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11 猛獣狩り

 ところどころサビついた鉄格子の扉。それは門の入り口と出口をそれぞれ塞いでおり、入り口脇には常に武装した見張りが立っている。ヤツらの仕事は扉の監視だ。モンスターが扉をブチ破って来ないか見張ることだ。めったにあることではないが、年に数回そんなことがある。そんなとき、的確にモンスターを仕留められるよう複数の腕に覚えのある者が常駐している。

「おや、あんたら今日は女連れかい。うらやましいねぇ」

「はっ、日ごろの行がいいとこうなるんだ」

「はははそうかい、じゃあおれも毎晩酒場で飲んだくれれば女が寄ってくるかな?」

「バカ言うない」

 おれはいつも通り見張りと軽口を交わし、入り口を開けてもらった。入り口は見張りが開け、出口は自分たちで開ける手はずになっている。

 おれたちは馬車二台ほどの幅のトンネルに入り込むと、背後からガシャンと門の閉まる音がした。これを聞くと気が引き締まる。トンネルの薄暗さが、この先は異界だということを思い出させてくれる。

 はじめてのヤツは大概ここで酷く緊張する。クゥも、ソネも、マナも、アラトもみんなこわばってやがる。おっと、クユリはずいぶん余裕だな。こんなときでも優雅にたばこをふかして、よほど腕に自信があるんだろう。頼もしいこった。

 さあて、行くとしようか。おれは出口を開き、目の前に神の領域が広がった。おとぎ話で神話のように語られる、まるで別の世界のように畏れ尊ばれる壁の向こうが。

「わあ、なにこれ」

 クゥが辺りを見回して言った。

 どこまでも続く平原、その一面に切り株が生えている。

 ふとアラトが言った。

「ここは切り株平原と呼ばれるところです」

「切り株平原?」

「かつてここは森でした。たくさんの樹々が生い茂り、うっそうとしていました。でもそれだと見通しが悪く、樹々の影に隠れたモンスターに襲われる被害者が絶えませんでした。だからその被害をなくすために森を伐採して平原にしたんです。切り株はその名残ですね」

「へえ、あんたもの知りなんだね」

「べ、別に、探索者なら常識ですよ」

 と、アラトはうっすらほほを赤く染め、言った。おいおい、お前ここ来るのはじめてじゃねえか。ませてやがんな。自分の能力を誇示したくてしょうがねえんだ。女にほめられて顔赤くして、かわいいヤツだなおい。

 でもそんなアラトもこの光景を見て、目をキラキラさせていた。おうおう、いいねえ。お前ロマンを持ってるな。わくわくしてしょうがねえって顔してやがる。若いねえ。若くっていいねえ。応援したくなっちまうぜ。

 おれはアシクと相談し、こいつを列の二番目にすることにした。おれたちふたりが先頭で、次にアシク、あとは荷車を囲うようにして隊を組み、道案内をアラトに一任した。

「わかりました、ぼくに任せてください」

 アラトは胸を張って言ったが、体は硬かったし、右手は腰のソードの柄にかかりっぱなしだった。生き物ってのは感情を隠しきれない。必ず感情が体のどこかに現れる。武器から手が離せねえってことは恐怖や緊張、怯えの証だ。それでもこうして前へ前へと進もうとする姿はおれはきらいじゃない。なんだろうな、むかしのアシクを見てるみてえだ。なよっちいくせにがんばってシャッキリして見せて、自分はできるんですってアピールして、ホントそっくりだぜ。

 こいつは道中もいろいろと解説してくれた。クゥやソネが目につくものすべてに興味を持つもんで、そのたびに講釈を垂れた。すると必ず「あんたすごいね、もの知りだね」とクゥがおだてて、そのおかげか気がついたらずいぶんリラックスしてた。案外パーティーに女がいるってのもいいもんだな。おれはいつも男ばかりで動いてたけど、こういう効果があるとは知らなかった。看護人が女ばかりってのはけっこう理にかなってるのかもな。

 おれたちは門を出て北東に一時間近く歩き、鹿の生息する森へと辿り着いた。運のいいことにこれまでいちども猛獣と出会っていない。これだけ歩けばなにかしら危険があるもんだが、こりゃあ神がアラトたちの門出を祝ってくれたか? それともおれの日ごろの行いがよかったか? おれの日ごろっつったら毎晩酒場でしこたま飲むだけだぜ? こりゃあ今日も酒場でパーっと飲まなきゃな。神に誓って飲みまくるぜ。

 さて、くだらねえ話はよして、森だ。森といってもそれほどうっそうとしていねえ。樹々の感覚は広いし、空の青さは葉の緑よりも多い。むしろ木漏れ日が美しく、草原よりも光の暖かさを実感できる。

 こりゃあいるなぁ、と思った。鹿はこういう明るい森を好む。その証拠にいま小動物の影が見えた。弱い生き物がいるってことは、肉食獣がいないか、それを跳ね除ける猛獣が辺りを仕切ってるってことだ。”小物を見たら大物を疑え”。探索をするなら覚えておいた方がいい。アラトもそれをわかっているようで、またソードに手が伸びていた。

 ——左にいるよ。

 ふと真後ろからソネの声が聞こえた。見ると、今回の目的”カエンツノジカ”が木の陰からこちらを覗き込んでいた。全身筋肉質で、牛のようにでかく、つのは体長と同じくらいある。成獣だな。敵だと悟られなければいいが。

 ………………ん? いまソネの声、頭の真後ろでしたよな? それもささやくような声で。あいつあんな後ろにいるけど、どうやったんだ?

