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 全く当ての無い俺達は、適当に船着場に足を運ぶ事となった。


「フィリア、どうする気なんだ? さすがに簡単にはいかないと思うぞ?」


 鴎がミィーミィーと鳴く船着場に着いたが、セイレーンがいそうな気配は無く、何か策はあるのかと尋ねた。


「この村にはドワーフがいるのを知っていますか? 彼らなら口聞きの手助けをしてくれるかもしれません」

「ドワーフが? ドワーフってほとんど交流しない一族だろ? それは無理だろ? それにドワーフに会いに行くなら、山の方に行かないと駄目だろ?」


 ドワーフは鉱石を掘り、それを使って物を作ることが好きな種族で、それ以外にはあまり興味が無いと聞く。


「ここは漁村ですよ。彼らからは交流を持ちかけることはなくても、セイレーン側からなら交流を求めているはずですよ」

「どういう事だヒー?」


 俺の質問に、フィリアに変わりヒーが答えてくれた。


「セイレーンは銛や槍を使って戦います。海の中で暮らす彼らには、鉄を加工する技術が無いんです。そのため、人間が嫌いな彼らのほとんどが、ドワーフにそれを依頼するんです」


 セイレーンは海を汚す人間をとくに嫌う。それゆえ海に関するものは比較的高価になる。


「そうなのか。じゃあ、今ここを歩いてるのは何でだ?」

「セイレーンは陸上では長い時間生きていられないため、ドワーフは必ずセイレーンが来やすい場所に店を構えるんです」

「ドワーフって、ずっとカンカンしてる職人みたいなもんだと思ってた」  

「それでは生活していけません。どの種族でも、必ずどこかの種族と繋がっているものです」


 そう言われればそうだ。人間目線で物を考えすぎていた。


「あっ、見えましたよ! あれがきっとそうです」


 フィリアが指差す先を見ると、村の建物と明らかな造りの違いがある、海に迫り出した、煙突のある金属で作られた厳つい小屋が見えた。


 きっと、って言うか、絶対あれだ!


 建物自体は小さいが、ほぼ全ての部分が金属で出来ており、黒味のある重たい鉄色をしている。

 煙突からは黒い煙が立ち昇り、中からはトンカントンカン聞こえ、ここが違えばもう帰りたい。


 フィリアがノックすると、ドンドンと重々しい鈍い音が響き、しばらく待つが中からの音が止まる事も、誰かが出てくる気配もない。


 フィリアはもう一度ノックしたが何も変わらず、イラっと来たのか扉を開けた。


 扉はキィーと重厚な音を立て、そのあとすぐチリンチリンという鈴の音が聞こえた。

 中に入るとトンカン鳴る金槌の音が五月蠅く、ノックの音が聞こえない事に気付いた。もっとセキュリティーを考えた方が良い。


 入り口からすぐ先にはカウンターがあり、一人のドワーフが作業を止め、やって来た。そして何も言わず黙って俺達を見ている。その間も奥で作業するドワーフは金槌を振り続ける。


