【一章】
【EP1】
パチ……パチパチ……
「ん――」
ここは……どこだ?
暖かく薄暗い部屋の中。
洋室、でいいのか? 異国情緒溢れるレトロで大正浪漫な雰囲気。
暖炉からは心地良い薪の弾ける音。
フワリと紅茶の優しい香り。
「あっ、またまたおはようございますですね、お客さんっ」
少女はニパッと笑い、手に持ったお盆をテーブルの上に置いた。
お盆にはティーセット一式が。
「丁度、紅茶を飲もうとしてたんですよっ。体、起こせますか?」
どうやらソファーで寝ていたらしい。気怠さや眠気も今は無いので、言われた通り体を起こす。
「はい。紅茶は大丈夫ですか? あったまりますよ?」
「大丈夫っす、どもっす」
ティーカップを受け取り、中に注がれた琥珀色の液体をチビリと口に含む。
……あっま。
「蜂蜜を入れてるんです。私のオススメですっ」
「うん、おいしいよ」
甘すぎる気もするが、体がポカポカと芯から温まって来たので文句は言わない。
――少し落ち着いた所で、目の前の少女に意識を向ける。
整った顔立ちの美少女で、年齢は僕と同じく十代半ばくらい?
黒髪ボブカット、頭には花の髪飾り。
服装は大正娘を思わせる袴姿で、この館が何かのお店だと察せる。
いや、お金持ちの使用人かもしれない。
趣味でコスプレしてるお嬢様かもしれない。
謎は深まるばかり。
分かっている事実は『乳がデカい』という事。
「ん? どうしました? ……あっ、そうですねっ、自己紹介がまだでしたっ。私、【かねこりの館】の女中で【クノミ】と申しますっ。お客さんのお世話を担当させて頂きますねっ」
「お世話? ここは宿か何か?」
「そうですよ? 知らずに来たんですか?」
「……、……気付いたらあの場所に居たんだ。どうやって辿り着いたのかは不明で」
「まさかっ、記憶喪失というやつで!? 大変ですっ。たんこぶとかありませんか!?」
頭をさすさす撫でてくれるクノミちゃんに「平気だよー」と答えて。
「特に困ってもないし。でもまぁ、外はこんな吹雪だから一泊くらいお世話になるかもだね。お金は(ゴソゴソ)あれ? 財布もスマホもない?」
「あっ、お代は結構ですっ。『それが決まり』だと【女将さん】に言われてますんでっ。あ、でも(ゴソゴソ)ここに名前だけ記帳お願いしますっ」
「タダより怖いものは無いって言うけど今回は甘えようかな。えっと(カキカキ)はい」
「おや、記憶喪失なのに名前は覚えてるんですね。……これ、なんて読むんですか? 難しい漢字ですね」
「瓏って読むんだよ。取り敢えず今は名前だけで『苗字』の方は……住所とか電話番号は書けるんだけど」
「苗字だけ思い出せないなんて変わってますねー。でも平気ですよっ。今は何も考えず私にお世話されて下さいっ」
「お世話の押し売りだなぁ」
しかし……こんな美少女からのお世話か。自然、エッチなお世話も期待……しても、まぁ、無いだろうな、流石に。
「それで、最初のお世話は?」
「一緒に『お風呂』ですっ」
「うひょー」
僕は今日一番テンションが上がった。
――部屋を出て廊下に。
部屋の中よりは少しひんやりとしていたが、それでも暖房は効いてるらしく、辛いという事はない。
「ウチのお風呂は凄いんですよー。露天風呂なんですけど、景色がすっごく良くってー」
こちらもテンションが高いクノミちゃん。
堅苦しい感じよりこんな友人感覚で接してくれる方がこっちも気楽だけど。
カタカタ……風で揺れる窓。
薄暗い廊下。
モヤリとした閉鎖感。
環境音以外はシン――と静かなもので、人の気配も感じず……まるでここには僕と彼女だけみたい。
「他にも従業員の子、居るんだよね?」
「勿論いますよー。おチビちゃん達からお姉様達まで。みんな仲良しさんですっ。海外出身の子も居ますよっ」
「ふぅん……今日は殆どの子達が休みとか?」
「いいえ? 私含めてみんな『住み込み』ですよ?」
洋館だから、それだけのキャパはある、のか?
にしては、静か過ぎるけど。
「さっ、着きましたよっ。この【暖簾】の向こうが温泉ですっ」
「洋館に暖簾かぁ……ミスマッチだけどこれはこれで異文化ちゃんぽんしてて悪くない、のか?」
大正文化の自由さに感心しつつ、暖簾を潜った。
――更衣室はこじんまりとしていて、着替えを入れる棚(中にカゴ)は六つほど。
どうもここは、一度に多くの客を招く宿ではないのかもしれない。
知る人ぞ知る隠れ家、的な場所。
「ほらほらっ、早く脱いで下さいっ。冷えた身体を温めないとっ」
「うざっ、服引っ張んなっ、ちょっと落ち着けっ」
「お客さんのお世話なんて『初めて』なんですっ。落ち着いてられませんっ(ふんすふんすっ)」
「道理で客との距離感解ってねーなと。こっちもタダだから文句は言わないけど」
しかし、温泉に興味があるのは事実。
スルスルと服を脱ぎつつ、(まぁお風呂でお世話って言っても背中流したり髪洗ったりだろうな。服も袴のままで。それはそれでアリか)なんて考えていると、
シュル……シュル……
衣擦れの音が背後から。
袴を纏めるタスキ掛けかな? と振り返ると――『タオル一枚のクノミちゃん』がいた。
「ん? どうしたんですか?」
「いや? 別に。一緒に入るんだなって」
「そりゃそうですよ」
「そっかー」
なら仕方ないか。
こりゃあ男前な脱ぎっぷりの彼女に負けてられないなと、僕も勢いよくタオル一枚になった。
「わっ! ……お客さん、『男の子』だったんですか?」
「そりゃそうだよ」
「そうですかー。あまりにお可愛いお顔ですので女の子と疑わず……」
「お風呂入るの抵抗感出た?」
「いいえ? お客さんはお客さんですっ。さ、行きましょー」