで、中はどうなってたと思う? まず、入り口付近はただの一本道だ。だが進んでみるとこれが違う。陽の光が届かなくなったあたりから左右に脇道が現れる。メインの道より少し小さい、と言っても人間の背丈よりは高くて広いが、とにかく本道より小さい脇道が山ほどあった。おれは思った。ははあ、こりゃなにかいるな。たぶん本道は元々あった道で、なにかが脇道を掘って潜んでいるんだろう。警戒すべきはそいつだ。脇道に入ったらたぶん帰って来れねえ。それで、おれたちは脇道を警戒しながら本道を突き進んだ。怖かったぜ。なんせひと食いトンネルだからな。でも期待もあった。いったいどんなバケモノが出て来るんだろうなって。でもよ、出なかった。おれたちはそのまま出口まで行っちまった。拍子抜けしたぜ。なんだ、ひと食いトンネルって言うからどんなもんかと思ったら、ただの気味の悪い洞窟じゃねえかってな」
そうポーカーが話すと、場にやや不満げな唸り声が響いた。おれたちの聞きたい話はそんな単なる生存報告じゃない。生き死にに関わるようなスリリングなトークだ。それは好奇心を満たし、同時に今後の探索に役立つ知識となる。危険と遭遇したとき、それを知ってるのと知らないのじゃ生存率が段違いだからな。
しかしさすがにポーカーの話はこれじゃ終わらなかった。
「おいおい、まだだ。この程度の話、おれがわざわざ話すわけがないだろう。ここからだ、ここから。いいか、おれたちはトンネルを抜けた。そこは左右を岩壁に挟まれた広い一本道になっていた。おれは予感した。まさかヤバいのはトンネルじゃなくてここか? いままで数多くの探索者を葬ってきたバケモノはここにいるのか? そう思って進んだ。そしたらよ……」
ポーカーはひと呼吸置き、酒を飲んだ。それを聞いているおれたちのツバを飲み込む音がヤツの酒を飲む音よりでかく響いた。ジョッキを置いて、ポーカーは言った。
「いたぜ。でけえのが」
「なにがいたんだ!?」
と、だれかが言った。
「……ドラゴンさ」
「ドラゴン!?」
その場にいたほとんどが同時に声を上げた。そして大騒ぎになった。
「おい、マジかよ!?」
「冗談だろ、いくらなんでも」
「酔っ払うのが早くないか?」
信じる声は少なかった。そりゃそうだ。ドラゴンといえばおとぎ話に出てくる架空の生き物だ。信じろという方がおかしい。それをわかって言ったのか、ポーカーも酒を飲んで笑っている。冗談はいいから早く本題を話してほしいもんだ。しかし、
「いいなー! あたしもドラゴン見たいなー!」
クゥががっついた。するとポーカーは、
「ほう、」
と妙に感心した顔で、
「お嬢ちゃん、信じるのかい?」
「信じるに決まってるジャン! だって、見たんでしょ? あたし珍しいもの見るの大好きなんだ。いいなー! あたしも見てみたいなー!」
「ハハハ、そうかいそうかい。でもこの先を聞いてもまだ信じるかね」
「なに? もっとすごいのが出たの?」
「いや、出たのはドラゴンだけさ。でもそのドラゴンが不思議だった」
ポーカーは再び酒をあおり、やや落ち着いて話した。
「少し話を戻そう。おれたちはトンネルを抜け、岩道に出た。それから十分前後歩いたかな。警戒しながらだからゆっくりだった。それで、あるところで大きな広場に出る。そこも周りは岩壁だ。そこにドラゴンがいた。座っている状態で三階建の建物よりもでかかったから相当だろう。ドラゴンってだけでも驚いたし、正直おれも自分が信じられなかった。でもそれ以上に信じられなかったのは、なんとドラゴンが足湯に浸かってたってことだ!」
「はあ!?」
一同、目を丸くした。そして、
「あははははは!」
大笑いした。おれもずいぶん笑っちまった。だって、まさかあのポーカーがひと食いトンネルを抜けてなにを見たかって、伝説のドラゴンで、それが足湯に浸かってたってんだぜ。マジメな話を期待してた分ひでえ落差だ。クゥも冗談だとわかったらしく、腹かかえて笑ってやがる。アラトも、マナも、アシクも、みーんな笑ってた。唯一クユリだけは妙に真剣な顔してやがった。まさか信じてるんじゃ…………およ? ソネがいねえ。どこだ?
あ、あいつ! みんながポーカーに夢中なのをいいことに、いろんなテーブル周って気づかれねえ程度につまみ食いしてやがる! あ、こっち見た。ニッコリ笑った。また食いはじめた! ば、バカやろう!