 バタン! と扉が勝手に閉まる音が後ろから聞こえ、ビクッとした俺達を他所に、フィリアはドワーフに声を掛けた。


「すみません。お願いしたい事があるのですが?」


 長い髭を蓄えたドワーフは、何も答えない。


「あの! お願いしたい事があるんですが!」


 フィリアは聞こえていないと思い、大きな声で叫んだ。

 ドワーフは目を細めて五月蠅そうな顔をしたが、黙って見ている。それでもフィリアは果敢に攻める。


「あの! セイレーンとお話がしたいんですけど!」


 ドワーフは迷惑そうに目を閉じ、顰めっ面をし、そして沈黙。

 あまりのふてぶてしい態度に、フィリアが手を出さなければいいが……


 狭いスペースに四人で立ち、トンカン五月蠅い中、明らかな無視を続けられるのは辛い。

 すると、今度はヒーが前へ出て、ドワーフに話しかけた。


「綺麗な金槌の音色ですね。あれはまるで、心地良い演奏のようです。どれほどの鍛錬を積んだのですか?」


 フィリアより断然小さな声で話すが、ドワーフの目が少し大きく開き、口を開きかけた。


「さぞ美しい手をしておられるのではないのですか?」


 それを聞いたドワーフは、黙って右手をヒーに見せた。

 体のサイズの割に大きな手は黒く汚れ、ゴツゴツ硬いのが一目で分かる。


「師と呼ぶ者は御超えになられたのですか?」


 ヒーは差し出された手に触れることなく眺め尋ねると、ドワーフは口角を少し上げた。


「貴方方の作る物が欲しいのですが、少し不安で……それで、セイレーンに評価をお聞きしたくてお願いに来ました」


 自分達の作る物にケチを付けられ怒ると思ったが、ドワーフは黙って頷き、奥に向かい歩き出し、振り返りついて来いと手で合図した。

 ヒーが何をしたのか分からないが、なんとなく二人は似ているような気がする。


 奥へ進むと、床が四角く切り取られ、海水がすぐそこまで上がってきている部屋へ案内された。だが、ドワーフは横で黙って俺達を見ている。

 おそらくここに居ればセイレーンが来るという意味だろうが、せめてなんか言ってほしい。


「ありがとう御座います。セイレーンはいつ来ますか?」


 ヒーが尋ねると、ドワーフは黙って奥へ行き、鉄で出来た小さなクス玉のような物を持ってきて、海に落とし、紐を上下に小刻みに動かし始めた。

 何が何だか分からないが、俺達はしばらくそれを黙って見ていた。


 いい加減座りたくなるほど、長い間上下運動を繰り返したドワーフは、玉を持ち上げ、再び黙って俺達を見ている。


「忙しい中ありがとう御座いました。後は私達だけで十分ですので、作業を続けて下さい」


 何が⁉ ヒーには彼と会話が出来ているのか?

 それを裏付けるように、その言葉を聞いたドワーフは、作業場へ戻り鉄を叩き始めた。


「ヒーちゃん、今のは何と言ってたんですか?」


 さすがのフィリアも分けが分からず、ヒーに尋ねた。


「しばらくすればセイレーンの常連が来るようです。もうしばらく待ちましょう」

「あっ、そっ、そうなんですか……」


 あれで分かるヒーが、ドワーフのように見えてきた。


「なぁリリア、お前は分かったのか?」


 双子の姉妹なら分かるのかと思い、ヒーには聞こえないようにリリアに訊いた。


「大体は。それでもヒーほどではありませ。ヒーは無言の会話ができますからね」

「無言の会話って何だよ!」

「鳥と見つめ合い、意思を交わす事ですよ」 

「それ魔法の話しか?」

「いえ。ヒーの特技です」


 それはただの悲しい奴ということだろう。確かにヒーは無口で感情を顔に出す事は少ないが、そこまでいけばちょっとヤバイ類の人種だろう。それを特技と言うリリアは、優しいのかおかしいのか理解に苦しむ。


 その後しばらく待つが、なかなかセイレーンは現れない。リリアとフィリアに関しては二人揃って涎を垂らし、首をカクカクさせている。


「なぁヒー。どうしてフィリアが話しかけたとき、ドワーフは黙ってたんだ?」


 まだ現れないセイレーンを待つのに飽き、適当に会話で時間を潰そうとヒーと雑談を始めた。 


「ドワーフは職人肌の性格の人が多いんですよ。そういう人には、興味がありそうな言葉を掛けると喜ぶんですよ」


 ヒーがドワーフを〝人〟と呼んだ事に、どれだけ敬意を持っているのか分かった。


「でもそれなら、ドワーフが作る物に不安があるは間違いじゃないのか?」


 ヒーは、はにかむように笑みを見せた。


「自分の作る物が、きちんと価値が分かる者に使ってもらえると思うと、嬉しいものです」


 ヒーは少し職人のように拘る所がある。だからドワーフの気持ちが分かったのかもしれない。


「手を褒めたのは?」

「職人が褒められて一番嬉しいのはその技術です。それが一番出るのが手です。リーパーも手を見て、立派だと言われると嬉しくないですか?」


 それは……そうだ。顔や性格を褒められるより、そっちの方が断然嬉しい。

 だがそこを見抜けるのは、ヒーのような無言の会話が出来る者だけだろう。


「ヒーは凄いな。よくもまぁ人の喜ぶとこに気付くな」

「リリアほどではありません。私にはジョニー達のような者の気持ちを慰め、導くような事は出来ませんから」


 姉妹だからこそ、それぞれ足りない部分を補い合っている。そんな風に感じた。だが今の涎を垂らす姿には、双子としてはどうかと思う。仮に今、カクカク首を時計のようにするのがヒーだと想像してみるが、顔は同じでもやっぱり違う気がする。


「ヒーは一人で寝るとき、寂しくないのか?」


 ヒーは再びはにかみ、目線を逸らして言った。


「寂しいです……。私はずっとあの家でリリアと暮らしたい……でも……」

「でも?」

「リリアが笑っている方が好きです」


 ヒー達の両親はもういない。母子家庭で育ち、母は三年ほど前に病で他界した。それからはフィリアが黒の手を手伝いながら母のような代わりをしていた。


 これだけ二人が離れて暮らすのは初めてで、今の生活と姉の両方を取れないヒーには、辛い時期なのかもしれない。


「リリアだってそうだぞ。毎晩俺の布団に潜り込んで来て困ってんだ。でも、上手くいけば一緒に暮らせるから、頑張ろうぜ」

「……はい」


 小さく返事をするヒーのたまに零す弱音を聞くと、やっぱり二人は双子だと感じる。

 そしてそれを聞いて、遊び感覚ではやっていけない気がしてきた。


「ジョニー達もいるし、セイレーンと上手く話が出来……」


 と、突然海水が跳ね上がり、イルカのような灰色の肌の金髪の男性が顔を出した。

 リリア達もそれに気付き、慌てて涎を拭いて立ち上がった。


 金髪の男性は頭だけ水面から出し、俺達の顔を確認するように目線を動かし、こちらを見ている。


「あっ、あの~。セイレーンですか?」


 フィリアが声を掛けるが、男性は黙って見ている。

 ここには無口な者しかいないのか!


