最後の勇者召喚
一体、何人の勇者を召喚しただろうか。エリルは千人目から数えるのをやめているが、おそらく万は超えているだろう。
朝から晩まで休まずに魔法を操り続け、一晩休憩したらまた同じことを繰り返す。エリルはそんな荒行を一か月近くに渡って続けてきたが、いまだに満足いく結果を得ることができていない。
彼女は神話級健康体の身であるため、どれだけ経っても腹は空かずに肉体的な疲労も小さいもので済んでいるが、心だけは人並みに疲れる。
日に日に蓄積していく重苦しい精神的疲労が、容赦なく彼女の気力を蝕んでいったが、神への憎しみ一本で耐え続けた。
そんな無限に続くかと思える召喚地獄にも終わりがやってくる。ついにその努力が実るときがきたのだ。
「至高神フォリウムっ! 早く神聖なる力の担い手を我が前に導け!」
一層気合を込めた絶叫のような詠唱によって、何度めかも知れない召喚魔法が発動する。
まばゆい光とともに現れた者は、エリルと近い年と思われる細身の少年だった。
エリルはいつも通りに技能を確認してみると、その切れ長の目が確信的に見開かれる。
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名前:米沢 信彦
職業:高校生
技能:神殺し 異界渡り
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特殊技能“神殺し”だ。ついに求めてやまなかった技能を持つ勇者が現れた。これさえあれば、神とまともに戦うことができるようになるはずだ。
やっと丸一日召喚を続ける苦行から解放され、最終目的を果たすことができるようになった。
感極まったエリルは思わず少年に駆け寄ると、ひしっと抱き着いた。
「ありがとう、ありがとう、すてきな技能を持ってきてくれて、ありがとうっ……!」
「え、へ? あの……」
偉大なる勇者様の背中をぽんぽんと優しく叩きながら、感謝感激の念をなんどもなんども贈る。感動のあまりに、自然と涙があふれ出てきていた。
唐突極まりない事態に遭遇した少年は、まったく状況についていけていないようで、思考も体も完全にフリーズしている様子。当然の反応であろう。
彼の意識が復旧する前に、技能の回収のちに送還魔法によって元の地へ送り返した。
召喚はこれで終わりだ。これより計画の最終段階に移る。
勇者たちから獲ってきた技能をもって、神を思いっきりブン殴ってやるのだ。
エリルは、軽く千を超える技能のすべてを全開にする。神聖魔法など及びもつかない、圧倒的な力がエリルの全身に満ち満ちる。
神気や闘気や魔気など、いろいろな力がごっちゃになった力の柱が立ち昇ると、神殿の天井を軽々と突き破った。
この力なら神と戦える。今まで経験したことのないような高揚感とともに、そう彼女は確信した。
天上に開いた大穴から、エリルは満ち足りた気分で天を見上げる
もはや神聖魔法など不要。いちいち神の力を借りる必要はない。
今まで世話になってきた力に別れを告げるために、最後の神聖魔法を祈った。
「至高神フォリウムよ、今から貴方を殴りに行きます。覚悟してください」
祈り捨てると同時に、エリルは衝撃波を放ちながら飛んだ。
勇者の技能“飛翔”である。それは偉大なる竜族ですら及ばない神域の飛行能力を実現する。
これから向かう先は大陸の中心部、神が住まう人跡未踏の秘境だ。そこへ直接殴り込みに行って、神に引導を渡すことですべてを終わらせる。
神殿の天井から飛び出して、雲を貫くほどの高空にまで上がる。くるりと宙返りして体勢を整えた後、神の住居へと一直線に進み始める。
国境を越え、野を超え、山を越える。徒歩では一年はかかるであろう道のりを一分で飛び越えて、人類で初めて神の住まう地へと到達する。
そこで見つけた質素な平屋から、神の力を振るう聖女として慣れ親しんできた気配を感じる。
高速飛行の勢いをそのままに、勇者の技能“神脚”によって超強化された足蹴りによって扉を破り、怨敵の棲み処へと突入した。