「矢でいくか」

 アシクが静かに言った。

「あ、ああ。そうだな」

 いけねえ、鹿が目の前だってのにほかに気を取られてちゃ危ねえ。

 おれは鹿を刺激しないようゆっくり動き、荷車から弓矢を取った。鹿はまだおれたちを敵と認識してねえ。下手に動けば仲間を呼ばれてとんでもないことになる。

「ゴリさん、ぼくにやらせてください」

「アラト……」

「ぼく、弓矢は外したことありません」

 アラトはそう言って手を伸ばした。どうする? おれはそれほど弓矢は得意じゃねえ。腕のいいのがいるならそいつに任せた方がいい。

 アシクに目を向けると、うん、とうなずきが返ってきた。

「慌てるな。自然体でいけ」

 おれはゆっくりとアラトに弓矢を渡した。これが吉と出るか凶と出るか。元より危険は承知の上だ。鹿狩りに正解はねえ。今回おれはろくに作戦を練らなかったが、それは鹿が作戦などというものが通用しない強敵だからだ。唯一立てられる作戦は「バラけているうちに各個撃破」だけで、あとはすべて臨機応変にやるしかない。

 アラトはコップいっぱいの水を運ぶような動きで矢をつがえ、狙いを定めた。瞬間、

 キイーーーイイ!

 鹿が鳴いた! バレたかちくしょう!

「やれ! アラト!」

 アラトは鳴き声にぎょっとしていたが、すぐさま引き絞った弦を離した。直後、ドスっと鹿の目玉に矢が突き刺さった。

 いい腕だ! もっとも、運は悪いようだがな!

「後退だ!」

 おれは静けさを捨てて叫び、後ろを振り返った。

「戦えねえヤツはすぐに森から離れろ! 戦力は殿(しんがり)だ!」

 そう叫んだときには新人ふたりは半ばパニックになっていた。鹿狩りに連れてきただけあってそれなりに実力を見込まれたヤツららしいが、実戦は訓練と違う。失敗が即、死に直結する。その緊張と恐怖は生半可じゃねえ。

 しかしうちのメンバーは肝が太えのが揃ってるらしい。クゥはこわばっちゃいるが斧を抜いて身構えてるし、ソネはすぐさま木に登って枝葉に隠れ、クユリはなんの構えもせず呑気にたばこに火をつけてやがる。マナに関しちゃ的外れというかなんというか、おれの後ろに歩いて来て、

「おれはてめえといる」

 とほざきやがった。

「バカ、お前も後退しろ!」

「しねーよ童貞! おれは愛する男を信じてるから一番安全なとこにいんだよクズやろう!」

 はあ、こんなときに頭が痛くなる。どうしてそーゆう考えになるかね? ああもう、説得してる時間はねえ!

「とにかく戻れ! 荷車は捨てて——」

 と叫ぶさなか、

「ゴリ!」

 アシクが叫んだ。瞬間おれはソードを抜き、背後から迫る気配に叩きつけた。

 ガキン! とすさまじい衝撃がおれを吹き飛ばしそうになった。ちくしょう、来なすったぜ! でかくて凶暴な鹿さんがよォ!

 まったくとんでもねえ生き物だぜ! なんせこれだけの巨体が突進してくるってのに足音がほとんどねえんだ! それにこのパワー! おれのような筋肉バカか、熟練の体術がなきゃガードもできねえ!

 おれは燃え盛る角を剣で押さえ、鍔迫り合いのように押し合った。ずりずりとおれの靴が轍を描いて後退していく。やっぱ四つ脚は重てえ! このままじゃ木に押し付けられて焼き殺されちまう! だが!

 キイーーイ!

 鹿が大声を上げ、横にのけぞった。そいつの胴体には深々とアシクの剣が突き刺さっていた。おれを押し倒そうと躍起になったせいでほかを忘れちまったらしい。

「アラト! 首だ!」

 アシクはふだんの姿からは想像もできないような怒号を発した。ここじゃ読書家も野獣と化す。おれは剣ごしに角を踏みつけ、鹿の頭を押さえ込んだ。アラトはぎゅっと緊張を抑えつけるように剣を握り、わあ! と大振りで暴れ鹿の首を叩っ斬った。

 どしゃり、と首のない獣が横たわった。おれとアシクは息を荒くし、アラトにいたってはほんのわずかしか動いていないのに肩を上下させていた。

「やったな」

 アシクはにこやかな視線をアラトに向けた。

「はい!」

 と答えるアラトはまだ恐怖と緊張の余韻でこわい目をしていた。だよな。はじめての実戦だもんな。頭から足の先まで痺れてるに違いねえ。心臓もドクドク止まらねえだろ。でもまあ、よくやった。ふつうなら暴れてる角の炎が怖くて近寄れねえ。それに獣はでけえってだけで怖えからな。

 おれはひたいに滲んだ汗を拭い、アシクに言った。

「すまねえ、助かった」

「まだ助かってないけどな」

「そうだな……」

 おれは、ふぅ、とため息を吐いて周囲をぐるりと見回した。

 炎がおれたちを取り囲んでいた。

 いま仕留めたのはまだ若い個体だ。だからチームワークを軽んじ、単体で突っ込んできた。だが、こいつらは違う。

 四……五……六……

 六匹か。

 六匹の猛獣が角に炎を掲げ、おれたちを観察している。

 どの人間が危険で、どこが陣形の穴か、じっくりと見定めている。

 仲間が殺された以上、決しておれたちを逃しはしないだろう。

 その真っ黒な目には炎の眼差しがある。頭上で燃え盛る炎よりも濃い、赤々とした殺意が宿っている。

「アラト、二度ゆっくり深呼吸して息を整えろ」

 おれは静かに言い、剣を握り直した。

「ここからが本番だ」

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