 しかしドワーフと違うのは、張り詰めた緊張感が出来た事だ。

 呼ばれて来てみれば、海を汚す憎っ気人間がいるのだから当然そうなる。


 しかしここで動いたのは、人見知りをするリリアだった。


「アーロ王をご存知ですか?」


 それを聞いた男性は、眉を顰めた。


「もし私がアーロ王の意思を受け継ぐ者。だと言ったらどうしますか?」 


 それは禁句のような気がした。その証拠に、緊張感は一気に高まった。

 リリアは人見知りをするくせに、敵意などを向けられると初対面でも別人のように接する。


「貴様人間か?」


 始めて喋った男の言葉には、怒りに似た感情が込もっていた。


「人間です。私を殺しますか?」


 リリアの挑発染みた発言に、フィリアが空かさずリリアの前に体を入れた。

 その後ろで、男を睨むリリアの目が赤くなったのが分かった。

 高魔族の血を引くリリア達は、感情が昂ると瞳が赤くなる。


 男は何も言わずリリアを睨みつける。

 ヒーも危険を感じたのか、リリアの下へ向かおうと動く素振りを見せたが、俺がそれを止めた。今動くと、切っ掛けになると思ったからだ。


「用件は何だ」


 事態が呑み込めない男が口を開いてくれたため、膠着状態が緩み出す。


「……今ここで、貴方に話すことは出来ません」


 リリアは何故か男の質問に答えない。

 そのせいで男の目が据わり始め、人ではない何かを秘める目に恐怖を覚えた。


 男はゆっくり顔をリリアに対して斜にした。それを見て、男の体は水面下にあり見えないが、攻撃態勢を取ったことが分かった。


「何が望みだ」


 次のリリアの言葉次第で、男は攻撃を加える事は確かなのが分かり、口の中の唾液を飲み込むことさえ出来なかった。


「セイラム砦をご存知ですか? 二日後の夜、そこの近くの浜辺で、セイレーンの王に口添え出来る者とお話がしたい。正確な場所は焚き火をして知らせます……」


 リリアの言葉は正解だったのか、男は逡巡し聞き返した。  


「それが可能だと思うのか?」


 攻撃こそしないが、完全に相手にしていない。それでもこのまま何事も無く、彼が大人しく帰ってくれればそれでいい。

 海が使えなくても他にも出来る事があるはずだ。だから、誰も傷つかない事が今出来る一番の解決策だと、リリア意外は思っているはずだ。

 それでもリリアは相手を挑発するような言葉を続ける。


「えぇ。ただしその証拠を今貴方に見せれば、貴方は困る事になりますが、それでもよろしければ、今、御見せ致しますよ?」


 リリアは王家の紋章を見せるつもりだ。

 しかし、今それをここで見せるのは宜しくないことだけは分かる。

  

「どうしますか? 少なくとも二日後の夜これを見せれば、貴方の顔に泥を塗るような事は無いと誓います。しかし、今私の言葉を無視し立ち去るのであれば、貴方は……いえ、それ以上はご想像にお任せします」


 危険な駆け引きに、見ている俺達は気が気じゃない。

 やっと唾液を飲み込み、音が漏れないよう小さく早い呼吸を繰り返す。

 聞こえるんじゃないかというほど心臓が脈打ち、俺に危険を知らせている。ジョニー達のときの比じゃない!


「いいだろう。誓いの代償を持って待っていろ。必ず二日後の夜に参ずる」


 少しの沈黙の後、男はそう言い海へ消えていった。

 俺達はしばらく姿勢を変える事も出来ず立ち尽くし、安全だと確信がもてると深い呼吸をしてリリアに駆け寄った。


「おい! どうすんだお前! もう海には近づけないぞ!」


 フィリアとヒーが呆然とするリリアに、「大丈夫!」と声を掛ける中、俺は危険を冒したリリアに説教混じりに怒鳴った。


「リーパー! その話は後でして下さい! とにかく馬車に戻り村を出ましょう!」


 フィリアは怒鳴る俺に怒鳴り、リリアを引っ張るように小屋を出ようとした。

 リリアは力の抜けた体を乱暴に引っ張られても上の空で、あまりに痛々しい姿に、ヒーがそれを強引に止めさせ、リリアを強く抱きしめた。


「リリア、帰りましょう。今日は家で一緒に寝ましょう……」


 ヒーに抱きしめられ、優しい言葉を掛けられたリリアは我を取り戻し、泣いた。

 俺とフィリアはその姿を見て少し落ち着き、優しく声を掛け馬車に戻り、砦へ帰る事にした。


 ジョニーは何があったのかと聞いてきたが、砦に戻ってから話すと言うとそれを承諾し、しっかり護衛を務めてくれた。

 今朝まで禍々しいと感じていたオーラは、今の俺にはとても頼もしく感じた。


 砦に着く頃には夕暮れ時となり、空は赤らんでいた。


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